愛撫~Touch Me Touch You~
シンカー・ワン
秘め事
美弥ちゃん――。
明るくって誰にだって優しくって細かな気遣いが出来て、成績は優秀スポーツも得意。
おおよそ欠点なんて見えない、そんなすごい女の子。
背中まであるライトブラウンの髪は肩くらいまでは真っ直ぐなんだけど、そこから先は緩やかなウェーブがかかってて、ちょっとお嬢様チック。
剥きたてのゆで卵みたいなツルンとしたおでこは密かなチャームポイント。
だけど美弥ちゃん的にはコンプレックスみたいで、いつも前髪を被せて出来るだけ見えない様にしてる。
前髪のセットが決まらない時、鏡の前であーだこーだやってる美弥ちゃんは歳相応でとても可愛らしい。
そんな努力の元、セットが決まって被せた前髪は美弥ちゃんの綺麗な顔に少しの陰りを付けることになり、男子達に対して実年齢以上の女っぽさを印象付ける。
で、付いたあだ名が 『団地妻』
男子達の間だけで広まっていたそのあだ名は、ちょっとしたことから女子にバレ、あんまりだって女子一同で抗議したりしたけど、当の本人が少し苦笑いしながら、
「私、まだ結婚してないから『妻』は止めてよー」
なんて言うものだから、この件はあっさり落着。
美弥ちゃんの心の広さに打たれた男子達にファンが増える一因になったりしたけれど。
けど、なんで『団地』? 男子達のセンスってよくわかんない。
そんな美弥ちゃんと、わたし
色黒で小さくて少しポッチャリしてて、気が弱くて人見知り。
そんなネガティブ要素満載だったわたしは新しく入った中学で周りになかなか馴染めず、独りで居ることが多かった。
無視されたりとか仲間外れにされたりとかは全然無くて、一緒にお弁当食べたり、当たり障りなく話したりする関係のクラスメイトは何人か居た。
でも、ただそれだけの間柄。気持ちの中ではいつも独り。
本当の友人は持てていなかった。
美弥ちゃんがそんなわたしの傍らへと寄り添って来たのは、衣替えも近づいていた頃。
特に誰ともお喋りしたくない時の定番で、教室のテラスに出て外をぼーっと眺めてたら、美弥ちゃんが声をかけてきた。
「坂垣さん。坂垣さんてクラブ何も入っていないよね?」
密かに憧れていた存在に話しかけられ、突然のことで少しパニクりながらもその通りだと何とか答えると、美弥ちゃんはキラキラした笑顔で迫りながら、
「ね、合唱部に入らない? 私、坂垣さんと一緒に歌いたいのっ」
と、言ってきた。
一緒に歌いたいって何の冗談? とか思いながら、勧誘の理由を訊くと、
「この前、日吉川の土手をお使いの帰りに歩いてたら、下の遊歩道からとても綺麗な歌声が聞こえてきたの。誰が歌ってるのだろ?って思って見たら、ワンちゃんと散歩しながら楽しそうに口ずさんでる……」
そう言って、わたしを指差した。
あ~、歌いながらだとうちの愛犬が喜んで散歩するから、ついやっちゃった時だ。
いつもだと子供達とかおじいさんおばあさんばかりの時間帯だからって気にしなかったのが拙かった。うわーっ、恥ずかしい。
「聴いてると何か気持ちよくなる声だったから、私、坂垣さんと歌ってみたくなっちゃって……。ダメかな?」
そう言いながら窺うように斜め下から見上げてくる美弥ちゃん。
男の子なら、ううん、女の子でもメロメロになってしまいそうな可愛らしさ。
それに惹かれた訳ではないけど、美弥ちゃんがあんまり強く勧誘するので結局折れて、しぶしぶ合唱部に入ることに。
入部の時に挨拶代わりにとちょっと歌わされ、聴いた顧問の先生が美弥ちゃんに、
「よく彼女を連れて来てくれたわ!」
って、力強く両手で握手してて、歌い終わったわたしは「歓迎するわっ」ってハグされちゃった。
何も取柄もない娘。そう思っていたわたしに声と歌という意外な資質があって、それを見い出してくれたのが美弥ちゃん。
