第1章 猫とメイドと不良魔導士

1.1 御託はいい、君の実力を見せてみろ

 悪夢のおかげで夜明け前に目覚めてしまったシドは、溜まった事務仕事の処理と部屋の片付けで、来客までの時間を過ごすことにした。

 知っている相手が来るとはいえ、せめて体面くらいは取り繕っておかねばなるまい。


 魔導士養成機関アカデミー魔導士管理機構ギルド、警察の連名で、訪問予定の通知を受け取ったのがつい一週間前。

 何の要件かまでは書いていなかったが、シド自身も行政機関を相手取って下手をうちたくはないから、無視することもできず、おとなしく向こうの提案を飲むことにしたのだ。


 掃除をするそばから黒猫が毛を撒くのに閉口し、茶菓子の準備をしたところで、約束よりも早い時間に呼び鈴が鳴る。


 シドに連れられ、先陣をきって客間に入ってきたのはウルスラ・ベラーノ嬢。

 漆黒のジャケットにタイトスカート、フレームレスのメガネにひっつめた髪はいかにもできる秘書といった風体だが、その外見に違わず、養成機関アカデミー筆頭理事の右腕を努める才媛さいえんだ。

 

 ウルスラのあとについてきたのがアンディ・ヴァルタン警部。

 シドとは協力関係にあり、魔導士絡みの事件に出くわすとシドを呼びつける間柄だ。

 その立ち居振る舞いは警察の人間と思えないほど穏やかだが、尊敬の念などこれっぽっちも抱いてないくせにシドを「センセイ」と呼ぶあたり、若干慇懃無礼いんぎんぶれいの気がある。


