第14話 曖昧な嘘と言い訳
爽やかな風の吹く穏やかな日曜の午後。
健斗はテラス席のテーブルを拭きながら、空席待ちの客の行列をチラリと見た。
今日はなかなか休憩にすら行けない状況で、料理を出しては片付け、笑顔を振りまき、洗い物を済ませる。なまじテキパキとできてしまう性分故に、厨房の手伝いも状況を見てできてしまう。忙しければ忙しいほど、健斗には都合がいいのだが。
もう余計なことを考えたくない。
新しい客を案内してきた同僚に席のセッティングを任せ、健斗は厨房の交通整理に向かう。出来た料理を運ばせ、ドリンクを作り、状況を見てデザートを作る。
「健斗君、ごめんね、休憩まだだよね」
オーナーで店長の三崎亜矢子が受付とレジを担当しながら小声で健斗に謝る。
「大丈夫ですよ。お客さんひいたら休憩します」
「ありがと」
亜矢子は満面の笑みで言って、新しい客にメニューを渡しに行った。
健斗は片付けのまだなテーブルを見つけてお盆をもって滑らかに移動する。
器用さ全開で一つのお盆にうまく食器を全部載せて厨房へ運んで洗い場に渡す。
すぐに席がセッティングされ、客が座る。
ピロロロ。
ああ、今は聞きたくない音だ。
彦島に今は必要だと言われてから呼び出しはなかった。だから、あれから初めての呼び出しになる。顔を合わせ辛いのもあるが、この戦闘並みの忙しさから抜けられない使命感もある。
健斗は三回目でギリギリ応答した。
「緊急事態だ。すぐに移送する」
彦島の抑揚のない声が言った。
健斗は布巾を持ったままの状態で、その場から消えた。
「行けるか」
会議室ではなく、どこかの広大な倉庫の中に移送されたうえ、強制的にユニフォームに着替えさせられている。どうやったんだろう、と思う間もなく、目の前に立つ彦島が健斗の手から布巾を受け取って言ったのだ。今日の彦島は白衣を着ている。その下は相変わらず高そうなズボンと洒落た地模様の白いシャツに艶のある浅葱色のネクタイをしている。
「行きます」
状況は分からないが、緊迫した空気は先ほどまでいたカフェに比べようもなく、床が血の海と化しているのが目に入る。命が消えていっている。
「武器を」
彦島がバズーカのようなものを手渡してくる。
「どうやって使うんですか」
「ヘルメットに情報を送る。健斗ならすぐにわかる」
彦島は辺りを警戒しながら健斗の前に立つ。自然と彼を守るようにしている彦島に、健斗は胸をキュッと掴まれたような痛みを覚える。
さっと彦島の前に出て、健斗は敵の姿を探した。
「彦島さん、あなたを失う訳にはいかないんだ。下がって下さい」
健斗の厳しい声に、彦島が肩をすくめる。
「お前の事だって同じだ」
微かな声だったが、優しさの交じる声に、健斗は心が軽くなるのを感じる。
やはり彦島がいないと健斗の心は闇に落ちてしまう。逆に彦島がいれば、健斗は前を向いていられる。
「いいか、健斗。敵は容赦がない。しかも手強い。やつは殺すだけ殺して、楽しんでいるが、それを許すわけにはいかん。とっとと終わらせてやれ」
彦島の命令に宇宙人に対する棘が含まれた。
「わかりました。彦島さんは避難して下さい」
健斗は視界をセンサーに切り替え、前進した。
この場に生きている反応があるのは彦島と健斗。そしてあと二人。それ以外はいない。しかし、あとの二人も人間であるデータが視界の横に出てきている。この波長は黄色と桃色だ。
血みどろの床を進むのは気持ちの良いものではない。
健斗は注意深く倉庫の棚の影を確認しながら奥へ進んで行く。
「良い色をまとっている」
ふいに耳元で声がした。
ハッとして後方に跳ぶと、健斗のいた場所に無数の針が刺さっている。そこには石黒が首をかしげて立っていた。その手と服は血まみれで、この惨状に何か関係があるとしか思えない。
「外したか」
あまり残念そうな言い方ではない。
「石黒さん?」
「何だい?」
彼は微笑んで健斗を見ている。
「健斗、それは石黒ではない」
無線で彦島の声が警告する。
「え?」
「やつは人間の脳内にある利用できそうな映像を探して幻覚を見せている」
「それじゃ、目の前にいるのは幻覚」