このことで少し自信の付いたわたしは、その後人との付き合い方も上手くこなせる様になって、心許せる友達が何人か出来た。
だけど、一番は、わたしを引っ張り上げてくれた美弥ちゃん。それだけは譲れない。
それからは楽しい日々が繰り返される。
美弥ちゃん達と過ごす毎日はバラ色とまではいかなくても、充分それに近い艶やかさでわたしを彩ってくれた。
中学生生活とそれに伴ういくつかのイベント。
体育祭。徒競走、今まではずっとビリ。だけど三年生でやっと五着に。
文化祭。合唱部の一員としてステージに立った。ソロパートも任された。
修学旅行、行き先は九州。長崎で厳かな気持ちになり、桜島の雄大さに目を奪われた。
みんないい思い出。そして、その思い出の中にはいつも美弥ちゃんが一緒。
当然のことながら、皆の人気者な美弥ちゃんはモテる。
貰ったラブレターは数知れず、告白もされた事も勿論たくさん。
けど、どれもお断りしていた。
今のところ特定の人とお付き合いするつもりはないのだと美弥ちゃんは言っていたけど、わたしはそこにひとりの男の子の存在を感じていた。
その男の子の名は
わたしたちの同級生にして、美弥ちゃんが生まれた時からのお隣さんで幼馴染。
美弥ちゃんは彼のことを『アキちゃん』と呼んでる。
ひょろっとしたノッポさんで、丸いメガネをかけ、いつも穏やかな笑みを浮かべてる人。
運動はちょっと苦手っぽいけど、頭は良くていつも学年上位。柔らかい物腰で誰に対しても優しい。
言葉は悪いのだけど、存在感が少し薄いのと前に出る姿勢がないところを除けば地味な男の子版の美弥ちゃん。
それがわたしの富崎くん評。
美弥ちゃんと富崎くんは仲が良い。
ベタベタした感じはないので男女のそれではないだろうって思えるけれど、幼馴染の気安さからなのか、やっぱり他の男子よりは美弥ちゃんとの距離感が近い。
富崎くんの方はどうなのかわからないけど、美弥ちゃんが彼を特別に思っているのは、見ていてわかる。
美弥ちゃんが時折、富崎くんを大切な存在に向ける視線で見詰めていることがあるから。
だから、わたしは美弥ちゃんに真っ直ぐ訊いた。「富崎くんの事が好きなの?」と。
「好きよ」
美弥ちゃんは何の躊躇いもなく、あっさりと答え、
「……普通に女の子が男の子に思うような好きとはちょっとだけ違うけどね」
と、少し苦笑気味にそう続けた。
わたしが「家族みたいな感じ?」と訊ねると、首を振り、
「それとも違うと思う。――たぶん『同じ気持ちを抱えてる者同士』として、かな?」
一瞬辛そうにどこか遠くを見る眼差しになって、美弥ちゃんはそう言った。
その表情に、美弥ちゃんが何か悩みを抱えていることがうかがい知れたけど、それが何かがわたしにはわからない。
おそらく富崎くんはそれが何かを知っているのだろうと思うと、胸が締め付けられる。
美弥ちゃんの悩みを知り、それを共有してる富崎くんが羨ましくて、恨めしかった。
そう、わたしは富崎くんに嫉妬していた。
なぜ、富崎くんにそんな感情を持つのかと言えば、わたしが美弥ちゃんに、友人以上の好意を抱いているから。
あからさまに言えば、恋、してるから。
……いつからそんな想いを抱くようになったのかはわからない。
憧れているだけの存在だった彼女が身近になり、親しく過ごしているうちにそんな感情を持つようになったのかもしれないし、あるいは思春期特有の異性への忌避感から来る錯覚かもしれない。
でも、理由とかきっかけなんかはどうでもいい。
わたしは美弥ちゃんが好き。ただ、それだけ。
いつしか覚えた自分を慰める行為。
家族が皆寝静まった深夜、自室のベッドの上でその行為に浸る時、頭の中に思い浮かべる対象はいつも美弥ちゃん。
肌を滑るこの手が、女の子の場所へと沈み込むこの指が、美弥ちゃんのものだったら、どれほどの喜びか。
美弥ちゃんに抱きしめられたい、美弥ちゃんを抱きしめたい。
美弥ちゃんの唇に、あのおでこにわたしの唇を合わせたい。
