第8話 周りの目を気にしないで
うちに帰ってまずいちばんにスマホを開いた。一瞬でも早く、彼の気持ちを……それが怒っているときのものでも知りたいと思った。どんどん水が染み込む砂浜のように、彼のことならなんでも知りたいと思ったから。
わたしが電源をオフにしてた間、彼から入ったLINEはこうだった。
『凪さん、確かにボクは受験生で、人生の岐路に立たされています。そしてさらに凪さんより年下で、あなたに不安を与えるのは仕方ないと思っています。でも、少なくとも受験に合格すれば問題はひとつはクリアするわけです。そう思って毎日勉強しています』
『返信がないようですが、凪さんはもうボクをブロックしちゃった? まだ冷静に話せることも話せる時間もあると思う。ボクはせっかくもう一度見つけたあなたを、こんなことであきらめるつもりはありません。あなたを好きだから、がんばれることもいっぱいある』
『本当にもう会えないの? ボクがあなたをもう一度見つけたとき、どんな気持ちだったのか知らないのに? あなたを初めて見つけてからあの日まで、見ず知らずのあなたにどんな気持ちを抱いていたのか全然知らないのに……? 運命って、本当にあるんだと思ってる。信じてるから。毎日、会いに行くよ。何度でも』
運命……なのかな? 彼とは出会うべくして出会ったっていうこと?
わたしはもうどこかに「運命」なんてものは置いてきてしまった。「運命」だと思うのはいつも一瞬で、引き潮のようにその勢いは失われていく。人生とはそんなものだ。
確かに彼とは偶然出会ったけれど、それは「運命」なの? 神様はこの世にいて、彼とわたしを引き合わせてくれたの? ……どうせなら、年の差なんてなければよかったのに。
目をつぶっていても、もう認めないわけに行かない。そこにはもしかしたら光はないかもしれないけれど、わたしは彼が「好き」なんだ。
昨日、読めなかったメッセージを読んでいると、新しい通知が入った。
『凪さん、今日はごめんなさい。予備校を忘れてて、さっさと帰ることになってしまって。でも短い時間でも、凪さんに会えてよかった。今日、会わなかったら後悔するところでした。スマホの代替機も借りられたので、心配なしです』
『あのあと、無事に予備校に行ったようなので安心しました。ご両親が行かせてくださっていることを、忘れないように。なんて、先生ぶっているかしらね? でも、そういうことを忘れたらダメよ』
『大人ぶってるよ。ボクの知っている凪さんは、大きなパフェにビックリして、ウインナーコーヒーをうれしそうに飲む人です。年の差はあっても、とても可愛らしい人です』
可愛らしい……だなんて、いつ最後に言われたんだろう? 前の彼にも言われたことがあるかしら? 「大人しい」なら、よく言われるけれど。
こうしてスマホ越しでも、赤面せずにいられない。
書く前に迷う……。
こんなことを書くことになるなんて、思ってもみなかったし、自分で自分が信じられなかった。でも、たぶん彼ではなくてわたしがそうしたいんだ……。
『明日はバイトが休みで、明後日が出なんだけど……透くんの都合によりますが、もしよかったら日曜日ではなくて、わたしが1日空いている土曜日に会いませんか? 模試とかあるかしら?』
送信。
待っている返事はなかなか来ない。
両手でスマホを抱えて、画面をじーっと見ている。……わたし、先走ってる? 困らせてしまったかしら?
『凪さん、貴重な休日を1日、ボクがもらってしまっていいの? 心配しないで、明日は模試はないから。うれしすぎて、どこへ行ったらいいのかまったく考えられません。とりあえず電車に乗って、それから考えませんか? ……こういうとき、大人の女性の行くところは、ボクにはわからないみたいです』
『そんなに考えすぎなくていいと思うの。わたしはどこでもいいし、大人とか、考えないで。ただ、本音を言えば、ここを出れば周りの目を気にしなくても多少は済むかなって思いました。勝手な計算でごめんなさい』
『凪さんにはボク以上に周りの目が気になるってこと考えていませんでした。すみません。……でも、そういうふうに前向きに出かけようとしてくれていることがうれしいです。今日も、言い忘れたけど、好きって言ってくれてすごくうれしかった』
『明日は9時の電車でいいかしら?早すぎるかな?』
『早すぎるってことはないです。今だって会いたいから』
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