3.4 なんで俺の回りの女はこんなに血の気が多いんだ

「神父さ~ん、何揉めてんの? 朝の礼拝は終わりでしょ? 迷える子羊のお出まし?」


 二人を止めたのは神様……ではもちろんなく、控室の扉からひょっこり顔を出した金髪碧眼のシスターだった。

 ただし、その出で立ちはローズマリーが持つシスターのイメージとはまるでそぐわない。気怠げな様子に、露出の少ないはずのシスター服の上からでもラインがまるわかりのグラマラス・ボディ。どこぞの酒造所のキャンペーン・ガールとして男性向けの雑誌に写真が載っていても不思議ではない、妖艶な雰囲気を醸しだしている。


「あら、坊やじゃない。ご機嫌いかが? 横の子は彼女?」

「ウチの従業員だよ」

「はじめまして、ローズマリー・CCと申します。シド先生の事務所で働いております」


 シスターらしくないのは軽薄さノリもか、と嘆息したローズマリーだが、初対面の相手とあって挨拶は実に折り目正しい。さすが、良家の子女である。


「……メイド服は坊やの趣味なの? ずいぶんマニアックねえ」


 断じて違うぞと反論するシドを無視したシスターは、瞬く間にローズマリーとの距離を詰め、手を優しく握る。予想外の身のこなしに、一瞬体をこわばらせるメイド服の少女だが、握られた手から敵意は感じられない。


「はじめまして、子猫ちゃん♪」

「こ、子猫ちゃん?」

「気にするな、いちいち反応してたらキリがない。こういう人なんだ」


 シドは改めてシスターにローズマリーを紹介する。


「彼女はウチの新人だ。今日ここに来たのは」

「この前の電話の件でしょ? 結構難儀な話みたいね。まぁ入んなさいよ」


 シスターに迎えられた二人の後から、苦い顔のままの神父が入ってくる。部屋はいたって質素で、重厚そうな木製のテーブルと少々硬い座り心地のソファが鎮座していた。


「改めて紹介するよ、CC。ガラが悪いのがロビンソン神父で、無駄な色気を振りまいてるのがシスター・レイラだ」

「……よろしくお願いします」


 余計な枕詞をつけられて不満げなロビンソン神父と対称的に、シスター・レイラは楽しそうに手を振っている。その真意の読めない視線を警戒しているのか、ローズマリーの返事には固さが目立つ。


「……可愛い娘ね。もらってっちゃダメ?」

「あんたそっちの趣味もあったのか、シスター? 彼女は大事な預かりものなんでね、傷物にするなら黙っちゃいないぜ」

「別に何でもかんでも性愛の対象にする気はないわよ。純粋にそばにおいて愛でたいだけ」


 ふふっ、と聖職者に似合わぬ色気たっぷりの笑みを浮かべたレイラを見て、ローズマリーの表情が不安げに曇る。その感情の揺れ動きを見透かしたのか、シスター・レイラは畳み掛けるようにウィンクと微笑みを投げかけ、ダメ押しとばかりに甘い口調で語りかけた。


「大丈夫よ、子猫ちゃん。優しくしてア・ゲ・ル」

「やめろやめろエロシスター、ただでさえ難しい年頃なんだ! つーか話を逸らすな!」


 シドに軽く額を叩かれ、茶目っ気たっぷりに舌を出して引き下がるレイラを見て胸をなでおろしたのか、ローズマリーは安堵のため息をつく。いつもの彼女なら「エロシスター」という言葉を見過ごせないところだが、ヘンな絡まれ方をされても面倒だと判断したようで、それ以上は何も言わずに黙っていた。沈黙は金とはよく言ったものである。


「で、不良魔導士と新人ペーペーの嬢ちゃんが、一体何の用でここに来た?」


 ロビンソン神父の刺々とげとげしい物言いと眼差しに晒されたシドは、一つ空咳をついてから話しだした。


「以前電話したとおりだが、シスター・レイラ。ローズマリー・CCに格闘戦技をご教授願いたい」

「わかっちゃいると思うが不良魔導士、地獄の沙汰もなんとやら、だ。そのアテはあるのか?」

「彼女は某公的機関からの出向扱いで、俺のところに来ている。経費はそこに請求してもらうことになるな」

「それも大事だけどね、お二人さん」


 ローズマリーが一瞬目を話した間に、シスター・レイラから軽薄で甘ったるい気配が消える。


「お嬢ちゃんがなぜ格闘戦技を習いたいか、聞いてもいいかしら?」


 シスターの豹変ぶりに少々戸惑った様子のローズマリーだったが、シドが小さく頷いたのを見て、慎重に、言葉を選びながら話し始めた。

 とある事件で家族を失ったこと。

 その犯人を探し出して復讐するべく魔導士資格を得て、某公的機関への入庁を果たしたこと。

 荒事を得意とする何でも屋のシドに師事し、戦うための力を手に入れたいこと。

 先程のやり取りが嘘かのように、シスター・レイラは余計な言葉を挟まず、少女の言葉に耳を傾けている。


「で、坊やは子猫ちゃんの生き様に賛同してるってことでいいのかしら?」

「本音を言えば反対だよ。今の御時世、魔法に関わらなくたって幸せに生きていける方法なんていくらでもある。この娘は頭も良いしな、普通の女の子らしく暮らしたほうが絶対に幸せだし、長生きできる」


 反論しようとするローズマリーを、シドは目線で制して話し続けた。


「それでも魔導士として、しかも荒事の中に身を置いて生きたいと請い願うなら――先輩として、放っておくってわけにもいかねーじゃねーか」


 なるほどねぇ、とシスター・レイラは頷き感心している。


「貴様がそこまで肩入れするってなると、どうもその娘、結構なワケアリみたいだな」

「そのようね。で、お嬢ちゃん。あなたの覚悟はいかほど?」


 シスター・レイラが握手を求めてきたあの瞬間を、ローズマリーは思い出す。

 彼女の一挙一動が見えていたにも関わらず、あっさりと距離を詰められた。あれくらい無防備に突っ込んでくる相手に対しては、いつもは体が反応して距離をとるはず。そう言う心掛けをしていたにも関わらず、身じろぎ一つとれなかったのだ。

 見かけこそ聖職者らしくない、妖艶なシスターかもしれないが、おそらく彼女は相当の手練。こんな時のローズマリーの選択肢は、いつだって一つしかない。


「あなたと戦って、その覚悟を示します。シド先生に弟子にしていただくときもそうしてきました」

「あら、大胆」


 たとえ勝てなくても、一泡吹かせるくらいはやってみせる。

 ローズマリーの瞳に宿る意思を汲み取ったのか、シスターの背後から強者が放つ圧迫感がゆらゆらと立ち上る。完全に火がついた様子の彼女を見たロビンソン神父は「どうなっても知らねぇぞ」と呟いてそっぽを向き、「なんで俺の回りの女はこんなに血の気が多いんだ……」とシドが嘆息する。


「先に忠告しとくぜ、シスター。俺の仕事に差し支えるし、出向元から睨まれるのもゴメンだ。くれぐれもやりすぎてくれるなよ」

「わかってるわよ、坊や。でも興が乗ったらその保証はできないわね」


 クスクス笑いながら、シスター・レイラは先に立って万屋ムナカタ一行を案内する。

 男を夢中にさせる魅惑的な曲線で構成される後姿にはまるでそぐわない、口調とは裏腹の強者の余裕。それを本能的に察知したのか、ローズマリーの背に悪寒が走る。


「ついてらっしゃい、子猫ちゃん。そして見せてちょうだいな、あなたの覚悟と実力を。全てはそれからよ」

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