 ウルスラが魔導士側の代表、アンディが警察の代表というのはわかるが、二人の後ろに付き従う、緊張した面持ちの少女の素性はわからない。

 その面影はどこかで見た気もするが、おそらく思い過ごしだろうとシドは小さく首を振る。

 年の頃はローティーンとハイティーンの境目ぐらいだろうか。

 銀髪のポニーテールをまとめるリボンの色は地味で、アクセサリーの類もしていない。

 服装も白いブラウスに青いリボンタイ、ブラウンを基調としたチェックのスカートと、派手さとはまるで無縁である。

 顔立ちこそ年齢相応の幼さだが、大きい目、通った鼻筋、可憐な唇と、健全な男子諸君なら放っておけない要素はきっちり全部備わっている。

 だが、その瞳に時折陰りが見られるのはそういう年頃のせいか、それとも心にもっと深い何かを抱えているせいか。


 客間では黒猫――クロがテーブルで姿勢良く座り、この家の主は私だとでも言いたげに来客者を出迎えていた。

 闇夜に溶けてしまうとさえ思わせる毛並みの『彼女』は、金色の瞳で値踏みするように一同を見つめている。

 その様子に、先程まで緊張を浮かべていた少女が、わずかに相好を崩した。。


「かわいい猫さんですね」

「もうちょっと看板娘の自覚を持って、愛想を振りまいてくれれば、俺としては言うことないんだけどね」


 クロはシドを睨みつけ、抗議の鳴き声を上げる。

 何を偉そうに、とでもいいたげなあたり、看板娘としての自覚とやらは希薄なようだ。

 一方、少女に対する態度は、シドに対するものとは真逆だ。

 最初こそ少女に警戒の眼差しを向けていたクロだったが、特に害もないとわかってからずっと隣に寄りそっている。

 恐る恐る手を伸ばして背を撫でても反抗せず、優しい手つきに身を任せてご満悦の様子だ。


「クロスケがここまで早く懐くのは珍しいな」

「……そうなのですか?」

「長く一緒に暮らしててもご機嫌を損ねることが多くてな。おかげで生傷が絶えない」


 冗談めかした口調で名刺を渡すシドの両手に指先まで包帯が巻かれているが、猫の相手でできた傷を隠すには仰々しすぎる。

 多少訝しんだ様子を見せた少女だが、それ以上は追求せず、ウルスラに促されるままにスカートをつまんで一礼した。


「ローズマリー・CCと申します。CCとお呼びください」

「ご丁寧にどうも。俺はシド・ムナカタ。何でも屋をやっている。君のとなりにいる猫が俺の相棒で、ここの看板猫で、使い魔のクロだ」


 飼い猫扱いがお気に召さないのか、自分のほうが偉いと主張したいのか。

 唸り声を上げていた黒猫だったが、ローズマリーに撫でられて渋々矛を収める。

 ふむふむ、と頷きながら名刺に目を通していた少女は、見たことのない文字が踊っている様を見て首を傾げる。

 この国イスパニアから出たことのない少女が、漢字の意味がわからないのは至極当然で、無理もない。


「万屋ってのは、俺の故郷――日本ジパングの言葉で何でも屋を意味する言葉なんだ」


 別に説明する必要もないだろうが、首を傾げた少女を放っておけるほど薄情になった覚えもないから、シドは簡単に説明してやる。


「それでお三方、今日は何の要件だ? 養成機関アカデミー管理機構ギルド、その上警察まで絡んでるんじゃ、穏やかな話とはとても思えねーぞ?

 アンディ、面倒事は御免こうむるって、いつも言ってるだろ」

「つれないこと言ってくれるなよ、センセイ。僕の知る限り、適任者が君以外にいるとも思えなくてね」


 口を開けば出てくるのは悪態、迷惑そうな顔を取り繕う様子もない、とやりたい放題のシドだが、アンディはいつものことと諦めているのか、気にする様子もない。

 だが、ウルスラはそうもいかないようで、眼鏡の奥で眉を釣り上げる。


「おおかたそちらのお嬢さん絡みの案件なんだろうけど」

「おっ、さすがだね、センセイ」

「この状況見れば、バカでもわかるだろ……。この際どっちでもいい、とにかく事情を説明しちゃくれねーか」


 三人に紅茶を出すと、シドはソファに深々と身を沈めた。

 自分の事務所ホームとはいえ、遠慮会釈のなさすぎる態度に頬を引きつらせるウルスラだが、アンディに「まあまあ」となだめられると釈然としない様子で説明し始めた。


「先日の実技見分の結果、彼女――CCに魔導士資格を与えることになりました。春からは警察庁に入庁することが決まっています」

「僕のところに配属されることになってるんだよね」

「またずいぶんな貧乏クジを引かされたもんだな、お嬢さん」


 なにか言う度にウルスラの眉がぴくぴく動くのが面白いのものだから、シドは言わなくていい一言をつい付け加えてしまう。


「で、今日あんた達が来たのとは何の関係があるんだ?」

「警察が魔導士を正式採用するのは、今年が初というのはご存知かしら?」


 ウルスラの言葉に、そりゃまあ、とシドは曖昧に頷く。


 公的機関が魔導士に門戸を開く、という流れは昔――シドが魔導士資格を取得した頃――からあったのだが、最後までそれを頑なに拒み続けたのが警察だった。

 度重なる要求に警察が折れ、新人の魔導士の採用に踏み切ったというニュースを聞いた時は、さすがの彼も「時代がかわったなぁ」と驚いたものである。


「ただ、魔導士という人材を育てて生かしていくノウハウが、警察にはない」

「見切り発車もいいところじゃねーか。そんなら警察学校への入学を義務付けて、そこで教育でもなんでもすりゃいいだろうに」

「センセイ、それじゃ普通の警官と変わらないだろ? 警察にしてみれば魔導士は即戦力だ。その技能を活かしてもらわなきゃ意味がない」


 皆が皆、自分の技能や才能を生かせる場にいられたら、世の中こんなに面倒にはなってないだろう、とシドはため息をつく。


「じゃあ頑張れ警察、でオシマイじゃねーか」

「言うだけなら簡単さ。正直なところ、魔導士向けの指導要領を組んで実践できるほど、今の警察僕たちに余裕はないんだ。毎日舞い込んでくる事件と、普通の警官への指導で手一杯」