美弥ちゃんの耳たぶに、うなじに唇を這わせたい。
美弥ちゃんの乳房を手のひらに包み込みたい。
美弥ちゃんの秘所に指を唇を――。
あぁ美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん、美弥ちゃん美弥、ちゃん――。
……達したあと、後始末をする時にいつも訪れる罪悪感と虚無感。
美弥ちゃんを心の中で汚したことと、けして報われない想いの捌け口としての行為への虚しさ。
自分の指と股間をウェットティッシュで拭いながら、自嘲する。
していたことの愚かしさと、いけないと思いながらそれでも止められない欲望に、情けなさから。
中学の三年間はあっという間に過ぎ、わたしたちは高校生になった。
成績優秀な美弥ちゃんだけど、進学率の高い私立には行かず、わたしと一緒の普通の公立校へと進学した。
その理由を聞いたら、
「近いでしょ? それに朝陽と一緒がいいから」
なんて、嬉しくなるような言葉を返してくれた。
でも、手放しでは喜べなかった。――富崎くんも一緒の高校だったから。
富崎くんを特別嫌っている訳ではない。むしろ、男子の中では話し易くて付き合い易い人だ。
ただ、美弥ちゃんとの関係が私の中で富崎くんへの一線を引かせている。
勿論、表面的にそんな態度は見せないけれど、どこかで気を許せない感覚がある。
それに輪を掛けたのが美弥ちゃんが彼に対して呼び方を改めていたことだった。
高校に入ってから、美弥ちゃんは富崎くんを『アキくん』と呼ぶようになっていた。それも、以前より親密な感じで。
「高校生にもなって、男の子に『ちゃん』付けはおかしいでしょ? だから」
変えたのだと美弥ちゃんは言っていたけど、それはきっとウソ。
そんなことを今更の様に気にするくらいなら、中学の時に変えているはず。
それに何より、富崎くんは美弥ちゃんからなんと呼ばれようと気にはしないだろうから。
悔しいけれど、あのふたりにはそんな信頼感が見て取れる。
そんなふたりの微妙な変化、中学から高校へと進むまでの休みの間に何かがあったんだろうって思う。
ふたりに何があったのか? 訊きたかった。でも、訊けない。
わたしはそこまで踏み入れない。ふたりの間に割り込む勇気が無いから。
美弥ちゃんと富崎くん。ふたりの関係を疑いながら、それでも親しげな距離を保ったまま、わたしたちの高校生活は矢のように過ぎ去っていく。
当然のように美弥ちゃんとふたりして入った合唱部。文化祭で浴びるスポットライトは眩しかった。
体育祭、応援合戦で扮したチアガール。ミニスカートが恥ずかしかった。
そして修学旅行。美弥ちゃんとの忘れられない、思い出。
旅行二日目、わたしは体調を崩し――有り体に言えば生理になり――大事をとって風呂には入らず、ひとり部屋で臥せていた。
ひとりきりで時間を持て余していたそこへ、皆と大浴場へと行ってたはずの美弥ちゃんが帰ってきた。
「朝陽がひとりで寂しいだろうから、カラスの行水で済ませてきたの」
悪戯っぽくそう言いながら、わたしの枕元へと座る美弥ちゃん。
よく見ると、乾かしきれていない髪の毛から滴がこぼれている。
髪をまとめてタオルで包んだ頭から後れ毛が覗く、浴衣に包まれた肢体、湯上りで上気した肌の色と併せて妙な色気があった。
そんな美弥ちゃんをボーっとした目で見つめていたら、
「ね、身体、拭いたげようか? 汗も掻いてるだろうし、キレイにしよ、ね?」
美弥ちゃんが突然思いついたようにそんなことを言ってくる。正直、昼間に掻いた汗が気持ち悪かったこともあって、わたしはその提案を受け入れた。
床から身体を起こし、浴衣をはだけ、肌を晒す。
部屋の洗面所で備え付けのポットのお湯を使い、それなりの暖かさにして絞ったタオルを持って、美弥ちゃんがわたしの背へと回る。
「じゃ、拭くね。……邪魔だからブラ外すよ?」
