8話

 ―――そんなこんなで男に抱え上げられてから数十分くらいだろうか。






 大きな窓と広い廊下が何度も目の前を流れるのでどっちに進んでいるかわからなくなった頃。ようやく歩みが止まったと思ったら、

「……だ。なか………?」

「はっ、……ます」

 かすかな会話とそのあとに軋んだ扉の開く音がして、また男が歩き始めるのが分かった。


 気づかれないようそっと進行方向に目を向ければ、大きな二つの扉とその両隣に武装した兵士が二人。それから開いた扉の奥に分厚いとばりに覆われて黒々とした空間が広がって見えた。

 ただ、扉が開いたおかげで光が途中まで入ってなかの様子が見える。床には赤いカーペットが真っ直ぐに敷かれ、入り口からまだ暗い奥の方にまで続いていた。

 以外に明かりはないので見えにくくて仕方がないが、部屋の端が遠くて見えないことを考えるとかなりの広さがあるようだった。また、さらにじっと目を凝らしてみると奥の暗い方に椅子らしきものと段差らしきものがみえる。

 どうやらここは国王に拝謁できる謁見の間らしい。


 周囲を警戒するように見る彼女とは裏腹に、男とリディアナは真っ直ぐ扉の奥に向かってどうどうと歩いていく。徐々に近づく暗闇に怖じ気づくが、それでもレイラはじっと動かずにされるがままでいた。あとでもしかしたらチャンスがあるかもしれない、その隙をついて逃げよう・・・そう考えたのだ。



 だが。

 なかに入るとすぐに扉は閉まった。ゆっくりとだが、軋んだ音をもう一度たてながら光が弱まっていく。






 そして完全に光は遮られ、暗い闇に包まれた―――かと思われたが。

 音もなく炎が現れて部屋が少し明るくなった。どうやら左右にあった台座らしきものに火がついたようだ。灯りのついた台座それは左右に計3つずつあり、リディアナと男が歩くたびに次々と火がついていった。


 やがて見えてきた玉座の前まで来るとようやく男はレイラを下ろした。もちろん普通に下ろすのではなくかなり乱暴に、それも放り投げるようにしてレイラは下ろされたのである。


 ドンッ!


 身体が床にぶつかる。起きてから二度目の床との衝突だ。けれど今回は床に赤いカーペットがあって、それが程よい衝突緩和になっていた。

 とはいえ痛いものは痛い。カーペットの下が硬い石の床なのは変わらないらしい。緩和されていても全部の衝撃を吸収してくれるわけもなく、ぶつけた部分に鈍く痛みが走った。


 痛いのをどうにか堪え、縛られた腕を使わずに足と身体を動かしてなんとか起き上がると、ここにいるのはすでにレイラだけになっていた。いつの間にかリディアナと男はいなくなったようである。

 少し気が抜けて安心したが、だからといって逃げることはできそうにない。縛られているのもあるがそもそも逃げ道がなさそうだ。というのも入り口が先程潜ってきたあの扉しか確認できないからである。

 ここがほんとうに謁見の間であるなら窓や他にも扉がありそうなものだが―――別の扉は勿論、窓一つも見えない。舞台幕のように閉じられている分厚いカーテンのせいとはいえ確実に鍵で閉まっているだろうから。

 はてさて、どうしたものか。






 ――――そうやって迷っていたからなのだろう。空気が変わったことに気づかなかったのは。







 カツン。コツン。

 磨かれた石の床に打ち付ける靴の音がした。

 ビクリと身体が震える。それをなんとか抑え、平然を装って前を見た。


 気づけば目の前の台座―――三段ほど上にある豪華な黄金の玉座に男が座っている。

 どこから入ってきたのだろう。入り口は一つしか見当たらない上に窓がカーテンによって見えないようになっているのだ。完全に密室と化したこの場所に、一体誰がどうやって入ってきたというのだろうか。

 ・・・分からない。だが、

 そうとしか言いようがなかった。


 黒く短い髪。


 こちらを射抜くような朱い瞳。左の眼に一本だけある縦の傷跡。


 人形のように整っている顔立ち。


 外見からして意外にも引き締まった身体には、黒いベストを上にして白いシャツを中に着込んでいる。その上には内布が真紅のように赤く、外布が漆黒に染まったマントをボタンで留めて羽織っていた。


 座ったさいに組まれた足を包むのは上と同じく黒いスーツパンツ。飾りの無いシンプルなものである。




 その男は片肘をたてるとこちらを見た。そして―――ようやっと口を開いた。


「……初めまして、かな。こうやって君と顔をあわせて話をするのは」

と。

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