第4話 もしわたしが高校生なら
『凪さん、今日のパフェ、堪能した? 次はぜひ、半分こに挑戦しませんか? ふたつの味を一度に食べられるんだから、コスパ高くないかな?』
『透くん、ごめんなさい。当分、パフェは食べられそうにありません……。間を置いてから挑戦かな。半分こは勘弁してください。そんな年ではないので』
送信。
……半分こ。そんなことできるわけがない。なんだか考えるとだんだん気持ちが下がってくる。
わたしにとって、もうそんな時期は過ぎてしまった。落ち着かなければいけない年だし、周りも結婚する子が増えてきている。別に結婚を急ぐわけではないけれど、……教え子たちと同い年の男の子と会ったりしてて、それが少し楽しかったりして、いいのかなーと思わないわけにはいかない。
『軽率でした。今日はとても楽しかったので。実はボクも普段はあんなの、食べないんです。凪さんが食べるかな、と思って。たまには美味しかったですよね?』
『透くんはいつも食べるのかなぁと思っていました。若い子って違うなぁと思ったけど、そんなこともないのね』
『あと、残念なんだけど明日は予備校なんだ。凪さんに会いたいな。会いたいと思うときに会えないのは不当な気がする』
『わたしもむかし、受験生だったよ。だから不当だなんて言ってないで、やらなくちゃいけないこと、優先でね。予備校、しっかりがんばって』
送信。
こんなことばかりしてたら、勉強の邪魔にならないのかな。そう言えば、この前スマホは好きじゃないって言ってたのに……。
ベッドに倒れ込む。枕元にスマホを置いて、天井を見つめて、じっと考える。考える……。
――わたしがもし、透くんと同じ高校生だったら、何か違ってたかな?
バカげている。
たまたま若い教師だったわたしに彼は目を引かれたのであって、対等な関係だったら、わたしなんか声もかけられない。
自分の高校時代を思い出す……。もちろん、好きな人に声をかけるなんて、挨拶ですらできなかった……。
翌日は普通にバイトに行った。
櫻井さんと帰り時間が重なって、お茶に誘われた。迷ったけれど断る理由もなく、近くの最近できたカフェに行った。
「もう、仕事慣れた?」
「あ、はい。大体は」
「やっぱり本が好きなの?」
「はい、学生の頃は今の書店にずいぶん通いました」
「そうなんだ」
すみませーん、と櫻井さんが店員を呼び、コーヒーを頼んだ。
「凪ちゃん、何にする?」
といきなり聞かれ、緊張しながら話をしていたわたしは当然決まっているわけもなく……カフェラテを頼む。
「どんな本、読むの?」
「最近はあまり」
「働いてるのに? 逆? 働いてるから本を目にするの、嫌になるか」
首を横に振る。
「あ、ちょっと忙しくて読む暇がないって感じで」
「プライベート?」
「あ……はい」
お待たせしました、とコーヒーが運ばれてきて、これで質問タイムは終わりかな、とホッとする。
透くんは今頃、予備校、がんばってるのかな……? 毎日は通ってないって言うことは、単科で取ってるのかも。苦手教科があるのかな。教えてあげられることもあるかも……。
「凪ちゃん?」
「あ、はい!」
「……なんか、甘いものとか食べる?」
櫻井さんはメニューを指さしていた。
「美味しそうですね」
「だろ?」
「……スコーンを、頼もうかな」
彼はにっこり笑って、さっきと同じように注文をしてくれた。スコーンは甘すぎず、さっくりして、とても美味しかった。
『凪さん、こんばんは。予備校帰りなのでこんな時間でごめんなさい。凪さんに会うようになって、義務的に通っていた予備校がさらに面白くなくなりました。明日は会えますか?』
『お疲れ様、透くん。毎日、予備校に通った日々を思い出します。わたしは構わないけど、勉強に差し支えないのか気がかりです』
『心配しなくても、こう見えて志望校はAからB判定出てるんで。国立が第一なので、チャレンジ校の私立の過去問が難題かな? だから、がんばるためにも凪さんに会いたい』
わたしに会って、どうしてがんばれるんだろう? わたしなんて本当につまらない女だ。地味で、無口で、暗い。高校時代のわたしを本当に、透くんに見せてあげたいくらい。……きっと、嫌われてしまう。わたしなんて、そんなに価値のある人間じゃないもの……。
『返事はもらえないのかな? 凪さんからの返事、いつもドキドキして待ってる。ダメでも、返事をください、ずっと待ってるから』
ずっと……。
そんな気持ち、教員になってからはなかった。忙しくて、学生の時からつき合っていた彼ともすぐ終わってしまった。
『実は、新しくできたカフェに行ってきました。明日はそこで会いませんか? いつものところがいいかな?』
『ボク、そこ初めてです。ぜひ行きたいな。誘ってくれてありがとう。それから、返事をくれてありがとう。明日、提出のプリントがんばれそうです』
よかった。(また会える……)
また会える……?
あんなに年下の男の子にまた会いたいと思う自分に驚く。
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