第9話 初めてのデート

 朝9時に、駅で待ち合わせをする。

 わたしはいつも通り自転車で駅に向かった。久しぶりにスカートで自転車に乗ると、スカートの裾がからまりそうでちょっと怖かった。


「おはよう」

「おはよう。……凪さん、かわいい」

「え? 若作りだったかな」

 なんてことのない、シフォンの軽いブラウスにカーディガンと細いプリーツの入った膝下丈のスカートだった。ブラウスは首元がさみしかったので、小さな石を散らしたロングネックレスをつけた。


「いつも、仕事があるから大概デニムだから」

「あ、そうよね。前はスカート、けっこう履いただけど」

「なんて言うか、いつもと違うって恥ずかしいなぁ」

 そういう透くんは、Tシャツにボタンダウンシャツを着て、デニム、というスタイルだった。


 駅に着くとしばらく待って電車に乗る。電車は空いていて、隣同士でなんとなく気まずく座る。いつも、カフェに行く時は向かい合って座るので、お互い、隣同士は慣れない。


 周りを見回すと、若い子がちらほら目に入る。ああ、ブラウスにスカートなんかやめればよかった。学校の先生じゃないのに堅苦しい。


 女の子たちは、上下がTシャツにデニムでも、足元がウェッジソールのサンダルだったり……もう教師ではないんだし、少し、かわいい服を買おうと思った。


「わたし、学校の先生みたいな格好してる?」

「んー、どうかなぁ? そういう格好の若い先生はいるかもしれないけど、先生って基本、ジャージが多くないかな?」

「あ、かもしれない」


 ちょっとホッとする。

 いちばんホッとしたのは、何より透くんがわたしの服装のダメ出しをしなかったこと。朝、言ってくれたことが本音なのだとしたら……うれしい。


 その透くんは、「嫌いだ」と言っていたスマホをわたしの隣で一生懸命見ていた。あまりに熱心で口もきかない。

「透くん」

「あ、はい」

「何も話せないで1日が終わっちゃうよ」


 透くんはやっとスマホから目を上げた。

「スマホ、しまって」

「でも」

画面をちらりとのぞくと、映画館の上映スケジュールのサイトだった。

「映画、探してたの? 映画館の前に行って、ポスターを見て決めてもいいじゃない? 時間がまだだったら、近くのカフェで待てばいいし」


「狡いな……」

「え?」

「大人の余裕って感じ」

 わたしは小さく笑った。

「だって本当に、わたし、透くんが今日見たものがスマホだけだったらイヤだな」

「……凪さんのこと、正面から見たら恥ずかしいんだ」


「え?」と思った。

「隣同士に座ってることも、すごく恥ずかしい……。ちょっと動くと凪さんに触れるでしょう?」


「そんなこと言ってたら、電車に乗れないじゃない?」

「違うよ、ボクが言ってるのは凪さんのこと。クラスの女子が隣だったら、なんとも思わないよ」


 そっか、そういうものなのかな……。

 他人事のように、真っ直ぐでひたむきなその気持ちを眩しく思ってしまう。


 こんなにつまらないわたしでも、男の人と電車に乗ってもなんとも思わない。それくらい、経験を重ねてきたってことだ。でも確かに……今はどきどきしてる。


「ねぇ、いつも向かいあわせで顔を見てるんだから、今日もこっちを向いてくれない? せっかく出かけてきたのに、なんか、さみしい」


「そんな言い方、凪さんぽくないな」

「意固地だなぁ。……わたし、透くんとたくさん一緒にいたいから出かけてきたの。今日は知ってる人もいないんだから、いつもより話したい。先生じゃないのよ」


 彼の肩が動いて、半身、こちらをやっと向いてくれる。

「今日はいつもより、お化粧もキレイにしてるでしょう? うれしいけど、大人っぽいし……大人っぽいのは嫌いじゃないけど、凪さんの顔を長く見てるのが恥ずかしくて」


「……気がつかなかった。わたし、『デート』って思ってて、なんか、あまり年の差を考えずに

 服を選んだりしちゃって、ごめん……」


「ううん、照れくさいだけだから。凪さんのせいじゃないし、年の差とか言わないで。ごめん、しかもボク、『初めてのデート』だから慣れなくて」




 ただ、家から離れたところで会えば、知人に見咎められることもなく、長い時間過ごせると思っていたわたしは思い違いをしていたようだった。


 高校生のする「初めてのデート」は、こんなんじゃない気がした。

 教え子たちが話していたことをよく聞かずにいた自分が恨めしい。

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