コッペリウス

安良巻祐介

 

 近頃、この蛍滅都市の子供らの間で噂されている、奇怪な人物の話がございます。

 それは、「砂男」と、呼ばれております。

 夜に現れる恐ろしいもの、と言うと、旧時代的なお化け話かとも思われます。しかし、彼は超常的な存在ではなく、ただの機械人形なのです。それは、子供たちも承知しております。

 彼は、背の高い老人の姿をしております。

 旧時代の絵画にある、あの不気味な三日月に似た顔形と顔色をした、いささか痩せぎすの、鉤鼻の老人。

 少し曲がったオペラ・ハットをかむり、両肩にくすんだ紅の大布をかけて、片手には頭陀袋を提げているそうです。

 何より、背中から幾つもの筒を、まるで造りかけの蒸気機関か何かのように天に向けて飛びださせており、何でもそれは、全て「望遠鏡」らしい。

 そんな者が、壁を伝って、屋根へ上がってくるそうです。

 遮蔽バリヤーの薄緑色越しに、顔にかすかな微笑を石のように張り付けた老人が、上へ過ぎて行くのを見た子供が何人もいます。

 ギイギイと、歯車鳥の鳴き声のような軋みを上げながら、長い手足を使って、機械の老人は器用に屋根の上に立つと、背の望遠鏡の一つを抜いて、あらぬ方向に向けるのだとか。

 それは眠らない子どもを監視しているのだという声もあれば、いや、「敵」を捜しているのだ、という声もあります。

 ある子どもはデコレート電飾改造したお気に入りの自分の眼を奪われることを異常に恐れ、ある子どもは逆に、夜どこからか現れて自分達を襲おうとしている別の脅威から、かの老人が自分達を守るべく戦っているのだと信じてやみません。

 彼が機械人形のうち、どうやら、ナイトガード用の種類の、規格外れの違法存在であるらしいことは、家々の角に取り付けられた存在識別機構の働きによってすっかりわかっているのですが、何より謎なのは、なぜそんなものが、夜な夜な民家の屋根に取りついてそんな事をしているのか、そもそもなぜ厳正にして堅固な当局の統制関門や追跡から逃れおおせているのかということで、今のこの機械都市においては、姿形のはっきりしないゴーストなどよりも、姿形のはっきりした、それでいて存在原理のわからない何ものかの方が、よほど恐ろしくて怪奇であると、こういうわけでありまして……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

コッペリウス 安良巻祐介 @aramaki88

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