終<エンドロール>

 最後に言いたいことを遺して逝けた。二万年の最後を締めくくるには良い最期だっただろう。


 映画で重要キャラクターが死ぬとき、必ずと言っていいほど最後に大切なことを言って死ぬのが不思議で仕方なかった。人が死ぬときは散々苦しんでから死ぬか、唐突に死ぬと相場が決まっている。

 戦場で生きてきた俺は―――と言うか何度も死んで来た俺はそう思った。


 だが、実際はこうだ。恐らく、どうしてもっていう気持ちが。これだけは言わなければという足掻きが、最後の一言だけは許してくれるのだと思う。



 真っ暗だった視界が、急に開け―――真っ白な空を映し出した。奥に見えるは巨大な山脈、横になり預ける頭は妙に心地の良い感覚に包まれる。膝枕という嗜好の――


 ちょうどアイビスがしたように、一人の少女が顔をのぞき込んでくる。美しい白銀の頭髪をなびかせる、人の域を超えそうな絶世の美女。

 いや、本当に人ではない。名をアイン―――ずっと俺に付きあってくれた従者メイドだ。


 「お疲れ様です、ご主人」

 皮肉なものだ。ずっと第三世代を拒絶し第二世代だけの部隊の指揮を執っていた人間が、その実人工知能を脳に宿していたなど。まぁ生存中に顔を出すことは無いから定義上は第二世代なのだが。


 「あぁ、今までありがとうな―――長かったよな」

 奥に見える山脈が消えるのが確認できた。この内面空間も少しずつ狭まっている――完全に消える前に立ち寄れてよかった。

 最大のパートナーに一目会えるだけで、何処か救われる。



 「この際です♡ご主人にネタバラししてもいいですか?」

 無邪気な笑顔を浮かべるアイン。ライバーは訝しげな表情を作る。もとより人工知能らしくない振舞いだった彼女が、何をいまさら――


 「あの日、ご主人の最初の人生が終わった日。ご主人はある少女から力を受け継いだことは覚えていらっしゃいますか?」

 「あぁ……」


 忘れたことは無い、だからこそ彼は戦い続けたのだから。


 「実はあの時移植されたシステムデータに、人格データも混ざっていたんです」

 「―――は?」


 「博士は、少女の人格データを抜き取って移植。でも一つの脳で二人の人格データを入れると色々と不都合なので、人工知能ユニットに入れたんです」


 「………おい、待てそれって――」

 「そーです♡あの時の女の子、あれ私です」


 勢いよく上体を起こし唖然とするライバー。彼が戦ってきた理由、その根幹が――ずっと傍にいた。その事実を呑みこめない。だが―――理解するよりなにより、嬉しかった。

 「―――そう、か………ずっと一緒にいたんだな」


 身体を倦怠感が襲い、周囲の山――積み上げられた、二万年かけて読んできた本、小説、漫画などが消失してゆく。

 「退屈じゃなかったか?」

 「全然?ご主人の帰りを待っていると思えば、あの千年生きて仙人て呼ばれた時も退屈しませんでしたよ♡ここにある本は何度も読みましたが………」

 「あー………いろいろとすまん」


 空間はさらに狭まり、終わりの時を告げる。


 「なんで……ずっと黙っていたんだ?」

 薄っすらと消えゆく意識、自我。

 「だってご主人、このこと知ったら人類なんてほったらかしてずっと此処に居るでしょ?」


 「バレバレだな」

 「ご主人がアイビスに永遠の呪縛から解き放たれてほしいと願うように、私だって――ご主人には楽になってほしかったですから……」

 「そっか」


 二人は、白く塗りつぶされる世界で――本当の終わりを迎えた。

 「ねぇご主人」

 「何だ、アイン」



 「アイビスは私の身体を受け継いで、ご主人が手塩にかけて何度も何度も育ててくれた子ですよね――」

 「あぁ……」

 「それって、私たちの娘ってことになりますよね♡」



 「――そう、だな」


 「ふふっ♡」




 彼の―――彼らの長い永い旅路は、ようやく終着点へ至る。


 何者にも成れなかった黒い鳥は、最期に何を想ったのか――



 アインには、分かったかもしれない。





 二人は寄り添い光に消えた。それが永劫の果てだと知っていたから






■■■■■■■■■



中央大陸/某国

住宅区画/某傭兵団事務所



 ちらほらとテロや紛争の起こる中央大陸だからこそ、傭兵の需要は高い。


 ここは傭兵団事務所。清潔な部屋にふかふかのソファを持ち込んで。事務机や本棚は無く、そこにあるものを利用している。襲撃が絶えないあたし達の事務所は転々と変わる為、安い家具と最低限の私物しか置いていない。


