3.3 相変わらず躾がなってねぇなぁ

 翌朝、日の出直後。

 万屋ムナカタの面々はシドの愛車チンクエチェントに乗り込み、田園風景の中をひた走っていた。

 チンクエチェントの乗り心地は警察の車とどっこいどっこいだ。舗装の状態が悪いせいで車体が大きく揺れるのだが、その度にローズマリーが可愛い声で「きゃ」とか「うわっ」とか言うものだから、シドは若干落ち着かない。


「そういえば先生、これから行く教会ってどういうところなんですか?」

「神父がいてシスターがいる。周辺住民が集まって神に祈りを捧げる場所だ」

「そういうことをお聞きしたいわけではないのですが……。あと、寝不足の人にハンドルを握らせるのは心配です。私も運転免許を取ったほうがいいでしょうか?」

「そういうのは免許を取れる年齢になってから言いなさい」


 先程からちょいちょいあくびをしているシドを、ローズマリーは心配半分、不満半分といった面持ちで眺めている。その可憐な花のような唇から放たれる言葉は相変わらずトゲだらけで、容赦がない。


「それにしても、牧師や神父の朝の早さにゃ参るな」

「先生の夜更かしも大概ですよ。毎回お尋ねして恐縮ですが、どうすればあんな生活リズムになるんですか?」

「そういう仕事をしてるんだからしょうがないだろう」


 ローズマリーよりも先に抗議の声を上げたのは、後部座席のカゴの中に押し込められたクロだった。振動にあてられたせいか、声にやはり元気がない。


「クロちゃんも反論があるようです。さあどうぞ、クロちゃん」

「なんで猫のくせに三半規管が弱いのやら……」


 あれだけ平然と飛んだり跳ねたりするくせに、クルマに乗ったとたんに元気がなくなるのが万屋ムナカタの看板娘兼使い魔のクロである。

 クロとローズマリーはどういうわけか馬が合うようで、結託されてしまうとシドではまったく頭が上がらない。そういう星の下に生まれたと諦めるしかないレベルで女性に弱いところがある彼では、このコンビ相を手に回すとびっくりするくらい歯が立たないのである。

 ローズマリーの励ましに鼻を鳴らして答えるクロだが、その様子は幾分弱々しく虚勢混じりにも思える。


「もうちょっと我慢してくれよクロスケ、この坂を越えりゃすぐそこだ」


 古くさい見かけの上に振動も大きいチンクエチェントだが、荒れた坂道を登る足取りは案外しっかりしている。小麦畑の向こうに見える古びた尖塔が、今日の一行の目的地だ。


「見えてきたぞ、あそこだ。相変わらずボロいなあの教会」

「そんなこと言っちゃいけませんよ、先生。怒られますよ?」


 教会の敷地隅に車を停めるやいなや、クロが外に出たがったので窓を開けてやったのだが、猫のくせに脱兎のごとく駆け出してどこぞへと行ってしまった。


「クロちゃん、だいぶ車中で辛そうでしたよね? 大丈夫でしょうか?」

「だいぶ道も悪かったから、今日は特に堪えたんじゃないか? ま、そんなに遠くに行ってるわけじゃないから大丈夫だよ。そのうちひょっこり戻ってくるさ」

「それならいいですけど……」

「付き合いが長いからな、アイツのことはよくわかってる。信頼の証だよ」


 心配そうな顔でクロが飛んでいった先を見つめていた少女だったが、黒猫が戻ってくる気配が微塵みじんもないので、師匠と一緒に教会の様子を観察することにする。

 小麦畑の一角に佇む建屋は、近づくと一層古さが際立つ。ちょうど朝の礼拝が終わったのか、信徒たちは帰宅の途に着きはじめていた。どういうわけか、ずいぶん女性が多いように見受けられる。

 その様子をつまらなそうに見ていたシドだったが、腕時計が八時を指す直前にゆらりと動き出した。


「もうぼちぼちいいだろ。行くぞ、CC」

「はい、先生。お供いたします」


 信徒があらかた帰路についたであろう頃合いを見計らい、二人は両開きの重い扉を開けて礼拝堂に足を踏み入れた。


「朝の礼拝はもう終わりですよ」


 二人を出迎えたのは黒髪・痩身・長身、おまけに顔立ちの整った神父だった。声もよく通るバリトンで、彼目当てに通う不信心な女性信者がいてもなんら不思議ではない。

 だが、来訪者の姿を認めた途端、神父の表情が急に曇る。


「『咎人を跪かせ、懺悔させる力を我に与えてはくださりませんか、神父様』」


 不敵な笑顔を浮かべて教会に似合わぬ言葉を発したシドに、ローズマリーは思わずぎょっとする。神父の返答も、先ほどとはうって変わって冷たい調子だ。


「『汝に捧げもの有りや? 躰か? 血か? それとも生命いのちか?』」

「『地獄の沙汰も金次第、我が捧ぐは金銀なり』」


 それを聞いた神父は苦虫を十匹単位で噛み潰した面持ちで舌打ちをした。あのイケメン神父がこんな顔をすると知ったら、女性信者も裸足で逃げ出すと容易に想像できるくらいにひどい表情だ。


「シド先生、ここは教会ですよ? 地獄とか金とか、穏やかじゃありませんよ!」

「そこの目付きの悪い神父が決めた合言葉なんだ、しょうがねーだろ?  さ、入れてくれよ、神父様? 合言葉は間違ってないぜ?」


 不敵な笑みのシドと苦い顔の神父の視線が交錯し、火花が飛ぶ。


「相変わらず躾がなってねぇなぁ、不良魔導士。入りたきゃその態度を改めろ」

「お前に躾を指摘されるなんて世も末だな。神に仕える者の自覚はどこへやったよチンピラ神父」


 二人のくだらない、しかし妙に緊張感に満ちたやり取りから目を背けたローズマリーは、思わず女神像を見上げていた。彼らの間に割って入る気も止める気力も湧き上がってこないらしい。

 

 子供の喧嘩じゃあるまいし、いっそのこと二人に神罰が下ってしまえばいいのに――。


 子供のような言い合いを繰り広げる大人二人に呆れた少女は、人知れず小さなため息をついた。

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