第10話 彼に似合うわたし
「透くんのお友だちは、どんなところに女の子と出かけるのかなぁ?」
自分で聞いていて、なんてバカなことをしているんだと思う。なんだか必死になってるみたいには思われたくない。
「ボクの……? あんまり聞かないかも」
「そうなんだ」
進学校だと違うのかなぁ。わたしの高校の生徒たちはテーマパークに行ったり、流行りの映画を見たり、忙しそうだったけど。机の上に座ってお喋りに忙しい生徒たち。
何度、「はい、席について」と言ったことか。彼女たちは彼女たちで一生懸命だったんだな、と思う。
「凪さん?」
「あ、はい」
「先生の顔してる」
言われて驚いて、目を上げると、わたしの顔をのぞき込んでいた透くんと目が合った。ごく、至近距離で……。
自分から「顔が見たい」と言ったはずなのに、いざ近くに彼の顔を見るとうつむいてしまう。
「……先生だったときに好きになったけど、今は、ボクだけの凪さんでいてほしいな」
「はい……」
とくん、と心臓が脈打つ。こんな気持ちになったのはいつのことだろう……。今度はわたしが緊張してしまって、彼の話が上手く聞き取れない。生返事をしたら失礼だってことはわかってるけど、でも、緊張が高まってくる。
「電車、苦手なの? 疲れちゃった?」
「そんなことないの。大学は電車で通ってたし……でも」
「でも?」
「透くんと同じかも。……近くにいるのって、恥ずかしいのね。そんな気持ち、全然忘れてて……。近くにいるのはうれしいことなのかと思ってた」
彼はためらいながら、わたしの様子をうかがいながら、そっとわたしの手を握った。
「透くんの学校の子に見られちゃう」
「そんなの別に気にしなければいいんだよ」
握られた手に、神経が集中する。誰からでも見える位置で、わたしたちは手を繋いでいる。彼の肩がときどき、電車の揺れでぶつかる。
……電車って意地悪だ。こんなに好きな人と近くなったら、わたしはどこに身を置いたらいいんだろう。もう顔は上げられない。
無事に目的の駅までついて、映画館まで少し歩く。
「疲れてない?」
と振り向く彼に聞かれる。
「ううん、大丈夫よ」
と言って、半歩後ろを歩くのは、隣に並ぶ自信が無いからだ。
女子が「半歩後ろを歩くの」のはむかしの話で、今はみんなすぐ隣を歩いているのに、それができないわたしがもどかしい。
「もう少しゆっくり歩くよ」
彼が手を差し出してくれる。
「ほら、行こう」
誰の目も気にしないで歩けるように出かけてきたのに、わたしの迷いは何も意味がなかった。
わたしはずっと彼の手と、他人の目が気になって仕方がなかった。
『好き』って、こんな気持ち?
過ぎ去ったはずの淡い気持ちが、胸の奥から止めようと思っても石鹸の泡のようにふわふわと浮き上がってきて、まるで窒息しそうになる。
「映画、まだみたいだね。そこでお茶にしようか?」
こくん、とうなずく。朝はあんなに不安そうだった彼が、頼もしく見えてきた。
「凪さん、何にする?」
「うーん、ソイ……」
「キャラメルマキアートにしなよ。生クリーム盛り盛りだから」
「え? むりよ」
彼はさっさと注文カウンターに行ってしまった。店内はそこそこ混んでいたので、とりあえず席について待つ。
こんなはずじゃなかったな。年下の彼にリードされてる気がする……。
駅前のスクランブル交差点のモニュメントが、陽光を浴びて光る様子を窓越しに見つめていた。
「お待たせ」
「いくらだった?」
「いいよ、お茶くらいはおごらせてよ、今日は」
透くんとわたしはいつも個別会計だ。彼のお小遣いを考えると、わたしとのコーヒー代だけでかなりの負担じゃないかといつも考えていたんだけど……。
「じゃあ、ここはお願いしようかな」
「うん、今日はボクは凪さんの『彼氏』だから。誰から見てもね」
ああ、かっちりメイクなんかしてきてバカだった。もちろん彼のためにしたんだけど……暑いから流れないようにってリキッドファンデなんか塗らなきゃよかった。
もっと普通に。彼は普通の「わたし」を好きでいてくれてるんだ。
「……お化粧、濃かったかな?」
上目遣いで聞いてみる。
「きれいだよ。いつもより特別に」
その言葉だけでふわっとなる。
彼に似合うわたしになりたい。
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