第3話 また一緒に来てくれるってこと?

 もう25にもなるわたしが、高校生の男の子に振り回されるなんて滑稽だ。とても誰にも言えそうにない。……あの校章は何年生だろう? まさか1年生というわけではないと思うけど。


 お風呂上がりにベッドの上でぼーっと今日のことを考えていると、LINEが入った。きっとあの子だ。

 そういうことで飛びついてスマホを開くほど、若くはない。でも、すぐに開くのが怖いくらい大人になってしまった。


 あの子の思ってくれてるような女ではないんだけどな……。


 一呼吸置いて、机の上に置いておいたスマホを開く。やっぱり「透」くんからのメッセージだった。


『今日は会ってくれてありがとう。1日1問、今日の問題の代わりにT工大の過去問から1問、解きました。時間がかかったけど、凪さんに会えると思ってがんばって解いたから』


『こんばんは。T工大の問題は難しいよね? あれが解けるなんて、透くんは優秀なのね。よそ見しないでがんばってください』


『言いたいことはふたつ。1つ目は、問題が解けたと言っても優秀とは限らないこと。2つ目は生徒みたいに扱って欲しくないな。ボクは今、3年生だから選挙権を持つにすぐなります。そうしたら対等でしょう? 子供扱いは不当』


 スマホに返事を打とうとして、指がふと止まる……。こんなやり取りに、小さな喜びを感じている自分が恥ずかしくなる。こんなんじゃ、自分こそ学生気分だ。慎重に文面を考える。


『ごめんなさい。職業病だと思ってください。受験勉強、がんばってね。応援しています』


 月並みな文章だっただろうか……?

 傷つけたりしなかったかしら……。

 心が、揺れる。


 18になる男の子と、25になるわたし。

 その差は7つ。

 あの子に勘違いさせないように、……期待させないようにしなくちゃいけない。

 そしてもちろんわたしも、期待してはいけない。



 翌日は17時前に約束のファミレスに着いた。自転車で来たので、髪がはねているかもしれない。手でささっと直すけれど、鏡を使うほどの間もなく彼が来てしまう。

「お待たせ。ごめんね、昨日の『1日1問』できなかったヤツが多くて、その解説で延びたんだ」


 彼は涼しい顔をして、メニューを見始めた。

 わたしは髪が気になって、無意識に頭に手をやっていた。


「凪さん、髪、きれいになってるよ」

「え?」

「気にしてるんでしょう? 今日は風が強いし」

 黙ってうつむくことしかできなかった。いちいち、こういうことに慣れていない自分を情けなく思う。


「ほら、手を外して」

 透くんに手首を捕まれ、頭から手を離す。

「大丈夫だよ、ボクが見て大丈夫なんだから」


 年下の彼に諭されて赤面するわたしが、恥ずかしかった。どうしてもっと大人らしくできないのかしら?

「大丈夫。さて、ボクは……チョコレートブラウニーパフェ、とドリンクバー」

「え?」

「おかしいかな? 脳には糖分が必要なんだよ。凪さんはどうする?」


「わたしは……」

 わたしはいつもそうで、そう、みんなと同じノリで大きなパフェを頼んだりできなくて、ひとり、盛り上がるみんなを見ながらアイスクリームを食べたりしていた。


「あ、季節のフルーツパフェ。これにしなよ、巨峰じゃない? 違ったかな?」

「実は、これが気になってたの」

 そう、わたしはもうグループの中の地味で大人しい子でもないし、教師でもない。

「これ、小さい方でいいかな。いつもあまりデザート食べないし……」


「えー、ボクひとりじゃ目立つし、それにウェイトレスも置くほう迷うから、一緒に大きい方にしよう、決まり」

 彼は呼び鈴を鳴らすと、まるで英語の暗唱文のようにすらすらと注文をした。


「あ!」

「どうしたの?」

「……パンケーキもよかったなぁ。つい目が行っちゃったんだよ」


 年相応な面もあるんだ……と思うと、なんだかかわいく思えた。両肘をついた姿勢で彼の顔を見て、

「また今度食べればいいじゃない」

と決まり文句のように言ってしまった。


彼は逆に子供扱いされたと思ったようだったけど、次の瞬間、

「……また一緒に来てくれるってことだよね?」

と聞いてきた。してやられた、と思ったけれど、

「そうね。また機会があったらね」

と返した。

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