健斗は信じられない思いで目の前の石黒を見た。空気感まで石黒だ。しかし、確かにヘルメットに表れているデータはこの場に石黒がいないことを示している。
「ややこしい奴め」
健斗が呟いてバズーカを偽の石黒に向ける。するとヘルメットの視界が照準を合わせ易いように変る。
「おいおい、こんなところでそんなもんぶっ放したら、俺もお前もひとたまりもないぞ」
可笑しそうに偽の石黒は言い、待て、というように右手を掲げる。
「もし俺じゃない奴の策略で、目の前の俺を偽物だと判断するように仕向けられていたらどうする?俺をやったら、人間を殺すことになるぞ」
幻惑するように言い、偽の石黒は健斗に近寄って来る。
「残念だな。石黒さんは左利きだ」
健斗は迷う間もなく、バズーカの引き金を引いた。
ゴウゴウと音を立てて、火柱が上がる。きちんとバズーカを支えていないとその威力に負けそうになる。
健斗は宇宙人が跡形もなくなるまで、身動きせずにいた。
この武器は見た目はバズーカ砲だが、実際はただの持ち運び用ガスバーナーだとデータを見て分かったから、宇宙人が近寄って来るのを待っていたのだ。
「ふむ、紅色というのは人間を殺すことに抵抗があると聞いていたが、そうでもないみたいだね」
ふいに頭上から声が降ってくる。
「誰だ」
健斗は警戒しながら辺りを見回す。しかし、人影もない上にヘルメットのデータにも新しい生き物の波動は見受けられない。
「ちょっとからかっただけなのに、そんなに肩を怒らせなくてもいいじゃないか」
ふんわりと後ろから抱きしめられて、健斗は背筋に悪寒を走らせた。
「おや、ウブな反応」
健斗が逃げようと体を動かそうとするが、体のどの部分も自分の物ではないように動かない。
「無理に動こうとしない方がいいよ?血があふれ出してしまう」
健斗を腕に収めていた宇宙人が、目の前に回る。カーキ色のつなぎを着た美少年だ。
目を、疑った。
彦島さん?
声は出ないが、健斗のそう言いたい気持ちを読み取って、相手は笑った。
「残念。違うよ」
宇宙人は健斗の首に歯を軽く当てた。
「君は良い匂いがする」
噛まれると思って緊張している健斗の様子を楽しむかのように、宇宙人はそのまま動かない。
ジジ、と耳元で無線が反応しているが、声は聞こえない。
「障害波を出しているんだ。無線は使えないよ」
宇宙人は健斗の首元から口を離して、彼のヘルメットを取ろうとあちこち探っている。
「これ、どうなってんの?」
どうやっても取れないと悟ったらしく、宇宙人はニヤリと笑う。
「首ごと切っちゃうかな」
ぺろりと唇を舐めて、宇宙人は健斗の首に手をかける。
その手を、健斗は右手で掴んだ。ヘルメット越しに彼を睨みつける。
「へえ、動けたんだ」
彼が言い終わらないうちに、健斗は頭突きを食らわせる。
「ははは、お行儀の悪い子だな」
頭突きを喰らいながらも愉快そうに彼は言い、ぶつけられて歪んだ顔を手で元通りにする。
「病気にかかって、体中溶けちゃうんだ。さっき生き血を補給したから、やっと形を取り戻したんだけどね、まだ未完成だなあ」
彼は健斗に腕を伸ばして捕まえようとする。
「気に入っちゃったよ、君。なんて名前?」
彼の腕を避けながら、健斗は弱点を探るように彼を観察する。
「人に名前を聞くなら、自分から先に名乗るのが礼儀なんじゃないか」
健斗は無数の針を投げてくる彼の手を払って避けた。
「そうか、人間は礼儀を重んじるのだったね。面倒くさい。俺の名は
元璋はニヤニヤして健斗の耳に聞き捨てならない言葉を届ける。
「彦島さんの遺伝子?」
健斗の喉は乾ききっていて、呟きは音にならなかった。
「さて、俺の用は済んだから、もう帰るわ。健斗君?」
名乗っていないのに、元璋は健斗の名前を呼んで消えた。
残ったのは血だまりだけで、健斗は自分が何をしに来たのかわからなくなってしまう。
「とりあえず、桃色と黄色を探さないと」
我に返った、と言うよりは考えることをしたくなくて、彼は一歩足を進める。ぴちゃん、と音がして足元が滑る感じがする。
今まで目に入らないようにしていたが、この血は誰の血で、どうして桃色と黄色は姿を見せないのか。どうして彦島は元璋と言う宇宙人に関係があるのか。それとも宇宙人の戯言なのか。