 わざとなのか演技なのか定かでない重々しい言葉に、シドの背筋に嫌な予感が走る。

 まさかお前が面倒を見ろなんて言うんじゃなかろうなと思っていたら、


「そう言うわけで、センセイのところでご指導いただけないか、と思ってね」


 言いやがった、とシドはつい頭を抱える。


「気乗りしないようね、ムナカタ」 

「よろず揉め事引き受けます、って看板を掲げたのは確かに俺だけどさぁ……」

「あら、若い魔導士への指導は、日本ジパングでいうところの『よろず』には入らないのかしら? それともギブアップ?」


 シドの苦々しい声を聞いて一矢報いた気にでもなったか、ウルスラが微笑む。


「そもそも、当のCCはどうなんだよ? この調子だと入庁早々出向扱いだけど、それはいいのか?」


 件の少女――ローズマリーは、クロを撫でる手を止めてシドの方を見た。

 表情はあまり変わらず、その内心をうかがい知ることはできない。


「構いません。強くなれるのなら、私はどこへだって出向きます」


 強くなりたい、という言葉にシドは引っかかりを覚える。

 新人の警官らしくない、エゴに満ちた言葉のようにも思えたからだ。


 よからぬ事情があるような気がする――。


 何でも屋のカンが、シドの行動を慎重にさせる。

 わからないことが多い以上、即断即決で首を縦に振るわけにも行かない。


「何でも屋に新人の指導を依頼するのはあんた達の勝手だが、魔導士を育てるのは一朝一夕にゃいかないから、それなりの長期契約になる。お代もそれなりにかかるけど、そのあたりの話は付いてるんだな? ご厚意でお勉強ディスカウントするほど、俺は優しくねーぜ?」


 真っ向から金の話をするシドに、ウルスラが厳しい視線を向ける。

 新人のお嬢さんの前でするには俗にすぎる話だ、ということはシドも重々承知。

 でもいつかは通らねばならない道なのだから、とっとと通るべきだと意に介さない。


「詳細は後で詰めるとして、予算枠の確保はできてる。彼女の身分は警察からの出向扱いで対応予定だ」


 シドは懐から手帳と万年筆を取り出し、話の内容をメモしてゆく。

「大枚をはたいて、出向先が場末の何でも屋じゃ、CCの経歴に箔がつかないと思うんだが? 俺より優秀な魔導士なんて掃いて捨てるほどいるが、そいつらに断られたからここに来たってことはねーよな?」

「いくらなんでも斜に見すぎだよ、センセイ。君の実力はちゃんとわかってるし、養成機関アカデミーからもお墨付きをもらってる」

「理事会もその点については満場一致でした。残念ながら」


 これまでの振る舞いへの意趣返しか、ウルスラが余計な一言を付け加えてくるのは気に障るが、今は話を進めるのが先だ。


「ここに来るのは通いか? それとも住み込みか?」

「住み込みだけど、なにか問題でも? 君の事務所、一人と猫一匹には少々広いだろ?」

「野郎が一人で営む何でも屋に、年頃の娘一人を送り込むってのはどうかと思うぜ?」

「ムナカタならそのあたりは問題ないだろう、と理事会でも結論が出ています」

「そもそもセンセイにそんな度胸ないだろ?」


 男としてはいささか情けない言われようである。

 シドの故郷ジパングに「男は狼なのよ」から始まる流行歌があったが、こいつらにいつかそれを聞かせてやりたい。


 反論をまったく意に介さない大人二人を睨みつけて、シドは苦い顔で嘆息する。

 もっともらしい理由をつけて「不安定な年頃の女の子の面倒を見るのは正直しんどい」と暗に伝えているつもりだったが、二人の意思は相当堅いようで、このままではこっちが不利だ。