言うとわたしの返事も待たず、ブラジャーのホックを外す。あわててわたしはそれが落ちないよう前で受け止める。
無防備に曝け出した背中をタオルが上下していく。拭かれるたびに爽快感が走り吐息が漏れる。
「おっ、いい反応♪ うりゃうりゃ」
わたしの反応に調子にのった美弥ちゃんが背からわき腹へと拭く位置を変える。今度はくすぐったくて身体を捩じらせて抵抗する。
くすぐったがるわたしを堪能したのち、美弥ちゃんはタオルをまた湿らせてくると言って離れた。
戻ってきた美弥ちゃんはわたしの前に来て跪くと、顔を上げないまま、
「――次は、前、拭こ?」
そう言いながら、手にしたタオルをわたしへと寄せてくる。
美弥ちゃんに裸の胸を見られるのは初めてではない。プールの授業とか遊びに行った海とかで何度かある。
だけど、触れられたことはなかった。
タオル越しに美弥ちゃんの指が、手のひらが、わたしの胸に触れる。
羞恥と恍惚で赤くなるわたしの顔。顔を上げない美弥ちゃんには見られていないのは幸いなのか。
だけど、高鳴る鼓動はきっと手のひら越しに伝わっている。
自己主張を初め、隆起する乳首がきっと今のわたしの気持ちを何よりも雄弁に美弥ちゃんへと知らせているだろう。
無言のまま清拭を続ける美弥ちゃん。唇をかんで喘いでしまいそうになる声を抑えるわたし。
どれほどの時間がたったのだろうか? 気がつけば美弥ちゃんは手を離し立ち上がり、
「次、脚拭くね」
抑揚なくそう告げると洗面所へ姿を消す。
美弥ちゃんが離れたその間に荒くなった呼吸を整え、ブラを付け直し浴衣の上を正す。
布団から下半身を抜き、浴衣の裾を大きくまくり足を広げ、彼女が戻ってくるのを待つ。
生理用品を当てているのでさすがに下着までは脱げなかったが、もし生理でなければ、わたしは喜んで脱ぎ捨てていたことだろう。
美弥ちゃんが戻ってくる。用意万端なわたしを見て少し笑みを浮かべたかなと思うと、すぐにわたしの下半身へ取り付き、清拭を始める。
何か大切なものを扱うかのように念入りにわたしの足を拭っていく美弥ちゃん。
経血とは違う何かが身体の内からこぼれ出すのを感じるわたし。ただでさえ強くなっている女の臭いが部屋中に充満していくような、そんな錯覚すら感じていた。
わたしと美弥ちゃんの永遠とも思えるような睦みごとの時間はいつしか終わり、入浴タイムを終えたクラスメイトたちが次々と部屋へと帰ってくる頃には、わたしたちもいつもの軽口を交し合う仲に戻っていた。
秘め事などなかったように――。
修学旅行から帰り、生理も終わった休日前の夜、わたしは待ちかねたように自慰をした。
女の性欲には終わりがないというけれど、まさにその通りで、この夜のわたしは何度達してもキリなく自分を慰め続けた。
果てた挙句意識をとばしたのか、それとも体力が尽きたからなのか、いつの間にか寝入っており、明け方に目覚めて自分の姿を見直すと、これがひどい有様。
さまざまな体液にまみれた身体はドロドロで、激しい行為の連続に目の下には隈が出来、指は湯に浸かったかのようにふやけていた。
そして部屋中にこもる濃い女の臭い。盛りの付いた動物の小屋から漂う臭い、あれとそっくり。
そんな中でわたしは小さく笑っていた。
いつもの自嘲ではなく、喜びから。
想像ではない、現実で美弥ちゃんに触れられた記憶のもと行った自慰の、言い知れない満足感で。
修学旅行後のわたしと美弥ちゃんの関係に変わりはなく、今までと同じ親しさで友人を続けている。
あの日の美弥ちゃんの態度。あれはあの特殊な状況の雰囲気に流されたものだったのか、それとも美弥ちゃんが秘かに望んでいた行為だったのかはわからない。
わたしはそれを追求しようとは思わない。
故意であれ偶然であれ、美弥ちゃんに愛撫してもらえた。
その事実だけで十分だったから。
月日は過ぎ、わたしたちは三年生へと進級。また美弥ちゃんと同じクラスになれたこちを喜んだ。
