第60話 レオニード救出 前編

《前回までのあらすじ》


"弱者を守り、仲間を守れ。自然を敬い、己を高めろ。″


レオニードがキバ結成当初に作成した掟を、コヨーテはレオニード不在の間に大きく一新していた。その新しい掟のもとコヨーテ、キリル、ミカの三人はレオニードが拘束された車両に執念で追いつき、今まさに彼を奪還しようとしている。

しかし、肝心のレオニードがコヨーテを叱責し、救出に手間取っているさなか、唯一残ったアレクセイが車を急停止させ、彼らの前に現れた。

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異様な、雰囲気を纏う男だった。

「…っ!」

「この絶望的な状況を正確に理解できてるのはイリヤだけらしい…」

「アレクセイ…!」

「ちっ…!」

「こいつが…」

アレクセイは停車させた車を悠々と降りると、窓が全て割れ落ちた後部座席側へ近寄ったので即座にミカとコヨーテはレオニードの前に出て身構えた。

彼らからの強い敵意の籠った視線すらアレクセイには心地よい。不気味に笑みを浮かべ、すぐ近くに急停止した馬上のキリルにも目をやり吹き出した。

「つくづく哀れだぜ…」

「っ!動くな!何が可笑しい…!」

「可笑しいさ…」

キリルが銃の照準をアレクセイへ向け、高精度に狙いを定める。

しかし、アレクセイは慌てること無く彼らを見渡している。黙り込むレオニードの青ざめた顔にもコヨーテは奇妙な違和感を抱いた。


(キリルに狙われてるのを分かっていて…この態度…)


嫌な感じだ。

キリルの射撃の腕は理解している筈なのに身じろぐどころか、まだ主導権を握ってるかのように自分たちを嘲笑っている。それに…


(レオが…動揺…してる?)


これは、心理戦や虚勢などではない—


レオニードがこれほどまで動揺する姿を見たことがなかったコヨーテは、思考を巡らせ、悟られないよう自然に視線を泳がせて現状を確認していく。

自分とミカの背後にはレオニード、車を挟んだ外側にアレクセイ、車両二台分ほどの距離に馬に乗ったまま停止したキリル、その遥か先に春輝とダニールが山道脇に身を隠したのが視界に入った。彼らが、こちらの状況に気付かない筈はない。


(ハルキたちの援護をしてもらうか…いや、明らかに状況が変わらない限り彼らは勝手に動かない。どうする…)


キリルも同じことを考えているからだろう、停止したまま動かない。その視線とぶつかるも、お互いに結論を出せずにいた。


「迷ってるな…まぁ、無理もない。所詮、お前たちに分かる訳がないんだ。」


唇を噛む。

挑発に乗ったらだめだ。レオニードをここから救出する事だけを考えろ、自分に言い聞かせてコヨーテは振り返ると、青ざめるレオニードの体に手を伸ばした。

「ミカ!手伝って!」

真正面からアレクセイの言葉を受け止めていたミカは、今にも飛び出して攻撃しかねないほど激しい気迫に満ちている。

「ミカ!」

「くそ…っ!」

緊迫した空気のなか、レオニードは確かな情報を整理してアレクセイの真意を探ろうとしていた。

挑発に乗ったら、見えるものも見えなくなる。焦る気持ちを押し殺し、車内で拘束されていた時の耳の記憶を辿って整理する。

コヨーテとミカの手が自分の腕に伸びた時、腹に力を込めて言い放った。


「虚勢だ!こいつらは…王の行方を掴めていない!」


コヨーテが瞬時にアレクセイを振り返ると、彼は微動だにせず顔色ひとつ変えない。その表情に、コヨーテは咄嗟に腰に帯同していた無線機のスイッチを密かに入れる。


「心理戦か…いいだろう、乗ってやる。俺達に何かあれば、それを根拠にルシアン軍は堂々と侵攻できる。だから俺たちは焦る必要がないし、どう転んでも有利な体制に変わりないのさ。」