 そうすると、今度は当事者ローズマリーの方から崩すしかない。シドは話の矛先を変えた。


「CC、そもそもなぜ、君は魔導士を目指す?」


 質問に答えるよう促すが、ローズマリーは少々困った様子。

 人に言うのが憚られる動機というのは、おおかた間違いないようだ。


「本音で構わない。ウルスラは困るかもしれないけど、ここに連れてきた手前、文句は言わせないさ」


 シドの言葉に後押しされたのか、少女は少々迷った様子を見せたが、やがて意を決したように話し始めた。


「私は……家族の敵を討ちたいんです」


 なんとなく腑に落ちた気がする。

 彼女の表情にかかる影の原因は、結局の所これに全て集約されるのだろう。

 魔法を学ぶ動機は個人の自由だが、最初から復讐を目的に据えるとは、可愛い顔してずいぶん物騒な事を考えているものだ。

 そもそも、前途洋々たる娘が復讐にとらわれるというのは、あまり褒められた状況ではない。


「我々も反対したのよ、ムナカタ。

 復讐を目指す者に魔法を教えることの是非は、理事会でも当然議論になった。結局は『意欲あるもの全てに門戸を開く』という鉄則が守られたわけだけど」


 養成機関アカデミー訓練生には年若いものも多い。

 彼らに対して、一人の人間としてどう生きるかも含めて教え諭すのも、先輩の魔導士の重要な仕事のはず。

 それをやれと言われると、面倒が先に立ってしまうのが、シド・ムナカタの厄介なところではある。

 俺に人生を説かれてもねぇ、という諦観をうまく押し隠しながら、シドはローズマリーの真意を探ってゆく。


「復讐なんて虚しいからやめとけとまでは言わないけど、それに囚われるってのも寂しい人生だとは思うぜ? なんでまた、復讐なんて道を選ぶ?」

「……エプサノの惨劇」


 ローズマリーの唇から零れ落ちた言葉に、どこか気が抜けていた様子だったシドの表情が、一気に引き締まる。


「王都でのクーデターから逃れ、教会に身を隠したクリアウォーター内務大臣夫妻とその娘、護衛の担当者、併設されていた孤児院の子どもたち、教会の神父とシスター。それに加えて、周辺地域の住民が殺害された。

 引き継ぎを済ませ、帰路についていた護衛部隊の副隊長が異変に気づき急行するも、現場は既に火の海。逃走する犯人に返り討ちにあった彼は、軍務への復帰を絶望視される怪我を負う」

「ゴタゴタうるせぇよ、ウルスラ。言われなくたって重々承知だ。それ以上騒ぐなら実力で黙らせるぞ?」


 人が変わったとしか言いようがないシドの剣幕に、女性陣が息を呑む。

 自分と深い因縁のある事件の名を持ち出されたシドは、包帯が巻かれた両腕に目線を落とし、唇を噛んだ。

 自分の家族に等しい部隊が壊滅の憂き目にあったあの事件。

 シドはその当事者――副隊長としてあの現場にいたのだ、どうして忘れられようか。


「あの事件の犯人は、たしかにまだ捕まっていない。それを探し出して復讐を遂げるために、君は魔導士になり、警察に入ったと」


 ローズマリーは何も言わずただ頷くだけだ。


「アンディはそのことを知ってるのか?」

「一応、ね。そういう背景があるから、君と仕事をする機会の多い僕のところに配属されたわけだよ」


 そういうことか、とシドは内心で納得する。

 政府の方針をうけて、警察が新規に採用した少女が抱えていたのは、とんでもない最終目標。

 それを知った上層部は、魔導士――シドと長いこと協力関係にあるアンディならなんとかしてくれると判断し、彼女を押し付けたのだろう。

 そういう意味ではアンディも立派な被害者である。


「事件を調べて、あの事件に決着をつけたいんです。そうしないことには、私は前には進めない」


 言い回しこそ年相応の真っ直ぐなものだが、内容は極めて物騒である。

 自覚してるかどうかは定かではないが、市民と平和を守る組織である警察を使って自分の復讐を遂げると言っているのだから。


「警察は市民を守るためにある。君の復讐のための道具じゃねーぜ?」

「私はただ、復讐する機会とその力があればいい。そのためなら何だって使ってみせます」

「復讐する力、ね」


 彼女の言葉を信じるなら、その人生はエプサノの事件で大きく変わってしまったことになる。

 事件を止められなかった大人の一人として、シドも責任を感じていないわけではない。だがそれ以上に、年若い彼女が復讐に取り憑かれていることのほうが気がかりだ。

 所詮は他人、互いの人生に干渉する間柄ではない。もともと彼自身も、他人と深く関わりすぎるのは面倒という消極的な考えの持ち主である。

 だが、復讐一辺倒の少女が目の前にいて、はいそうですかご自由にと放り出せるほど不健全にもなりきれない。

 エプサノの惨劇に心奪われ、復讐を選ぼうとしている彼女をあるべき道に引き戻せるのは、同じ事件を経験し、仲間を失ったシドにしかできないことなのかもしれない。

 それは非常に重く、そして――面倒な仕事だ。恨みつらみを買うことになるかもしれない。


「あなたは、真実を知りたくはないんですか?」

「真実? 何の?」

「エプサノで起きた事件の真実です。

 あの事件がきっかけで、あなたは外国人部隊を辞さざるを得なくなった。その原因を作ったのが誰か突き止めて、一矢報いてやろうとは思わないのですか?」

「思わねーよ。面倒事に巻き込まれずに済むならそのほうがずっといい」


 そうでしょうか、とローズマリーは薄い笑みを浮かべる。

 