しばらくは平穏な日々が続き、ゴールデンウィークに入ろうとしてたその頃、美弥ちゃんが爆弾を落とした。
「私ね、アキくんと婚約したんだ。大学卒業したら結婚するの」
あまりに突然なその言葉に声を失ったわたしに構いもせず、
「昔から結婚するならアキくんとだろうって思ってたし、どっちの親も乗り気でね、話がとんとん進んで、婚約までいっちゃった」
まるでお天気の話をするがごとく、自然な調子で話す美弥ちゃん。
わたしは心の動揺を表に出さずに無理のない笑顔を浮かべ「おめでとう」と祝福を送る。
「結婚式には絶対出てね、朝陽には友人代表で歌ってもらいたいの。あ、SUGARのウェディング・ベルはごめんだよ~」
輝くような笑顔でのろける美弥ちゃんを見つめながら、わたしは心の中で
その日、あとのことは良く覚えていない。気が付くと自室に居た。
ベッドに顔を埋め、言葉にならない絶叫をあげる。寝具が吸収しきれない分がもれて響く、が、気になんかしていられなかった。
家族はきっとたまにする発声練習か何かだと思うだろう。
裏切られた。
その時わたしの中に渦巻く混沌とした感情を要約すればそれになる。
美弥ちゃんが、男と、富崎くんと結婚する。
それをわたしは裏切りだと感じていた。
わたしは
男なんかに目を向けず、わたしだけを想いなさい。
……なんという勝手な言い分か。もとよりそんな言葉は交わしていないし、約束なんかもしていない。
なのに『一方的に裏切られた』だ。
自分が男とそういう仲にはならないだろうからといって、想いを向けている相手にもそれを求めるなんて、自分勝手もいいところ。
声に乗せて感情を吐き出していったからだろうか、いつしか少しづつ頭が回るようになり、落ち着いて考えられるようになっていた。
美弥ちゃんをとやかく言う以前に、わたしは自分の抱いている気持ちを伝えていない。
同性に対する行き過ぎた想い。それを伝えた時、美弥ちゃんがわたしをどう思うかが怖かったから。
富崎くんとの婚約を嬉しそうに話す美弥ちゃんに、女同士の恋愛など考えられはしないだろうし。
あれ以降何も無いことから、修学旅行での一件は雰囲気に流されたと思うべきで、美弥ちゃんにそういう資質はきっとない。
だから、わたしがこの想いを告げて迎える結末は、美弥ちゃんからの絶対的な拒絶。きっとそれ以外はない。
……それでも、わたしは告げたいと思った。
美弥ちゃんとの関係が壊れてしまうだろうけど、今のこんな気持ちのままで幸せそうにする美弥ちゃんを見ることは出来そうにないから。
ならばいっそ想いを告げ、玉砕してしまえばいい。
少しづつ壊れていくのも一息に壊れるのも、結末は同じ。
気持ちをまとめる。伝えるべき言葉を決め、相応しいタイミングを計る。
関係が壊れても翌日すぐに顔を合わせる学業のある時期は良くない、少し間のおける夏休みに入った辺りがベストだろう。
わたしはカレンダーのとある日に印をつけ、その日を待つ。
それからの日々は光の速さで過ぎていき、あっという間に夏休み。
八月の初め、わたしは美弥ちゃんを呼び出し、告白を決行する。
約束の日、約束した場所、約束した時間に美弥ちゃんはやってきた。
これから告げられる内容を考えもしない、いつもの笑顔を見せて。
「何があるのかな? 珍しいよね、朝陽から呼び出すなんて」
――あぁ美弥ちゃん、あなたのその眩しい笑顔も今日で見れなくなるんだね。
「何か深刻な話? 怖い顔してるよ……」
――うん、怖いよ。この胸の想いを告げたら美弥ちゃんがどんなどんな目でわたしを見るのかと思うと。
「悩みごとなら相談にのるよ? ……あまり力にはなれないかもしれないけど」
――むしろ悩ませるのは、きっとわたしの方。
「朝陽?」
――心配そうに寄ってくる美弥ちゃん。近づかないで、言う前に心が挫けそうになる。
だから、言った。前置きもなしに、取り繕いもせず、真っ直ぐに。
