0.2 知ったこっちゃねぇ
シドは毛布をはねのけて体を起こした。
その呼吸は全力疾走の後のように荒く、額には玉の汗が浮かび、恐怖が体を小刻みに震わせている。
周囲を満たしているのは、彼を壊そうとしていた白光ではなく、夜明け直前の青みがかった暗闇。
よく目を凝らしてみれば、そこは見慣れた客間だ。
テーブルの上に並ぶのは、開きっぱなしの手帳に散らかった資料に、ほとんど中身が減らずに冷めきったマグカップ。
目につくのは、毛足の短い絨毯にアンティーク調の電話に、古ぼけた
彼が座り込んでいるのもあの忌々しい「事件」の現場ではなく、少し古びたいつものソファだ。
愛用の物たちに囲まれて、暗く、重く、
すべて夢だった、とようやく理解したシドは、無意識のうちに左腕を抱えていた。
もう痛むことなどないはずなのに、どういうわけか鈍い痛みを感じる。
「あの夢、か……。最近はあんまり見なかったんだけどな」
小さくつぶやいたシドは、ふと視線を感じて顔を上げる。
そこにいるのは黒猫だ。
彼の異変に気づいたのか、窓辺に行儀よく座ったまま、不思議そうに様子を伺っている。
「大したことはねぇよ、嫌な夢を見ただけだ」
ひらり、と軽く飛んだ黒猫は音もなくテーブルに着地し、一声鳴く。
「なんだよ、心配してんのか? 柄にもないことしてくれるな。
……って言いたいところだけど、やっぱり嫌だな、ああいう夢は。どうせならもっと楽しい夢を見たいもんだぜ」
軽いのは言葉だけ、シドの眼差しは
あの夢、そしてその夢のきっかけとなった「事件」は、長い月日がたった今でも、救えなかった人々の面影とともに、彼の心にしこりとして残っているのだ。
「未だにこうやって夢に見るんだぜ? 罪と罰の意識ってやつかな?
なあクロスケ、教えてくれよ。俺はどうすりゃ解放されると思う?」
クロスケ、と呼ばれた黒猫は「知ったこっちゃねぇ」とばかりにプイとそっぽを向く。
「なんだよ、つれないやつだな。相棒に対する気遣いはないのかよ」
「君の境遇に同情はするけど、そこまでの面倒はみれないね」
きっぱりと言い切った黒猫は、明後日の方向を向いたまま、ふん、と鼻を鳴らした。
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