第18話

 兄の遺品を届けに来たのは、以前から何度か面識のあった、篠原泰之進という男だった。彼は監察でありながら、柔術師範でもあったため、体つきはあの島田魁にも劣っていない。棍棒のような腕には、兄の隊服と刀が二本握られていた。昨夜から泣き通して目の周りが赤く腫れたスエは、鼻をすすりながらそれを受け取り、私を玄関においたまま、部屋へ戻ってしまった。

 私は篠原君を、あの茶室へと案内した。あれから無暗矢鱈に西洋の品を並べるのは控え、例えば床の間には故郷・備前の焼き物を置き、しかし掛け軸には、何とも珍妙な、西洋の角の生えた馬の絵を飾った。屯所内での評判はすこぶる良かったが、しかしこの篠原君という男は大の異国嫌いで、その点は兄上と似通っていた。

「関心致しませぬな、谷先生。このご時世に、異国の俗物を揃えるなど、攘夷の志に反しまする」

「ええ、ですから、こうして日本の品も並べております」

 この男の対処など、兄上の剣幕に比べればただの吠える子犬。涼しげな顔をして笑みを絶やさず、かひを淹れることなど造作もない。

「それが益々不敬でござる。尊き我が国の品を、そのようなものと混ぜ合わせるなど、天子様も望んではおられません」

「おや、上様ではないのですか」

 そう笑うと、篠原君はまるで酒でも飲むようにかひを口にして、庭に吊るされた干し柿のような顔をした。

「斯様な泥水を口にする、西洋人の気持がわかりませぬ」

 道理じゃないか。私だって、兄弟の気持すらわからないのだから。

 しかしこの泥水には、茶のような酒のような、妖怪じみた力があり、飲むと本音がぽろりとでることがある。

「その異国を追い出そうともせぬ幕府に従い続けることが、本当に国のためになるのでござろうか」

 一つの陶器の小さなヒビが、おぼろげに目に映った。

 兄上、今のうちに死んでおいて、よかったですね。新選組が二分すれば、真面目な兄上は誰より苦労するでしょうから。私も昌武ももうすぐそちらへ参ります、とはいきませんが、気長に待っておいてください。和洋混交の世を見たならば、すぐに参ります。

 篠原君が帰ってすぐ、阿部君がやってきた。うん、ようやくスエのことが頭にない時にやって来るようになったじゃないか。

「先生、日和も良いので槍術の指南を」

 これは良い誘い。いい天気だし、身体を動かしたいと思っていたところだ。誰かをもてなすというのはひどく肩が凝るものだから。さっそく広間へ行こうとした時、私の視界の片隅で何かが風に揺れた。絨毯に山積みにされていた、遺品の衣類の中から、紙切れが顔を出していた。

 手に取って見ると、懐かしい兄の字があった。そこにはこうあった。

 

 谷万太郎殿。茶碗、受け取り候。ありが

 

「ぷ」

 私は谷三十郎の手によって、丸められた紙を伸ばし、家宝のように箱にしまいこんで、さらに箪笥の中へと入れた。

 兄弟そろってかひを飲むのは、まだまだ先になりそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ゼンザイ! 備成幸 @bizen-okayama

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