くっくっと不自然に押し殺したような笑い方に、ミカが不快感を露わにして眉間にしわを寄せた。武器を改めて握り直す。

「俺を生かしても殺しても…お前達の状況は全く変わらない。負けるんだ、お前達は。」

レオニードは目を開けている事ができず、閉じたまま笑った。

「話を逸らすなよ。だったらリアム王の現在地を言ってみてくれ。戦況を語るには不可欠なパーツだろ?」

「あばらを折ってやったのに、まだそこまで声が出せるとはな…その手には乗らねぇぞ、イリヤ。お前達に王の現在地を教えてやる訳がな…」

「途中で見失ったろ。」

「……」

「今の俺には耳しかない。内臓もやられた俺がまともに使えるのが耳だけだ。けど、おかげで相手の声まで聴きとれたよ…作戦の肝を、ヒョードル(プッチ)なんかに任せたのが間違いだったな。どう考えても役不足だ。やつは自分の手柄しか考えてない。」

「……」

「結局、権力者には逆らえない…あんたに同情するね。」

「……貴様ァ…」


◇ ◇ ◇


「おかしい…」

「え…?」

視線の先でルシアンの車両が大きく蛇行して急停止したとき、咄嗟にダニールの指示で脇道に身を隠し、馬を降りて様子を伺っていると、ダニールが呟いた。車両から降りたアレクセイの余裕気な態度を双眼鏡越しに見ていたダニールに思わず聞き返す。

「ぴ…ピンチなの?助けに…」

「しっ…!」

ダニールに制された時、持っていた無線機から突然、砂嵐のような雑音とともに声が流れ出す。


”心理戦か…いいだろう、乗ってやる…”


傲慢で低い男の声だ。これって…


(アレクセイ…!)


コヨーテ達に大きな動きはない。むしろ、武器をアレクセイに向けたまま誰も動こうとしない。そのなかで誰かが無線で聞かせているってことは、何かの意図があるんだ。

周りを警戒しながらダニールと音量を上げて耳を澄まし、その内容に集中する。

「”リアム王を見失ってる”…?」

隣を見上げるとダニールは真顔のまま、静かに呟いた。

「だからだ。アレクセイは時間を稼いでいるんだ…!ハルキ、行こう。彼らを手伝う。」

「わ、分かったけど手伝うってどうやって…」


立ち上がったダニールが手際よく銃を取り出して装填する姿を他人事のように眺める事しか、俺にはできなかった。映画でしか見たことないぞ、なんて思う暇はあるのに。何も動けず、彼の長い指が引き金に伸びるのを見ている事しかできなかった。


♢ ♢ ♢


日の光が届かない常緑針葉樹の生い茂る森のなかで、アレクセイの冷笑混じりの声が響く。

「好きに言ってろ…お前達がどんなに命を懸け、足掻いたところで全て無意味だ。」

「っ!この…っ」

「ミカ!挑発だよ、いいから手伝…」



パン…ッ!!



思考より、身体が先に動いていた。


銃声が突如響いた瞬間、コヨーテはレオニードを飛び越して軽快に運転席に飛び移るとエンジンを入れた。ミカはアレクセイに向かって研いだ飛び道具の刃先を投げ、それを自ら追いかけるようにアレクセイに向かって車外へ駆けて飛び出す。キリルも、迷う事なく即座に引き金を引いた。


パンッ…パン…ッパン!


しばらく複数の銃声が立て続けに響くなかで、アレクセイはキリルの正確な一発をかわしたが、避けた先でミカの投げた刃先が直撃して上腕に深く刺さり、声をあげた。その光景をレオニードは耳で聞きながら把握し、内心驚く。アレクセイが攻撃を喰らうことは過去にもあったが、呻き声を洩らしたのは初めてだ。

「…っきさ…」

「っらあぁ!」

飛び出した勢いのままミカがアレクセイに向かって飛びかかり、足を振り下ろした。アレクセイが器用に避けると、間髪入れずに身体を捻って次の足技を繰り出した。

「…っち!」

攻撃を連続で繰り出してミカがアレクセイと対峙している間に、キリルは後方のハルキ達に腕で合図を送り、レオニードを乗せたまま走り出した車体を追って合流するため、馬の腹を蹴って飛び出す。一連の行動はアレクセイに強い不快感を抱かせた。

(舐めやがって…それなら、一人ずつ消してやる…!)

