番外編 怪談

私の部屋には女の子の霊が棲みついている。


昼夜問わず、いつも部屋の隅からじっと私を見つめているその霊は小学生くらいの女の子だった。


特に何をする訳でもなく、ずっと部屋の隅からこちらを見ている。


私以外には見えないらしく、家族や友達が部屋に入ってきても全く気付く気配がない。



ある日の事、私が部屋でテスト勉強をしていると急に寒気がした。


季節の変わり目で風邪でも引いたのかと思い、市販の風邪薬を飲みに階下に降りようとドアの方へ顔を向けた時、いつもは部屋の隅に佇んでいる女の子の霊が、今日は何故か私のすぐ隣に移動していた。


「…ひっ!?」


思わず小さく声をあげる。


女の子の霊はじっとこちらを見たまま動かない。

私は逃げるように部屋を後にし、一階のリビングに飛び込んだ。



体温計で熱を測ると微熱程度の熱があり、風邪薬を飲んで部屋へと戻る。


恐る恐るドアを開けると、女の子の霊はいつもの定位置に戻っていた。


テスト勉強の途中ではあったが、その日はもう布団を敷いて寝る事にした。





翌日、目を覚ますと頭が重い。

どうやら、本格的に風邪を引いたようだった。


身体を起こそうにも物凄い倦怠感に襲われ、金縛りにあったように動かない。


ぼやける視界の中、気付くと目の前に女の子の顔があった。


「……!」


叫びそうになったが、何故か声が出ない。



風邪のせいなのか、目の前の女の子のせいなのか、私の身体は金縛り状態で声も出ず身体も動かせなくなっていた。




――憑り殺される!?




油断していた。


これと言った実害がなかったので、ずっと放置していたのがまずかったのだろうか。


ぼやけた視界が少しずつはっきりとしてくる。


きっと私の目の前には、厭らしく嘲笑する霊の顔があるのだと思っていた。



――しかし。



「……」


私の目の前には、心配そうに私の顔を覗きこむ女の子の顔があった。


女の子の霊は、微かに口を動かすが声は聞きとれない。


恐怖と混乱を抱えたまま、私は女の子を凝視する。


やがて、女の子はゆっくりと腕を動かすとそのまま私の額に手を触れた。



――冷たくて気持ちがいい。



やっぱり幽霊って冷たいものなんだ…と、何故か悠長にくだらない事を考えていた。



暫くの間、私の額に冷たい手が触れていたが、やがて女の子は手を離す。


それと同時に再び視界がぼやけ、私はそのまま意識を失った。




再び私が目を覚ましたのは、お昼過ぎだった。


熱が下がったのか、気分はすっきりしている。

私はゆっくりと身体を起こし、部屋の隅に視線を動かした。


いつもと変わらず、女の子の霊がこちらを見ている。その顔は心なしか微笑んでいるように見えた。


「……」


私は無言で立ち上がると、女の子の目の前に歩いて行く。


私を見上げる女の子と目が合った。


「ありがとう」


何故、そう言ったのかは自分自身でもわからない。

ただ何となく、彼女に助けられたような気がしていた。


「……」


女の子の霊は驚いたように目を丸くし、そして恥ずかしそうにそっぽを向いた。






――それからも、女の子の霊はずっと私の部屋に居る。


以前と違うのは、私から女の子に声を掛けるようになった事だろう。


朝、起きた時は「おはよう」と。


学校から帰ると「ただいま」と。


夜、寝る前には「おやすみ」と。


挨拶程度ではあるが、声を掛け続けていて気付いた事がひとつある。


「……」


どうやら、女の子は喋れないようだった。

まぁ、幽霊なのだから喋れなくても当然なのかも知れないが…。


「あなた、名前とかあるの?」


試しに聞いてみると、女の子はゆっくりと口を動かす。


『あ』


『い』


『り』


何となくだが、口の動きからそう言ってるように私は感じた。


「あいり?あなたの名前はあいりって言うの?」


私は女の子に問い掛ける。


「……」


私の言葉を肯定するように、女の子はニッコリと微笑んだ。





愛着が湧いた…と、でも言うのだろうか?


名前を知ってからと言うもの、私にとって彼女は『恐怖』の対象から『愛情』を向ける対象に変化していった。


今までは先入観が邪魔をして、彼女の姿をちゃんと認識出来ていなかった事もあるのかも知れない。


改めて見る彼女の姿は、とても可愛らしい女の子であった。


彼女への想いは日増しに募り、気付けば私は彼女の事が大好きになっていた。


そして、それと同時にどうして彼女は此処に居るんだろう…と、言う疑問も湧いてきた。


私に怨みがあるようにも見えない。

現に一度、私は彼女に救われた事もあったからだ。


「ねぇ、あいりはどうして此処に居るの?」


思い切って聞いてみたが、よくよく考えたら彼女は喋る事が出来なかったんだ…と、思い直す。


「……」


あいりは何とも言えない寂しそうな表情を浮かべていた。


「……」


彼女の寂しそうな表情を見て、私もそれ以上は何も聞けなくなってしまう。


それからも、何事もなく平和な日々が過ぎて行く…と、思っていた矢先――


――その『事件』は起こった。








「…つづく」


そう言って、私は深く息を吐いた。


「いや、別に続かなくていいから」


呆れた顔をして沙織が言う。


「真琴、私…死んじゃったの?」


愛梨が悲しそうな声でそう言った。


「まぁ、お話の中ではそうなってるけど…でも、大丈夫!私と愛梨はいつまでも一緒だから、ね♪」


「…うん、私と真琴はいつも一緒♪」


私の言葉に、愛梨はニッコリと微笑む。


「…っと、お昼休み終わっちゃったね。じゃあ、気になるお話の続きはまた来週!…って事で♪」


「別に期待はしてないけど『怪談』こわい話『猥談』のろけ話にならない事を祈ってるわ」


私の邪な心を見透かすかのように、沙織が深い溜息を吐きながらそう言った。

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あいまこ 暁瑞樹 @akatukimizuki

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