第36話 シグナル

行き先は決まった。

首都ソルートへは、ここからだと馬で1日かかるらしい。

途中休憩を数回取らなければならないので、どうしても時間がかかってしまう。ダニールは立ち上がると、支配人にこの国での連絡手段と支配人の連絡先を確認している。

この国での携帯電話は、首都と一部の村でしか購入できないらしく、国が認定した販売許可店舗でしか買えない。


「あの…トミーロカ様…本当に行かれるのですか?」


手際良く身支度を整えていた富岡さんが手を止める。支配人は、不安げだ。

「もしも…その…何か恐ろしい事が起きているなら…」

ダニールも一通り支度を済ませて戻ってきた。

「引き返すべきです…!何かあったらどうするんです?」

控えめだけど、支配人の言葉は本気だった。富岡さんは、まだ黙っている。


「私たち…この辺の者はみな、あなた方に感謝しているんです。だからこそ、あなた方だけは無事にこの国を出てもらいたい…今なら、何も起きていませんし、起きないかもしれない。まだ、引き返す時間はあります。だから…!」


(支配人さん…)


「悪いね。」


富岡さんが遮った。


「決めるのは、あなたじゃない。けど、ありがとう。」


支配人さんは、それ以上言わなかった。俺とダニールも、何も言わなかった。


***


ラリヤク地方の村リタの酒場『マリンカ』前―その店の支配人アーシルは、道中で食べられるよう簡単なランチボックスを持たせてくれた。

「何から何までありがとうございます!大切に食べます!」

「いえいえ、これくらいしかお役に立てなくて…皆さま、くれぐれもお気をつけて。」

深々と頭を下げる支配人に、富岡さんが近寄る。


「それでも」


支配人に向き直ると、真剣な表情で続けた。


「"何か"起きたら…国境線付近が一番危ない。俺らなんかよりね。少しでも異変を感じたら、すぐに身を守れるように準備しておいたほうがいい」

「トミーロカ様…承知しました。」

「色々ありがとう。キース宰相に気づいたのはファインプレイだったよ。助かった」


支配人は、ほっとしたように笑顔を見せる。


「また、立ち寄って下さいね。こんな小さな店ですけど…」


富岡さんは、にかっと笑って頷いた。


「あぁ!必ず寄るよ。ここのスミノフは格別だからな」


支配人の視線を背に、俺たちは再び馬に乗って出発した。

まずは、少し先にある宿に富岡さんの荷物を取りに行く。馬だとすぐに着いた。同じ村ではあるが、ここのほうが宿の周りに色々な店が立ち並び、人通りもかなり多い。


「じゃあリョウがイストーラをチェックアウトしている間に、携帯電話を入手しに行こう。」


ダニールの提案で、俺とダニールは携帯電話の販売店に向かう。飲食店や服屋、武器屋が並ぶ大通りに、その店はあった。

馬を預ける場所がなかったので、ダニールが買いに行き、俺は馬番として店から少し離れた通り沿いで待つことになった。行き交う人々を馬を撫でながら、ぼーっと眺める。


(なんか…)


富岡さんは、何が起きようとしてるのか見当がついてるのかな。あのとき、煙草を消して顔を上げた富岡さんは、何かを悟りきったような目をしていた。


(それに、支配人に止められた時の言葉…)


—決めるのは、あなたじゃない。


キバ事件という大量に惨殺されている事件の実態調査するのが、俺たちの仕事だ。つまり、富岡さんが危険を分かってて進もうとするのは仕事上、今は進まざるを得ないから。だけど、俺たちは、どこまで進めばいいんだろう。何が起きるのか、俺には見当もつかないし、想定もできない。

それでも今、はっきりと分かる事もあった。それが富岡さんの行動を支持する唯一の理由だ。俺たちは、まだ真相には辿り着けていないってこと。


(調べてやる…)


キバ事件の犯人はコヨーテ達じゃない。という事は、キバBは敢えてキバの名で事件を起こしていたって事になる。それだけでも、とんでもない犯罪だ。


(何が目的だ…)


考えながらダニールが来ないか店のある方向へ視線を移した。


「あれ…」


こっちに向かって歩いてくる男とその後ろを歩く二人の子供が目に留まる。

子供のほうは、男の子が眠っている妹らしき女の子をおんぶしながら歩いていた。

何故か、その三人に違和感を感じた。


(なんだ…この…違和感は…)


答えを出すため、改めてその三人を見直す。


(親子…か?)


いや、男は20歳前後ってくらいの若者だ。妹をおぶる男の子は10代くらい…若者の子供にしては少し大きすぎる。


(年の離れた兄弟…?)


男は携帯電話で話しながら歩いているが、男の子のほうには目もくれず、周りの人間の視線を気にしているように見える。


(なんなんだ…この違和感…)


彼らとの距離は、いよいよ近くなる。胸が変にざわつくものの、馬を撫でるふりをしながら視線を外して彼らが通り過ぎるのを待った。通り過ぎる瞬間、視線を感じた。

つい顔を向けると、男の子がこっちを見ていたので驚いた。


(……?)


若い男は、まだ携帯電話で話しながら歩いて行く。

男の子は若い男につき歩きながら、こっちを見上げて声を出さずに口だけを動かして見せる。


"助けて"


「え……?」


一瞬、面食らってぼけっとする俺に、男の子は遠ざかりながらも同じ動作を繰り返した。



"お願い。助けて"



これは見間違いじゃない。勘違いでもない。子どもが、自分に助けを求めてる…!

気がついたら、駆け出していた。







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