あなたが好きだと。異性を想うようにあなたのことが好きだと。あなたが欲しいのだと。
告げられた美弥ちゃんは足を止め、信じられないといった表情を浮かべ口元を両手のひらで覆い顔を伏せた。
――あぁ、終わった。
わたしは目を閉じ、顔を空へと向け、ひとつ深呼吸してから振り返りその場を去ろうとする。
気を取り直した美弥ちゃんからの拒絶の言葉を聞くのが怖くて、その場からすぐさま逃げだしたかったから。
――だけど、私の背にかかったのは拒絶の言葉なんかじゃなくて。
「……嬉しいよぉ……朝陽もおんなじ気持ちだったんだぁ」
って美弥ちゃんの喜びのこもった震えた涙声。
信じられない気持ちで振り返ったわたしが見たのは、涙を流しくしゃくしゃになった、それでもキラキラの嬉しそうな顔をした美弥ちゃんだった。
それから美弥ちゃんの逆告白が続いた。
曰く、中一の時、わたしの歌声を聞いて一聴き惚れだったこと、仲良くなってからますます好きになっていったこと、修学旅行の時は気持ちが抑えきれなくてついやってしまったとのこと。
「ずっと、ずーっと好きだったんだよ。いつ襲っちゃうかわかんないくらいにっ」
泣き笑いしながらわたしへの恋心を話す美弥ちゃん。
それを聞きながら、想いはつながっていたことに涙を流しながら喜ぶわたし。
でも、ふとよぎる疑問。『あれ? それじゃ富崎くんとのことは……?』
尋ねるわたしの手を取り美弥ちゃん。
「そのことも含めて、ちゃんと話すから、うち、行こ。……今日は誰も居ないから」
その日、美弥ちゃんの部屋でわたしと美弥ちゃんは結ばれた。
ふたり、裸のまま寝転がるベッドで美弥ちゃんは語った。
「アキくんもね、私たちと同じなんだ。――そ、同性しか好きになれないの。私なんかよりもずっと前にそれに気づいたらしくて、ずいぶん悩んだんだって。で、悩んだ挙句吹っ切って、あるがままを受け入れるようにしたんだって。だからかな、アキくんてなんか悟ったみたいな雰囲気があったじゃない? 自分の気持ちに気づいた時、あれに私かなり助けられたよぉ。うん、アキくんは私の気持ちにはかなり前から気が付いてたみたい。私そのこと告げられてね、アキくんの内情も教えてもらって色々と相談に乗ってもらったんだ。……高校に入る前にね、本当に異性はダメなのか、ふたりで試してみたの。そ、セックス。いいとこまでいけたんだけどね~やっぱり駄目だった。そこからアキくんと私、運命共同体になったの。結婚の話もそうだよ。どうせ異性相手に出来ないのなら親たちにバレる前に誤魔化そうって。偽装結婚して互いのパートナー探そうってね。幸い私には朝陽がすぐ傍に居てくれたけど」
そんなことが……。
やっとわかった。富崎くんが時折わたしたちへと向けられていた親しみのこもった眼差しの意味が。
『富崎くんも大変なんだね』とわたしが言うと、
「そうだよー。だから朝陽もアキくんに協力してあげてね。具体的に言うとアキくんのパートナーになる人と結婚してあげて」
えっ? それはいくらなんでも……とわたしが口を挟もうとするけど、
「大丈夫だよ。アキくんが選ぶ人なんだから、きっと私たちとも仲良く出来るって」
美弥ちゃんが胸を張って言い切る。その根拠はどこから来るの?
……でも、自信満々な美弥ちゃんを見ていると、それもありかもって笑顔がこぼれてくる。
わたしたちのこれからには様々な障害や苦難が待ち受けることだろう。
誰もが望むようなハッピーエンドはやって来ないかも知れない。
それでも、それでもと思う。
美弥ちゃんとなら、きっとそれらも乗り越えられるだろうと。
わたしが好きになり、わたしを好きになってくれた美弥ちゃんとなら。
愛撫~Touch Me Touch You~ シンカー・ワン @sinker
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