激しい戦いをしたわけではないのに、喉が渇いて仕方ない。
ぴちゃん、ぴちゃん、と進むたびに血だまりのぬるっとした感触がユニフォームのブーツを通して健斗の足を通り抜けて行く。
「健斗、救護班を向かわせている。少し待っていろ」
耳元で彦島の声がした。
倉庫の奥は電灯が潰されていて、どんどん薄暗くなっていく。それでも健斗にはわかる。ヘルメットの性能を飛び越して感じるのだ。命が、無残に打ち捨てられているのが。
健斗は見た。
折り重なるように倒れた人間たち。顔色は土気色で、生きているのかわからない。唇は呼吸を紡ぎだしていないように思える。まるでモノみたいにうち捨てられている。
ここに勤めていたのであろう人達だ。白衣を着ている人や、つなぎの作業服の人、皆一様に彦島グループの社章を右胸につけている。そして。
「桃色?」
少し離れたところにボロ雑巾の様に体中を傷つけられた桃色が横たわっている。
健斗は駆け寄って彼女を抱き寄せる。
「桃色」
呼びかけても彼女の反応はない。ヘルメットが彼女の生存が危機的状況にあることを教えてくれている。そんなこと、知りたくないのに、だ。
「桃色、助けに来たよ」
健斗のかすれた声は彼女に届いていないように見えた。その時、彼女の指先がわずかに動いた。
「桃色!」
健斗は彼女の手を握って呼びかける。
「あなたが無事で何より」
言葉ではなく意思だけが伝わってくる。
桃色はそれっきり動かない。
俄かに後方が騒がしくなる。救護班が到着したのだ。手に手に担架や医療バッグを持っているが、それが役に立つのか健斗には疑問だった。
「紅色、桃色を移送します。こちらへ」
救護班の医師に言われて、健斗は桃色を横抱きにして担架へ運ぶ。ふと見やると黄色も担架に乗せられていた。どう見ても、腕がちぎれたようにぶら下がっている。目を、覆いたくなった。
一体、ここで何が起こっていたのだ。
健斗は呆然と運ばれていく同僚を見送った。
彼がそうして全員が運び終わるまで見守っていると、ポン、と肩を叩かれた。
振り返って見上げるとブルーのスーツ姿の石黒だった。こちらは本物のようだ。
「お疲れ様」
その言葉は優しく健斗の中に響いていく。
「どうしてこんな状況に?」
「最もな質問だね。何と言うか、盲点を突かれた、と言うか、敵を甘く見ていた、と言うか」
珍しく石黒の口調がはっきりしない。
「まあ、あれだ。投降する意思を見せられて油断たところ、逆にカツアゲされたってとこ」
何でもないように言った石黒だが、普段優しいその目は怒っている。敵にやられて猛烈に怒っている。
「あの、他の戦隊員は出動しなかったんですか。これだけの…」
惨劇になる前に。
そう言いたかったが、石黒の目が言わせなかった。
石黒は宇宙人に怒っているのか、ここまでしてやられた同僚に怒っているのか、それが健斗にはわからなかった。
「石黒さん、彦島さんは?」
健斗は気になっていたことを尋ねると、石黒は溜息をついた。
「あの人は毎年この時期は安静にしていなくてはならない時期でね。病院にいますよ。指揮は私に任せて休んでいろと言ったのに、のこのこ出てきて、まったく」
いつもの口調が崩れてきている。彼の怒りを買っているのは彦島も同じらしい。
「会長は具合が悪いままなんですか」
健斗はてっきり、彦島が自分を庇ってから具合が悪いのかと思っていたが、石黒の言葉はそうではないことを示している。
「思春期と思ってくれればいい。色々都合の悪いことがでてくるのさ」
石黒は混乱している健斗にいつもの通り優しい目で微笑んでくれた。
「とりあえず、君も疲れているだろう。声がガサガサだよ?」
ポン、とまた石黒が彼の肩に手を置くと、いつもの会議室に移送されていた。
「おう、健斗、お疲れさん」
おタケさんが水のペットボトルを投げて寄こした。
受け取ると、自分が素手であることに気が付いて、移送と同時に恰好まで元に戻されていることに今更ながら驚く。
「おタケさん、あの元璋って名乗った敵は何なんですか」
教えてはもらえないだろうという思いもあったが、聞かずにはいられなかった。
おタケさんは、あー、と呟いてあごをさする。
