一章 再開には右ストレートがつきものらしい。

「……可愛くなあったなあー」

竣は、無意識にそう呟いていた。

「……な、……なっ……」

彼女はみるみるうちに顔を朱色しゅいろに染めて、羞恥しゅうちからか瞳に涙を見じませた。

そして、右手を強く握りしめると、芸術的な直線を描く右ストレートを放った。

「……いきなりなにいうのよ––––っ‼︎」


「––––っぐほおっ‼︎」

彩乃の繰り出したこぶしが、超人的な速さで竣の顔に沈んだ。

この華奢きゃしゃな体のどこにそんな力があるんだ、というほどに威力だった。

「……あ、ごめん。おにーさんがいきなり変なこと言うから……」

鼻から鮮血せんけつが流れた。鼻からあごにかけて二本のラインを作り、滴り落ちて地面にしみる。

前言撤回。可憐な少女がいきなり右ストレートをみまうはずがない。

中身はあまり昔とかわっていないようで、竣は痛みとともに良く分からない安堵あんどに包まれた。


「おにーさんごめんね。大丈夫?」

彼女は申し訳なさそうな表情で、ポケットティッシュを差し出してくる。

「ああ、大丈夫だ」

ティシュを受け取ると、血を拭い、捻って鼻に押し込んだ。その見た目はかなり残念なものになっていただろう。

この時、竣が迂闊うかつな発言は控えようと思ったのは言うまでもない。


「それより、随分ずいぶん早かったな。電話してから5分くらいしか経ってないぞ」

「だからすぐ近くだって言ったでしょ。ていうかおにーさん、私が早く来るとまずいことがあるみたいに聞こえるんだけど」

「い、いやそんなことないぞ」

「なんか怪しい」

「き、気のせいだろ。猫なんて見てないぞ」


「ねこ??」

彩乃はそれを聞いて頭にクエッションマークを浮かべる。

一瞬まずったか、と思ったが、無論それでわかるわけもなく、

「まあ、いいや。それよりもなんで、駅から家まで一本道なのに迷うのか不思議だよ」

「うっ、悪いな」

「そー思うなら、ちゃんと道覚えてね」

そう言って公園の出口に向かって歩き出す彩乃の後を、竣は追う。

こうして二人で一緒に歩くのはいつぶりだろうか、そう思うとなんだか楽しくなってくる。


「はいはい」

「本当にわかってるの?」

「分かってる、分かってる」

「むっ」

前を行く彩乃は、足を止めて、不機嫌そうな顔で振り返った。

それをみて、竣はまた右ストレートはごめんだと諸手もろてを上げる。

「もー、私をなんだと思ってるのよ」

一言くれると、彩乃は再び歩き出した。

遠くで、うぐいすのまだ下手な歌が、風に乗って街に響いていた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

空の境界線 華京院 あおい @yuua1

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