 その最低限の私物に、最新据え置き型ビデオゲームハードウェアがあるのはご愛敬ね。


 ソファに座り子供が遊ぶようなレースゲームで対戦する荒井シンと月城愛梨。それを後ろで眺める黒木翔子はいつも仲良く遊んでいる。

 あまりにゲームの腕が立つ愛梨は、いつも「ハッカーhaxハッカーhax、チートだァ!!」と喚かれて困っている。


 それもあたしたちの日常の一部。


 近くにある日の当たる窓際の席には、アンティーク内装雑誌やら骨董拳銃カタログやらを読みふける、おおぶちの眼鏡と立派な顎髭の瀧庄次郎が座り―――ツキカゲがそれを興味深げにのぞき込む。

 翔子もそうだけど、ツキカゲも最近は表情が明るくなった。



 ライバーお父さんがしていた様に、座り心地の良い椅子で小説を読むあたしの目の前では、アニーシャ・L・ドロイツマンが仕事依頼の報酬金額を見てニヤニヤしている。


 あたしたち『傭兵団NOMAD』は、自由に世界を駆けまわり。やりたいようにかき回す。

 隊員の一人でも正義を唄うなら、全員で正義のために闘い。

 一人でもお金を望むなら、全員で「妙に報酬のいい依頼」を出す不敬な輩から金を拝借。


 そんな家族。



 ふと、つけっぱなしにされ誰も見ていないTVから聞きなれた単語が聞こえてきたことに気付く。

 『――悪魔の部隊<元賀島帝国特殊作戦部隊NOMAD>の隊員の証言で――』

 映っていたのは賀島帝国軍参謀本部。話題は、篝火ビーコンを破壊し世界を混沌に陥れた首謀者として語られる悪人だ。


 賀島政府はこれを早急に察知、すぐさま代用のシステムを用意したんだとか。

 まぁ、それ作ったの愛梨なんだけどね。


 『えぇ、私は止めたんですが。あの悪魔の様なライバーという男は強情で。恐怖政治で仲間を従わせていましたね。だから抜け出したんですけど、今にして思えばあの時止められなかった自分が情けない―――』


 どこぞの国営ニュースでは、元部隊員だという男が感情的になって喋っているが。


 「なァ、あんな奴うちに居たかァ?」


 「私たちの心象をさらに悪いものにしようと必死なんですね。あの義体は当時の主流ではありましたが、第三世代専用のやつです。NOAMDには第二世代しか入れないなんてギレン駐屯兵の子供ですら知っているのに」

 「鹿だねーぇ」


 「ねぇ黒木さん!?それって俺の事?俺の事なのか?」

 「荒井君!前見て前、ぶつかってるからぁ!」


 「――――その、リボルバー……興味、あり――ます……」

 「なんだツキカゲ!ようやっと良さが分かって来たかッ!」

 「庄次郎うるさい」




 かつてあたしが所属していた部隊は、人類史上最悪の罪人として名を馳せた。




 「おーい、新人君をつれてきたぞー」

 「あ、シュオーデルのおじさん」

 扉を開け入って来たのは、白髪の老人と―――茶髪の長身の男。白い義体の狼の様に鋭い目をした男だ。


 「連邦の白狼などと呼ばれちゃいましたが、この度極東の黒雷の作った部隊に配属になりまして、その名は捨てました………っと。そんな訳で―――アルバート・ガルシアだ、よろしく頼むぜ!」


 「「おぉ!」」





 家族の様に大切な居場所ぶたいはしかし、あたし達からすれば最高の部隊に相違ない。

 この部隊はこれからも、人類史上最悪として名を馳せる――――




 ――でも、だからこそ。

 あたし達だけは忘れない。歴史に名を遺すことのない英霊のことを。



 世界を、あたしを守って戦った―――



 真っ黒な鳥のおとぎ話ライバー・フィルヴィレーゼを。

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NoMAD 加賀崎 @minato_kgs

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