「今のあなたは、あの事件から逃げるために、もっともらしい言葉を並べているようにしか見えませんけどね。

 アンディ警部、ウルスラさん。この人から学ぶところがあるとは、私にはとても思えません」


 彼女の愛嬌を押し殺して台無しにしている、冷たい表情。

 それがあっても十分可愛いのだ、年頃の女の子らしい表情ができれば、きっともっと魅力的なはずなのに。

 そんな新人が随分なことを言ってくれるもんだ、とシドは苦笑する。

 クールで大人びた表情の彼女だが、とかく無謀なことを口にしてしまうあたりはまだまだ年相応だ。


「いいことを教えてやるよ、お嬢ちゃん。

 大人の言うことには、一度くらい耳を傾けておくべきだ。俺は一応、君が長生きできる方向に話を持っていくようにしたんだけど、気づかなかったかな?」

「そんなものは必要ありません。私はただ、復讐する機会とその力があればいい」


 その実力はおろか、影も形もわからない敵に相まみえる保証もないのに、自らの牙と爪を研ぐ。

 それはとてつもなく辛いだけで、徒労に終わるかもしれない。

 それに、復讐を成し遂げた後に果たして何が残るのか、ローズマリーは本当に考えているのだろうか?

 おそらく、今の彼女はそれを説いても聞くような心理状態にはない。

 そうなってしまえば、シドができることはただひとつだ。


「そこまで言うならしょうがねえ、ちょっと試してみようぜ」

「何をです?」

「君の実力と、復讐に対する覚悟だ」


 少女の眉がぴくりと動く。


「今でこそ昼行灯の何でも屋だが、こう見えてそれなりに修羅場は経験してるつもりだ。魔導士の強さとか、伸び代があるかどうかくらいは見定められるつもりだぜ?」

「あなたが?」


 ここまで信用されていないと帰ってすがすがしい、とシドは笑う。


「ま、エプサノの犯人にコテンパンにのされた俺に一矢報いられないようじゃ、復讐なんて夢のまた夢だ」


 自信があるのかないのか、今ひとつ読みきれないシドの表情をみて、少女は一瞬言葉を詰らせる。


「御託はいい、君の実力を見せてみろって言ってるんだ。怖気づいたか?」

「……やってみせますよ」


 シドの挑発に乗った少女の瞳が期待のような何かにきらめくが、それは一瞬だけのことだ。


「勝手に話を進めないで、ムナカタ。言うに事欠いて実力を見せてみろなんて、正気なの?」


 勝っても負けても断る口実ができるかな、と内心で悦に入っていたシドだったが、強い口調で割って入るウルスラについ苦い顔をする。


「なんであんたが怒るんだよ?」

「元とはいえ、あなたは外国人部隊のエリートよ? かたや魔導士資格を取ったばかりの新人、勝負になるわけないでしょう?」

「あんたらが持ち込んだ無理難題じゃねーか。それを引き受けるにしろ断るにしろ、あの娘の技量を知らなきゃどうにもならんだろ? それに彼女も乗り気みたいだしな」


 処置なしだわ、と諦めてアンディに同意を求める視線を向けたウルスラだったが、彼はなんとシドの意見に賛成の様子。

 彼らの様子を見て肩を落とすと「これだから男は……」と小さく呟き、諦めの表情を浮かべた。


「昼行灯の何でも屋も、やるときゃやるってところを見せてやる。ついてこれるならついてきてみな、お嬢ちゃん」

「はい、先生。お供いたします」


 ローズマリーはシドの視線に対抗するように立ち上がり、来たときと同じようにスカートの裾を摘んで綺麗に一礼した。

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