第59話 掟破りの者たち

《前回までのあらすじ》

キバの中核、レオニードを奪還する為、コヨーテらと共に春輝、ダニールは、レオニードのかつての上司、ルシアン帝国の諜報部隊統括役アレクセイの車両を追っていた。

すでにコヨーテたちと行動を共にし、追いかけているだけで満身創痍の春輝は、彼らが口にしていた″掟″について尋ねる。


"弱者を守り、仲間を守れ。自然を敬い、己を高めろ。″


この掟に、春輝は彼らの絆を見る。こうしてオルカラド国南方に広がる険しい山中、未開拓の獣道に苦戦するアレクセイの戦闘用四輪駆動車に遂に彼らは追いつくのだった。

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激しく揺れる車体は、攻撃を受けて更に不安定に動いている。


「よっしゃあ!また命中!これで後ろは崩せる!目標まで52!カシラ、俺が最初に行く!」


獣道に苦戦するルシアン帝国の四輪駆動車にキリルが立て続けに撃ち込んだ銃弾を確認しながらミカが楽しそうに声を張り上げた。少し先を走る車の窓には微かに銃痕から走る網目模様が太陽光に反射して光っている。

「分かった!向こうも撃ってくるよ。気をつけて!」

「んなこと分かってるって!」

「ハルキ!ダニール!後方へ距離取って!あいつらの援護部隊が脇から来るかもしれないから警戒を!」

「了解!」

極度の緊張と興奮で、心臓が張り裂けそうだ。ダニールの動きに合わせて手綱を引いて速度を落とす。後方にいたキリルがぐんと前に進み出て、速度を下げた俺たちを抜かしていく。

「……流れ弾に当たるなよ。」

「お、おう…!」

抜かし際に声を掛けられ、何度も頷く。振り落とされないよう手綱を握りながら、キリルの背中を見送るのが精一杯だった。


(キリルも!みんな…無事でいてくれっ!)


祈る気持ちで距離を慎重に図りながら走る。ダニールが隣で馬上で銃を取り出して準備しているのが目に入る。そんな姿に慣れてしまっている自分が恐ろしい。


「レオーッ!」


ミカが呼びかける声と同時に、車内から突然姿を現した男が銃撃してくるのが見える。その男を見越して構えていたキリルが威嚇射撃し、その男は再び車内に引っ込んだ。

その瞬間、棒状の何かをミカが、何重ものヒビが入っていた車窓にぶち当てた。派手な音がして四輪駆動車の窓が割れ落ちる。

再び銃声が立て続けに鳴り、コヨーテも車内からの銃撃ををかわしながら徐々に車との距離を縮めていくのが見えた。隣を並走するダニールが双眼鏡で確認しながら無線で全員に伝えるのが聞こえる。


「アレクセイらしき男が運転、同乗する工作員は…1名!」


それを聞いたミカは、車の脇に移動して並走させ、走る車に飛び移った。

「了解。俺がいく…!」

ミカの声と動作に呼応するように、コヨーテが速度を上げて車の後ろにぴたりと位置につく。

工作員の男が後部に近づくコヨーテめがけて再び照準を合わせて弾を撃ち込むも、また器用にコヨーテはそれを避けた。再び狙いを定めようとして、男が片目を瞑った時—派手な音と共にミカが足で助手席の窓を割り抜いた。車内にいる男にミカの振り抜いた両足が直撃する。

工作員の男は、ミカの攻撃をまともに喰らい、運転するアレクセイにぶつかりながら車体の外へと吹き飛ばされた。車はその衝撃で獣道に囚われてコントロールを失うと、近くの大樹に激突し、大きく車体を揺らしながらヨロヨロと一気に減速していく。


(よっし!けど…煙や木の影でよく見えない…っ!大丈夫なのか!?)


コヨーテとキリルが窓ガラスが完全に割れた後部座席側へ近付いていくのを祈るように見守っていた時、双眼鏡で戦況を確認していたダニールが真剣な声色で呟いた。

「まずい…もう一人いる…!」

「ええ…っ!?」

思わず、ダニールのほうへ顔を向ける。ダニールは、無言で戦況を見守りながら唇を噛んだ。

「間に合わない…!」

じりじりと嫌な空気が俺たち包み始めていた。


♢ ♢ ♢


「レオッ!!」


コヨーテは声を張り上げた。

馬を器用に導き、アレクセイからの攻撃に備えながら車体に手を掛ける。車両は大きく損傷しているものの、再び加速し始めた。

アレクセイは余程急いているのか攻撃せずに、走り続けようとする。コヨーテはキリルのほうに目配せして後部座席へと飛び込んだ。


飛び込んだコヨーテの目前には、座席が撤去された硬い金属の床の上に拘束されたレオニードが転がされている。黒い布で目隠しと拘束をされ、明らかに深手を負っているが、呼吸の音が微かに聞こえたので胸をなでおろした。