「会長が若い頃に宇宙人と共同研究をしていてな。その頃に会長のちょっとした特殊能力が宇宙人の欠陥を補うのに良いかもしれないってんで、その何だ、会長の遺伝子を宇宙人にかけ合わせて生まれたのが元璋だ。性格はよく似ているが、会長が抑圧的なのに対して、あっちは奔放すぎるんだ。色々と問題を起こしまくって、研究所に軟禁されていたんだが、お前も体験したように幻術のようなものを使う奴で、黄色も桃色も油断したんだな。お前は平気だったみたいだけど」
おタケさんは難しい顔のまま言って、溜息をついた。
「そもそも、あいつらの病気に人間の生き血が必要なんてのはデマなんだ」
「え?」
健斗は驚いておタケさんの顔を注視する。
「聞いたんだろ?如水と紫色の話。あいつらが変に勘違いして、液状化する病気の宇宙人が生き血を飲むと体が元に戻ると思い込んでしまった。もちろん、一時的に体は正常化するし、液状化も止まる。でも、それは根本的回復とは違う次元の話なんだ。いや、むしろ悪化させるのかもしれん」
おタケさんが苦々しい表情で机を指で叩いている。
「じゃあ、すぐにでも無意味な行為だから止めろって言わないと…」
健斗の言葉におタケさんは首を振った。
「言ったさ。会長も、俺も。如水も紫色も聞く耳を持たなかった。元璋に至っては最悪の事態まで起こしている」
健斗は先ほど見た血みどろの床を思い出す。被害にあった人たちを思い出すと、血の気が引いていく。だから、思い出さないように自分の気を逸らすしかない。
健斗はもらった水を口に含んだ。甘く感じる。飲めば飲むほど、足りなく思う。
彼らも、こんな気持ちだったのかもしれない。水を求めるように、血を求めた。
「宇宙人は、いつ頃から地球に侵入しているんですか」
「第一次世界大戦くらいかな?記録によると」
「そんな前から?」
「ああ。縄文以前にもいたらしいが、それは違う星雲の宇宙人だって話だ。そこまで俺は詳しくないから、あとは会長にでも聞いてくれ」
「はあ。でも、おタケさん、俺にそこまで話していいんですか。パープルは自分に話す権限がないって言ってました」
健斗は気になっていたことを口にする。
「それ、な。俺は一応権限持っているし、話せることは色々あるけど」
誤魔化すような軽い口調で言って、おタケさんは吐息をついた。
「俺はお前が思っているほど良い奴じゃないぞ?前も言ったと思うけど、俺のことを信用しすぎるな」
「心得ています」
健斗は笑顔で答えた。
「わかってねえ顔だし。ま、俺には都合いいけど。ところで」
おタケさんは言いかけて止めた。言葉を待つ健斗の顔を見ながら、おタケさんはあらぬ方向を見た。
「え、何なんですか。今更無視しようって思ってないですよね?」
健斗は目を丸くして抗議すると、おタケさんは頭をかいて背を向ける。運よく、彼に電話がかかってきた。
「はい、武田。ああ、わかった。すぐ行く」
おタケさんは明らかにこの場から逃れられることに安心してニヤニヤする。
「悪いな、グースの具合が悪いらしい。行ってくる」
会議室を駆け足で出て行ったおタケさんの背中を見送って、健斗ははた、と思い出す。バイト中のカフェは目も回るくらいの忙しさだった。
「戻らなきゃ」
戦隊の辛い現実から、ぬるま湯のような学生の優しい現実へ。
健斗は石黒を探した。いない。
どうやって地上へ帰れというのだろう、と健斗は頭を抱える。そう言えば、いつも石黒か彦島が健斗の移送を担ってくれていた。誰か他の人に頼んでも問題ないのだろうか。困った。
健斗の逡巡とは裏腹に、彼は次の瞬間ポイっと宙へ投げ出された。
降下する体は重力に正直で、摩擦なんてものは感じないものの、いささか急すぎた。驚きで心臓がもたない。そこで健斗は気が付く。ユニフォームを着ていない。着地したら、ぺっちゃんこってことはないだろうか。
健斗は見慣れたお洒落な屋根とバランス良く植物の配置された外観を見て、目を閉じた。
ドン。
衝撃と共に床に足がついている。
健斗は恐る恐る目を開けて、自分がバイトしているカフェに到着したことを悟った。というか、カフェが半壊している。
まさか、とは思うが、健斗が着地で壊したということはあるまいな?
