第2話犯罪の息

「私、あなたの矛盾が好き。」

窓に腰かけた女は、青い唇を不気味に歪ませて嗤った。

「殴って切り付けて、それが愛を伝える方法なのだと教え込まれて生きてきた?

いえ、そうじゃない。誰もあなたにそんなこと教えてなどいない。」

あなたが勝手に勘違いしただけ。

すべて、僕のせい。

この女はそう言いたいのだ。

恨むべきは、虐待をした親でも、酷く苛めた同級生でも、環境でもない

そう生まれてしまった、そう生きてきてしまった。

僕自身だと。

「あなたの行動には矛盾しかないわ。守りたいから傷つける、

愛されたいから殺す。」

目の前の女の子は目を見開いて、涙をたたえた瞳で僕を見つめている。

首には大きな手形。

ただ求められたかった。ただ感謝してほしかった。

誰かに僕の存在を認めてほしかった。

「おめでとう。あなたは立派な性犯罪者よ。あなたのお父さんと同じね。」

目の前で寝る女の子の頬を撫でる。

首すじの鬱血した皮膚と白い皮膚の境界線に噛み付く。

父親が母親にしていたことを思い出す。

歯が皮膚を破り、綺麗な楕円型に赤い色が染みつく。

赤い月明かりに照らされた、青紫と赤と白がただただ美しい。

「まるで獣。人間じゃないわ。」

女が窓から降りて、女の子の顔を蹴飛ばそうと脚を振る。

その脚の首をナイフで切りつける。

「イヤァアッ」

醜い声で一声鳴くと脚を抑えて女が転がる。

「獣と一緒にするな。僕は、綺麗なものが好きだ。お前は嫌いだ。」

「あら、私は、そこに転がって血とよだれをだらしなく垂らしてる女より、

ずっとキレイよ。心外だわ。」

女はゆっくり僕の両手を取ると、強く握った。

女の思惑に気づき、振り払おうとした時には、

手が既に痺れて動かなくなっていた。

「ウフフッ」

気味悪く笑い、握力の抜けた手からまだ女の血の滴るナイフを取ると、

僕の鎖骨に刃を当て、ゆっくり線を引く。

鋭い刃はいとも容易く赤い線を描いて血が漏れだす。

「アハハ、体液の交換。間接セックスね。」

アハハハハと笑う声も思考回路も気持ち悪い。

手はまだ動かない。

そんな僕の様子を見て、女は女の子に素早く近寄ると、

女の子の目を閉じ、その瞼にキスをした。

カッと血が上る。頭に血が集まる。

「うおああっっっ」

動かない手を振り回して、女を力任せに殴りつけ、馬乗りになる。

「触るな!この子に触るな!!殺す!殺すぞ!!」

「うふふ」

「笑うな!!」

腕のしびれが取れない。力任せに振り回したせいで

筋も痛めてしまったようで、いよいよ腕ごと動かなくなった。

ならばと女に頭突きをする。何度も。何度も。

すると、女とは思えない力で逆に押し倒され、思い切り首筋に噛み付かれる。

肩にも歯形がつけられていく。

痛みが上った血を下げていく。

噛み付かれながら、女の子の顔を見る。

瞼を閉じられて、睫毛に引っかかっていた涙が流れたのだろう。

宝石のようなそれは、

月明かりやナイフの光沢や血などをすべて掻き雑ぜたような色をして、

とてもとても美しかった。

「はぁっ・・・はぁっ・・・。」

疲れたのか、噛み続けていた女が離れた。

「私を見て。」

顎を引き寄せられて女に唇を合わせられる。

私を見てという割には、女の方は目を閉じて必死に舌を絡ませてくる。

その舌を思い切り噛んでやる力は残っておらず、

なされるがまま侵入してくる舌も放置して

女の子を見続けた。

感触が気持ち悪い。鉄のツンとした匂いが鼻を衝いて、

渇いた口内に粘土の高い血がへばりつく。

けれど、手には握力が戻ってきているようだった。

あぁ、この女じゃなくて、あの女の子と出来たらどんなにいいだろう。

窒息するまで二人で息を交換し合ったら死ぬことができるのかな。

できたらどれほどシアワセだろう。

想像していると、女が口を離しそうになったので

後頭部を抑え込んで今度は僕が舌を絡ませてみる。

目の前の女を女の子に見立てて、息を吸い取り、また与えて

それ以外の呼吸など許さない。させないようにしっかりと両手で抑え込む。

しばらく続けると、女は酸欠にでもなったのか、倒れた。

不思議と気分がよかった。自分の手の内に女が収まる感覚。支配欲が満たされる。

僕によって息を止められた女の子。

僕によって息を吸い取られた女。

廃墟寸前の暗く狭いアパートで、僕は犯罪者になった。

女の子にそっと口付ける。

女の子の口の中は血の籠った黴臭い息で満たされていた。

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キョウアイする。 七竈 奏 @karumia

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