「レオ…!」

素早くレオニードの肩を抱え上げ、短刀で目隠しを外した途端、レオニードは出血で白目部分まで赤くなった目を見開いて怒鳴った。

「ばか…何やってんだお前らはッ…!!掟に従えってあれほど…っ」


パキュ…ンッ!


助手席からの攻撃だった。

咄嗟に避けたが、その銃撃の方向からアレクセイではないのは明らかだった。座席の死角に身を隠して隙間から確認すると、運転席に突入したミカが男に掴み掛かっている。


(弾き飛ばされた男以外にも工作員がいたのか…!)


ミカと争っていた工作員が二人に向かって再び銃撃した。コヨーテはそれを素早くかわして、レオニードの体を死角へと強く引き動かした。文句を続けかねない表情のレオニードを前に、ひと息ついてコヨーテは腹に力を込める。


「…ッ!あんな掟は…ッ!」


コヨーテは声を張り上げながら、太腿から取り出した手の平に収まるほどの針状の矢を工作員の肩へ瞬時に投げ打つ。命中したのか直後に男の悲鳴が漏れた。


「あたしが変えた!!」


ぎゃあと声を上げる工作員の男にミカが更に追い討ちをかけているのを目視で確認すると、コヨーテは改めてレオニードの前に屈み込む。

レオニードは思いがけないコヨーテの強い言葉に目を見開き、彼女の視線を真っ向から見つめ返した。

その眼には、驚愕にも怒りにも見える激しい感情が浮き上がり、激しく強い視線はレオニードを捉えて離さない。


「ば…かやろ…!何でそんな事を…っなんで…ッ!」

「あたしは仲間はひとりも見捨てないッ!仲間は必ず、取り返さなきゃいけないんだ…見捨てていい筈ないッ!」

「…っ!」


(甘い…!甘いんだ!よりによって俺なんかの救出にキリルやミカまで連れて来やがって…!)


レオニードは奥歯を噛み締めると、自分に手を伸ばして抱き起こそうとするコヨーテの手を振り払った。


「馬鹿野郎…ッ!ならお前はリーダー失格だッ!!こんな事に仲間を…ッ巻き込んだんだからなッ!」

「レオ…!」


コヨーテが歯を食いしばり、それでもレオニードに手を伸ばそうとした時、車体が激しく上下に揺れ、その体が浮いて車内天井にも打ち付けられる。レオニードも床に何度も体を打ちつけられて呻き声を上げた。

キリルが放った銃弾が車輪に命中し、車体は大きく揺れる。その割れた窓の外から距離を縮めて駆け寄ったキリルが馬上で叫んだ。

「これは俺たち全員の意思だからだ!レオッ…!」

「キリル…!」

「そうだぞ、レオ!カシラは何も間違ってない…ッ!!」

「ミカ…!」

ミカは斬りつけられたのか頬から血を流しながら、工作員の男を外へ蹴り飛ばした。即座にその後ろからアレクセイが片手で撃った銃撃をかわして、後部座席に飛び込む。


「だから"こんな事"なんて言うなッ!レオッ!」


張り上げたミカの声にレオニードはうなだれて額に手を置き、複雑な感情に掻き乱されている自分を必死に鎮めていた。何の迷いもなく、力強く発するミカの言葉がいい証拠だ…


「お前達は何も…分かってない…っ」


(犬死にするぞ…ッ!相手は、ルシアンなんだ…!)


突如、急ブレーキによって車体が揺れて不自然に停止した。全員が浮きあった体を天井や窓のない扉に打ち付けて呻き声をあげる。

コヨーテは側頭部を打ちつけられて一瞬視界と意識が霞んだが、自ら頬を叩き、あたりへの警戒に集中する。手のなかの小刀の切先まで神経を通わせるように体勢低く、様子を伺う。




「おいおい…随分と暑苦しい連中に好かれてるじゃないか、イリヤ…」




空は、薄暗い白雲が覆い、太陽の光も森中には届かない。

空気が一層冷たくなり始めていた。

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