アレクセイの目の奥が暗く感情的に揺らぐのを、ミカは冷静に捉えていた。


(カシラが言ってた通りだ…なら、俺の仕事は…!)


何度も繰り出す足に力を込めていく。

この展開は想定していた。もしも、レオニードを奪還できるチャンスがきたら、アレクセイとは出来るだけ物理的に切り離す。アレクセイを最悪仕留められなくとも、遠ざかれば良し—コヨーテとキリルの想定どおりだった。

しかし、渾身の力とスピードでアレクセイに畳み掛けている筈なのに傷を負わせたアレクセイに、自分の攻撃が全て受け流されている。

「…っらッ!!」

「大したもんだ…こんな国には勿体無い…」

「…っのッ!」

「あの女についても未来なんて無いぞ…」

「…っせぇッ!!」

ミカは自分の攻撃を受けながらも喋れる相手に、内心かなり動揺していた。それでも、がむしゃらに攻撃を繰り返してコヨーテ達が走り去った道から外れた山中へとアレクセイを誘い、追い込んでいく。


「お前は、死ぬ。あの女も、必ず、死ぬんだッ!」


僅かに呼吸が乱れた。

相手の首めがけて繰り出した足を掴まれる。

(…っ!!しまった…っ!)

体を捻るも、相手がそれを見越して体術で骨を折ろうとしたので腕に仕込んでいた吹き矢を口にして瞬時に吹き、何とか相手からは解放された。

着地がうまく出来ず、頭から太い幹に思い切り突っ込み、側頭部を打って倒れる。

意識が飛んだかと思ったが、辛うじて耐えた。舌も何とか噛まずに済んだ。直ぐに立ち上がって身構える。

「おいおい…これは興味深いな。誰に訓練を受けた?」

「…っるせぇ!」

アレクセイに向かって駆け出した時、銃のようなものを引き抜くのが視界に入ったが構わず地面を蹴った。アレクセイの放った銃弾は真っ直ぐにミカの首筋へと飛んだが、寸前でかわされ、瞬時に足をついて再び踏み込んだミカの突き出した刃先は、アレクセイの脇腹と右大腿部を深く傷付けた。アレクセイは声も立てずに、後方へと退きながら微かに息を吐く。


(イリヤじゃないな…この戦い方は。あの女に似てる…胸糞悪いガキ共だ…こいつは、ここで確実に消してやる。もう加勢する仲間たちは周りにいない。)


仄暗い考えを持ったアレクセイの視線の先にいるミカ自身はかなり動揺していた。相手への攻撃には毎回確かな感触があるのに、相手は全く反応せずに後ずさって距離を取られてしまう。

(なんで何も反応しないんだ…?こいつ、神経通ってないのかよ…!)

戦闘中でも冷静になる訓練はレオから受けた。それでも、焦る気持ちを止める事ができない。この日の為に、強さを磨いてきた。


それが…何で一個も通用しないんだ!

化け物とか、簡単に相手の強さを認めたくない。自分の力は通用する…はずなんだ!


(認めない…!こいつが、カシラやレオを苦しめた張本人なんだ…!絶対に俺がこいつの足を絶つ…!考えろ、考えろ、考えろ…!)


武器を握りしめたまま、激しい動揺を抱えながら敵意を剥き出しにするミカの姿を、アレクセイは正面から眺めなが内心ほくそ笑んだ。


(所詮、ガキは多少骨のある奴でもガキだ…脆すぎる。思考がだだ漏れだぜ…)


ミカこいつは、もう終わりだ。



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