第15話 ボクだって男だから

 水曜日はわたしの休日。本当は家でごろごろしようと思ってたんだけど……。透くんに誘われてしまったので。まったくわたしは彼に甘い。違う。わたしも彼に会いたいんだ。


 本屋の下のカフェ……結局、利用しやすくてここになる……で、今日はアールグレイをホットで入れてもらった。アールグレイは香りが強すぎると言われるけれど、ただお上品なダージリンより賑やかでお喋りだ。


「お待たせ」


 透くんが隣の席にいつものようにドサッとカバンを下ろす。何が入っているのか聞いたことはないけど、大体予想はつく。わたしの高校生のころと、そんなに変わらない……紙の辞書が電子辞書に変わったくらい。


 彼は注文カウンターに行き、カフェラテと、オートミールのクッキーを2枚、買ってきた。

「1枚は凪さんの。おごりだから、残したらダメだよ」

「……ありがとう」

 クッキーはサクサクしていて、お茶によく合った。


「紅茶、珍しいね」

「秋だなぁって、自転車に乗ってる時に思って」


「凪さんてさ、今まで聞かなかったけど国語の先生?」

「……秘密」

「あ、なんかずるいな」

「だって、難しい問題聞かれたら解けないし」



 黙って、ふたりで飲み物を飲む。紅茶は2杯分なので得をした気になる。

 ふわっと、2杯目を次ぐとき、華やかな香りが広がる。


「昨日の」

「うん、もういいよ」

「よくない」

「なんで? もういいよって言ってるじゃない」

「物分りのいい大人ぶらないでよ」


「ぶってない。また同じようなことがあったら、またやきもちやくだけ。あの、同じ女の子だったら特に」


「凪さん……」

「……何?」

「いつもと違うんだね」

 紅茶の葉が、ポットの中でゆらゆら揺れている。きっと耳まで赤くなっているに違いない。


「無理しないって、決めたの。透くんが『好き』だし……嫉妬だってするし……それに逆らわないって、決めたの。ダメかな? 透くんの理想の女性像と違う?」


「『好き』って言った?」

「うん、言った……」


 透くんのカップを持つ手が止まる。

 彼は、わたしの目の奥の本音を探ろうとしているようだった。

「どうして? どうして急にそう思ったの?」

「どうしてって……急じゃないし……理由なんているの?」

「……いらない」




 彼の手が、テーブルの上でそっとわたしの手に触れて、力が入る。そのわたしの手を、そっと顔を寄せて唇をつけた。それは些細な動作だった。彼にはすごい経験だというように唇も手も、震えていた。


「『好き』になってくれて、ありがとう」

 唇を離しながら、彼はわたしの目を見てそう言った。


「こんなところでそんなことしたら、すぐに噂になっちゃう」

「ボクは噂になっても構わないよ」

「わたし、オバサンだよ?」

「違うよ、ボクの彼女だよ」


 落ち着くためにお茶を一口飲む。

「確かに……『好き』だって言ったけど、そういうのはダメ」

「そういうのって?」

「なんていうか、肉体的接触……」

 恥ずかしくて最後の方は小さな声になって、もごもごしてしまう。


「ボクは本当はあなたにキスをして、押し倒して、……知らないことも知りたい」


言葉が出てこない。押し倒されるなんて、考えてもみなかった。お互いに『好き』だということは確かに確認したけれど……彼に押し倒されるなんて……。


「ごめんなさい、本音だから。全部知りたいし、全部ボクのものにしたい。いけない?」

「……そういうこともあるかもしれないけど……今は。今は、になって?」


 彼は椅子の背にもたれかかって、ため息をついた。

「いつになったらなれるんだよ」

 彼らしくない、乱暴な一言だった。彼はそのまま、わたしを見た。


「ごめん、言葉が悪かったよね……。ボクだって男だから、好きな子は抱きたくなるんだと思う。今までにないことだからわからないけど……。お茶、冷めちゃったね。お代わりいる?」

 横に首を振る。


 隣には、知らない男の子がいるような気がして居心地の悪さを覚えた。と、同時に彼の中の思いがわたし以上だということを知った。


 深く椅子に腰掛けて、すっかり冷めてしまったお茶と硝子のティーポットを見つめた。


「凪さん、ボクを『好き』だって言って後悔してる?」

 見つめる。時間が砂時計のようにさらさらと滑り落ちる。


「……してない。わたしも『好き』だと確かに思ったんだもの。でも、ストレートなのは怖いかもしれない」

「……だよね。もっと言葉を選べばいいのに直情的だったよ。怖がらせてごめんなさい。なんか、すごくバカみたいで恥ずかしいよ」

心の中で『好き』だと思いながら、年下だと見くびってたんだな、とドキドキした。彼は間違いなく男性なんだ……。



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