第11話 彼の手のぬくもり

 ふたりで選んだ映画は「ヒューマンドラマ」。恋愛ものではなくて、少年が紆余曲折あって青年になり、旅立つという、書いてしまえばありきたりのものだ。


 しかし、わたしの涙腺は情けないほど緩いので、少年が親に反発して家を飛び出す辺りで、ハンカチを取り出さないわけにはいかなくなった。


 透くんが、ちらっとわたしを見るのを意識した。それまでスクリーンに集中していた神経が、彼に傾く。そっと。手を繋いでくれる。


 動けなくなってしまう。


 彼がわたしの緊張をほぐすためにそうしてくれたのはわかってるのに、わたしは緊張が高まって、背中がピンッとしてしまう。


 涙なんか止まってしまった。

 ただ、彼の手のぬくもりや、大きさや、そういったものに神経を集中してしまう。

 ……初めて男の子と手を繋ぐわけではないのに。


 男の子なんだなぁ、と思わずにいられない。

 何故かその手の重さに包まれているような安心感を覚えて、彼の肩に危うくもたれそうになる。……まだそれには早すぎると思って、背筋をまた緊張させる。



 映画のスタッフロールが終わって、ぞろぞろと出ていく人の中にはわたしのように涙を抑える人もいた。

 何も言わずに、透くんがわたしの目をのぞき込む。


「あ、お手洗、行ってくるね」

 小走りに向かう。涙で目元のメイクが崩れたかもしれない。鏡に顔を寄せてメイクを直す。ああ、こんなに熱心に誰かの目を気にしたのはいつだったんだろう。


「お待たせ、ごめんね」

「パンフレット買ったよ。出たとこにあったファミレスで見ない?……もっと違うお店がいいかな? この辺、ファミレスかファーストフードしか知らなくて」

「ファミレスで十分」


 わたしたちは並んで信号を渡ってファミレスへ向かった。





 ガタン、ガタン、ガタン……。


 楽しかった外出の後でも、単調な音は眠気を誘う。そう、楽しかった……。


 ファミレスに行ってからもドリンクバーでお代わりを繰り返し、映画について、よかった場面シーンについて、ふたりで語り合った。


 彼の眠ってしまった頭がふらっと揺れて、わたしの肩に触れる。その度に肩にもたれかかるかな、と思うのだけど、丁度よく揺れ戻されていく。偶然、わたしの肩にもたれかかってくれるのを期待していたかもしれない。


『凪さん、今日は一緒に出かけてくれてありがとう。ボクは実は初めてのデートでした。……デートって言っていいかな? 帰りの電車で寝てしまってごめんなさい。昨日、緊張して眠れなかったから』


『透くん、お疲れ様。とても楽しかった。映画も楽しかったし、映画の後に、感想を言い合うのって楽しいよね? 帰りの電車はわたしも半分寝ていたので、おあいこで』


『明日は凪さんは仕事ですね。会えないのがツライな。今日が楽しかったから、余計、ツラい』




「凪ちゃん、お疲れ様」

「お疲れ様です」

「お休みでリフレッシュしたかな?」

 わたしは苦笑いする。高校生の男の子と映画を見てきたなんて、とても言えないから。


「お昼……重なったら、またあのカフェに行かない? ランチメニューもあるらしいから」

 上背のある櫻井さんに上から言われると、何とも断りにくくて……わたしはOKしてしまった。


「櫻井さんて、おつき合いされてる方、いないんですか?」

「凪ちゃんはどう思う?」

「いるんじゃないですか? 櫻井さん、優しいし」

「はは、どうだろうねぇ」


「凪ちゃん、何にする? 」

「……カフェラテで」

「じゃあ俺もカフェラテ」


 ランチメニューには、ランチプレートやサンドイッチが載っていた。わたしは迷ってBLTサンドを頼んだ。


「凪ちゃん、あの高校生につきまとわれてるんじゃないの?」

「いえ、あの……」


 本当のことを言えばいい、頭の中の誰かがそう言った。彼も「つき合ってる」と言えばいいと言っていたし、事実上、わたしたちはつき合ってる。


「あの……友だちの弟で……」


「嘘です」と言えばまだ間に合う。本当のことをなんで言えないの? 自分のプライドの問題なら、本当にわたしは意気地のない女だ。



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