彼は亜矢子の姿を探した。
店内に人の姿はなく、外は騒がしいにのおかしい、と健斗は不安になって誰かいないのかと目を泳がせる。食べかけのケーキや飲みかけのワイン。そして派手に穴の開いた床と粉々になったテーブルとイス。血痕はない。が、それだけで安心できると言うものでもない。
健斗はゆっくり足を進めて店内の様子を探った。
カチャン、と食器が崩れる音がして健斗は振り返った。
店長の亜矢子が驚いたように健斗を見ている。
「無事だったんだね。良かった」
彼女は涙ぐんで喜んでいる。
「何が起こったんですか」
「健斗君、頭打ったのかな。直撃だったもんね。無理ないよね」
亜矢子は健斗の体を傷がないか確認しながら、ほっと息をついた。
「健斗君のいた場所に隕石みたいなのが落ちてきて、でもそれは屋根からじゃなかったの。ほら、見て。屋根は穴が空いていないでしょ?」
亜矢子は天井を指差した。
「悲鳴が上がって、隕石は消えたんだけど、男が現れたの。とっても綺麗な人だけど、影がなかった。そいつが、お客さん達を一瞬で消しちゃって、もう何が何だかわからないうちに、みんなで外へ避難して、地球防衛戦線の人を呼んで、退治してもらったんだよ。でも、健斗君いなくなってしまっていたから、みんなで探して…でもほんとに無事で良かった」
亜矢子は店の心配よりも健斗を心配してくれたらしい。
「どこにいたの?」
「え、俺もよくわかんないです。っていうか、宇宙人に拉致されてた?的な」
健斗らしからぬ口調で答えたが、亜矢子は信じたようだ。
「そっか。怖かっただろうね。地球防衛戦線の人に助けてもらったの?うちもさっき調査が終わって、今外にいらっしゃるけど」
亜矢子は健斗を気遣うように見ている。
「あー、そうですか。俺もちょっと助けてもらったお礼言ってないから行ってこようかな」
健斗はぎこちなく言って、外へ出た。後ろから亜矢子も出てくる。
外には地球防衛戦線宇宙人対策委員会の処理班が来ている。もう引き上げるところだったようで、健斗の姿を確認すると軽く会釈して行ってしまった。
「行っちゃいましたね」
「うん。なんか保険金みたいなのが出るから、また書類を持って来ますって言ってたけど、どうなんだろう。しばらく営業できないし、お客さん達がどうなったのかも心配だし、何がどうなっているのかもわからなくてホントに困っちゃうよね」
亜矢子はやっと現実を認識し始めたようだ。今の今まで緊張で理解が追い付かなかったのだ。
「店長、大丈夫です。何とかなるし、何とかできる。お客さんも地球防衛戦線が無事保護していてくれてます」
嘘でも力強く言えば本当になる気がして、健斗は亜矢子の細い肩に手を置いて言った。彼女は驚いたように目をしばたかせて、それから花が咲いたように微笑んだ。
「うん。そうだね」
彼女の目の中に新しい光が溢れてる。人気のカフェを切り盛りする彼女の力強さが感じられて、健斗は眩しい思いで彼女を見た。
「前に進むには前を見なきゃね」
彼女のその言葉に、健斗は励まされた気がした。
前を向いて歩いて行けば、例え光の道ではなくとも、自分の道ができていく。
「進んで行くことが大事だよね」
亜矢子は自分に言い聞かせるように言った。
「あ、ごめん健斗君。君も疲れているのに、引き留めちゃって。おうちに帰ってゆっくりするのよ?宇宙人の仕業に困ったらいつでも地球防衛戦線の人が来てくれるって言ってたから、これ、番号ね」
カードタイプの「いつでもコール!」と書かれた戦隊の相談窓口の広告を亜矢子から渡されて、健斗は苦笑した。
「ありがとうございます」
礼を言うと、亜矢子は満足そうに微笑んだ。
宇宙人に拉致されたアルバイトは曖昧に微笑み返したのだった。
紅いろヒーロー 七海 露万 @miyuking001
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