第3話 海外出張

忙しい。とてつもなく。


「おい!七光り!ラリヤク地方の資料まだか」

「大統領のツイッターチェック終わった?あとメディアもフォローしておけよ、この間言った新聞社な」

「鉄鉱石の輸出量、生産量のデータきたかサクラに確認してこい。早くしろ。」

「写真整理終わったんなら報告!」

「おい!七光り!」

「っ…!!はいッ!今持っていきますッ!」


くっそーーー!何なんだよ!!このひとの人使いの荒さ!


(しかも"七光り"って!!)


周りの人は皆、そこは触れないようにしてくれてるぞ。

どうなってんだよ、この人のデリカシーは!

「はい、どーーぞ!さっき言われた資料です!」

「おっ!いいね、早いじゃん。よし、メシ!」


もうそんな時間か…!

絶対、屈してやらないぞ!俺にだって自分の名前くらいある。絶対に呼ばせてやるからな…!

会社の近くにある路地裏の小さな洋食屋か、ビル直結の立ち食い蕎麦屋が俺たちの行きつけだ。

そうと決まれば、と飄々と仕事を切り上げ、携帯だけ持って出ようとしている先輩の後ろ姿を急いで追いかけた。



***


午後は、平和だ。


ひとまず急ぎの用件は片付いたので、資料の後片付けと整理、簡単なレポート作成をすればいい。

難しい顔して資料とPC画面を睨んでは、カタカタと何やら報告書を書いている鬼畜な先輩の背中に向かって思いっきり舌を出してやった。心のなかで。


「ハルちゃん、おつかれ!はい、コーヒー!ブラックでいいんだよね?」

「うっわ、ありがとうございます!」


隣にあなたがいるから頑張れるんですよ、俺は。まじで。

サクラさんが買ってきてくれたコーヒーはいつも美味いし、温かい。


「なーんか、ほんと見事にトミオカくんにパシられてるねぇ♪」

「…なんでそんな楽しそうなんですかぁ」


大げさにうなだれてみる。

隣の席のサクラさんは聞き上手なので最近よく愚痴るようになった。


「たしかに、これじゃ誰もついていけないですよ。ったく、人のこと七光り七光りって!口悪いし、頼む量も尋常じゃないし…」


PCを起動してトミオカさんから指示された新聞社の記事にざっと目を通しながら、ふと手を止めた。思わず隣を見る。

にっとサクラさんが笑って言った。


「トミオカくんが全くサボらないから悔しいんじゃない?」


正直、そうなのだ。

散々人をパシらせておいて自分は楽してるのかと思いきや、トミオカさんは自分の倍以上の仕事を片付けていることに、この間気づいてしまった。

一体どういうやり方をしているのか、残業をしているのを見たことがない。

そのくせ、定時後だろうと必要な打合せなら急に決まっても絶対に断らない。


「あーーーくそ!」


(なんだよ、デキるからって堂々と周りにあんな不遜な態度なのか…嫌なやつ!)


そう思う一方、日々自分との圧倒的な能力の差を見せつけられているようで、悔しい。

帰宅中のふとした瞬間に、もの悲しくなる。


「1ヶ月」

「え…?」

「トミオカくんの下で働いた歴代の後輩ちゃんたちのなかで、ハルちゃんはダントツの最長記録。それって凄いことだよ?」


最長…1ヶ月が。


「しかもトミオカくんに連日パシられてるってことは、よ?存在を認識されてるってこと!」

「いや…それどういうレベルですか。どんだけ周りを見ないで仕事して…」

「そうじゃなくって。トミオカくんと一緒に仕事する子で名前呼んでもらえる子なんていなかったもん。ハルちゃんはトミオカくんに認められてるんじゃないかなぁ…」


いや、全然そんな感じじゃないんだけど!

しかも…


「待って、サクラさん…そもそも俺、名前で呼ばれてないです。」

「あ、そっかぁ!あははっ」

「いや。あなた完全に他人事ですよね…」


ころころと楽しそうに笑うサクラさんを睨みつつ、ふと思う。いろいろ雑用頼んでもらえて良かった、ってことなのかな…


いやいや、逆に…慣れちゃまずかったのかも…!



「おい、新人!なに人の悪口で盛り上がってんだ」

「……!!!」


飲みかけのコーヒーを吹きそうになった。

振り返ると、切れ長な目を更に細めたトミオカさんが書類片手に立っている。


「じ、自意識過剰ですよ。誰もトミオカさんの話なんかしてないし、サクラさんにコーヒー頂いて飲んでるだけです。で、なんですか?」

「ほー言い訳がスラスラ言えるようにまでなったか、成長したな。すねかじり」

「いや、七光りでしょ…あっ違う、クガですけど!てか、脛はかじったことないんですから一応!」

「あーそこは変なプライドあんのね。あ、サクラと話してると若さ吸い取られるから気をつけろよ」

「え…」

「あーのーさぁ!そうやって若い子たちに変な事吹き込むのやめてくんない?吸い取らない、つーの!世間話くらい良いじゃないよ。今はそういうハラスメントって管理職としてNGだと思いますけど?」

「まぁまぁ、おさえておさえて。」


膨れるサクラさんを笑いながら軽くなだめ、トミオカ先輩はこっちに向き直った。そして告げる。


「喜べ、新人。初出張だぞ。明日からオルカラドに入って、向こうで暫く仕事する。」


それは、あまりに突然な海外出張命令だった。

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