第6話 痛みを知る男
それから信博の生活は一変した。
妻だけではない。信博の周りにジワジワと暴力が浸透してきたのだ。
満員電車に乗れば乗客に足を踏まれる。踏まれるどころか、踏み続けられたまま足をどかさない乗客に出くわす。
文句を言うと、激昂して停車駅で引きずり降ろされ殴られた。駅員を呼ぼうにも誰も何も暴行されていることに気づかない。
道を歩けば、前からきたやつに肩をぶつけられ、因縁をつけられ金を脅し取られる。
コンビニの前を通ろうものなら、駐車場に群れている若者たちに目をつけられ、路地裏に連れ込まれて恐喝される。
派出所に駆け込んだところ、機嫌の悪そうな中年警官に怒鳴り散らされ追い返される。
信博の周りに暴力がジワジワとひろがってきた。まるで周囲の人間がイライラした時に、目についた信博に更にイライラするかのように、当たり前のように暴力をふるってきた。
信博はすっかりおとなしい男になった。家では美沙子の勘に触らぬよう、家事を手伝い妻を気づかい過ごした。おかげで、めっきり妻に殴られることはなくなり、細かいところに気の利いた夫になった。
外に出れば、周囲の人間がフラストレーションのはけ口として信博を殴りつけてくる。信博は周囲の反感をかわないよう、下手に下手に生きていったが、それでも周囲の暴力はやまない。
信博は世界で最も弱い男になった。しかし、家庭の大切さを知っている男の一人になった。
美沙子の願い「夫に無事に家に帰ってほしい。温かい家庭だと実感してもらいたい。」が叶うことで、信博は満身創痍の状態で外から帰ってきて、美沙子の温かい料理をとり、体を癒やす日々を繰り返した。
「いってらっしゃい。」
今日も信博は妻に見送られなが玄関を出る。もちろん手にはゴミ袋をもっている。
「いってくるよ」
「きをつけて」
信博が家を出るとすぐに、車のブレーキ音と何かがぶつかる音がした。
美沙子はにたりと笑った。それは悪魔のような笑顔だった。
DV夫と残酷な天使の鉄槌 kirillovlov @kirillov
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