第6話 森の戦士
キース・オルマンは自室に戻ると、窓辺に近寄り、腰を下ろす。城内にも積もり始めた雪をしばらく眺めていた。キースは、今でも鮮明に思い出すことができる。
5年前―キースは30歳を迎えた年に、あの"オルカラドの危機"をともに乗り越えた重臣たちとリアム政権の中枢を担っていた。
ルシアン帝国を撤退させた噂は瞬く間に広がり、リアム・バザロフ国王の名は周辺諸国へ知れ渡っていた。名声は華々しい。しかし、同時に計り知れない危険も増す。
(もう5年も経っていたか…)
◇ ◇ ◇
オルカラド国内、国境付近の森中―あの日、リアム様と連れの家臣たちを引き連れて近隣国から帰る途中、野盗の一団に襲われた。事前に確認していた安全なルートだったにも拘らず、野盗達は組織だった動きで手際良く自分達を制圧していく。
雪で足元がおぼつかない中で隊列は崩され、護衛団も次々と野盗たちに後ろから羽交い締めにされて捕らえられ、なかには不意をつかれ、その場で斬り殺される者もいた。
必死だった。一刻も早く王をお守りしなければ。
「く…ッ!リアム様…ッ!!」
髪を掴み、耳元で薄ら笑ってきた野盗の腹に短刀を突き立て、振り向きざま斬りつけて振り払い、王の元へ駆けた。無我夢中だった。視線の先に、王が負けじと応戦しているのが見える。何故、よりによって自分が王の近くに控えていない時に襲われたのか、この時は考える余地がなかった。
(早く。一刻でも早く…!)
敵を何人斬ったか分からない。家臣たちに声をかけ、王の元にひたすら駆け寄ろうとした。
しかし、敵の数が多すぎてどうしても間に合わない。野盗のひとりがリアム王を後ろから殴打するのが見えた。
「動くな!あんたらの王様を傷つけるぞ!」
王の喉元に刃を突き付け、男は抵抗するなと大声をあげている。為す術もなく、静かに全員が武器をその場に置く。勝ち誇った野盗たちは、薄気味悪い顔で卑しく笑い、猿轡を嚙まされている手中の王を品定めするように眺め回して言った。
「そうそう、この王様だ…こりゃいい。くっくっく…」
全員その場で跪かされ、体を縛り上げれた。反撃したからか足に枷もつけられ、完全に動きを制止させられる。
改めて見渡すと、相手の人数のほうが自分達より遥かに多いことに気がついた。
この状況での武力反撃は、かなり厳しい。歯を食いしばって顔を上げたとき、王が見えた。
愕然とした。
野盗を見上げる王の目は…敵意を隠そうともせず、その瞳の奥が怒りに燃えている。背中を冷たい汗が伝った。
(だめだ…!そんな目をしていては…!相手を刺激するだけだ…!くそ…っ)
無情にも縛られた紐は全くゆるむ気配もない。積もった雪で指先もかじかみ、感覚を掴めずにいた。次つぎと、捕らえられた家臣たちは頭から布袋を被せられ、自分の番が迫る。
「待てッ!!その王より断然、私のほうが価値がある!まずは私を利用しろ!」
ピタ…と布袋を掛けようとしていた男の手が止まった。内心、胸を撫でおろす。
「キース!!よせっ」
「だめだっキースさま!」
「き、キース様!!」
「キースッ!!」
「おい、キースっ!血迷ったか!!」
周りの捉えられた他の家臣達が思い重いの声を上げていたが、気にならなかった。リアム国王を捉えていた男が興味を示し、仲間に王を預けると、そのまま自分のほうへ向かってきた。
「あんた…調子乗んなよ。あんたの命なんてどうだっていい」
布袋を被せられた家臣たちが思い思いに声を上げるなか、男は薄気味悪く笑うと刃を危なげに目の前でちらつかせた。目前の刃など全く怖くなかった。我ながら恐ろしく心が静まるのを感じる。
「悪いが一緒ではない。この国のことを全て知っているのは私なんだ。その王ではない。非公式な財産を管理もしているし、私自身もかなり蓄えている。殺して役に立つ」
男の目が一瞬、揺らぐのを見た。やはり、殺すのが目的ではない。
「目的を教えてくれ。金品が目的か」
今度は男の目は素直に応、と告げていた。わずかに活路が見える。突然、男は思い出したかのように尋ねてくる。
「どうやら俺らには相当都合の良い、いや、むしろラッキーな状況のようだ。裏切り者は歓迎するし、俺は嫌いじゃないぜ?生きる、ってのはそういうもんだからな。けど…」
急に諭すような口ぶりだ。心の中で身構える。
「あの王様は、もう俺たちのもんだ…目的が果たせたら殺す事になってる。悪いな。」
(だめだ、乱されるな。冷静に考えろ…!)
野盗の勝ち誇る顔を目の前にすると、自分でも制御できないような感情の渦が心の底から這い上がってきて、今にも呑みこまれそうだった。俯き、必死にそれをおさえて考える。
「くく…おいおい、そんなに悲しむなよ。可愛いやつだなぁ…あんたに免じて、王様は丁重に扱わせて頂くよ。安心しな。」
(考えろ!考えろ…!)
「こいつ…ほんとに綺麗な顔してるぞ。あの方なら、こいつも買ってくれるんじゃねぇか?細すぎないし、体格もいい…!」
「そりゃあ、お前は好きだろうよ、あっはっは!手つけんなよ、売るなら"お試し"はご法度だ。」
「おい、名前くらいは確認してもいいよなぁ?知りてぇ…!」
「ばか!お前が惚れてどうすんだ。俺らはビジネスで来てんだ、忘れるな。」
気配を感じて顔を上げると、野盗のひとりが近寄ってきていた。その男の腰ごしに王が見える。その目は、真剣で、とても落ち着いていた。王の青い瞳も「我々は諦めない」と伝えている。
(そうだ、決して諦めるものか…!)
こちらも瞳で応えた。不思議と、また心が静かになっていく。なにを血迷ったか、野盗のひとりが女性でも扱うように自分の頭を撫で始めた。
その太い指を食いちぎろうとした瞬間―
目の前の男が、奇声と血しぶきを上げて崩れ落ちた。生温かい血が頬につくのを感じる。
(な…っ!)
見上げると、男の胸には正面から矢が深く刺さっている。素早く振り返った。
(え……?)
自分の目を疑うが、見間違いではない。何度も確かめても、それは間違いなく…
少女、だった。
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