第6話 座位ニング
いつもと同じような朝の光景。バスからあるいは徒歩で、多くの学生たちが学校に向かって歩いている。その人ごみをよけるようにして、ショウタは歩いていた。
「しまった、遅れた……」
昨夜アキを探し回ったためか疲れ果ててしまい、寝坊してしまったのだ。
とっくに時間が過ぎており、バス停の周りにも、アキの姿が見えない。
「先に学校いったかな」
ひゅっ!
風を切るような口笛の音に、ショウタが振り返ると、バスから降りたばかりの、アキの姿が見えた。
「お、一瀬、おはようっ!」
ぷひゅっ!
アキに応えるように、ショウタも口笛を吹いてみた。
「……下手くそ。そしておはよう」
きゅるきゅると車椅子を進め、アキがショウタを見上げる。
「挨拶の前にそれかよ」
「でも、あまりにも下手すぎて……」
「悪いな、口笛は得意じゃないんだよ。でも、今日はえらくゆっくりだな」
「帰宅してから疲れ果てて、それで寝坊した」
「何だ、俺と一緒か。まあお前の場合は……」
ショウタがアキの後ろに回り、車椅子のハンドルを握る……が、すぐに離す。
「大丈夫、昨日のあれはもうやめたわ。だって電気喰うし」
その言葉を聞いて安心したのか、ショウタは車椅子を押し始める。
「でも、本当にいいのかな。昨日あんなこと言ってたけど。本当はつらいし、大変なんじゃないの?」
「ああ、つらい、しんどい、大変な目に遭わされる。特にお前の介助をする場合だけだけど」
「ならやめとけ」
電動に切り替えたアキが、スーッと前に進むと、ショウタは思わずハンドルを手放し、前のめりに倒れそうになった。
「待て待て、正直に言って何が悪いんだよ。それでも……」
慌ててアキを追いかけるショウタの手が、ハンドルを掴む。
「それでも、一人じゃどうにもできないことがあるだろ、それはお互い様だよ。だったら助け合うのも悪いことじゃない。俺は昨日、寝ながらそう考えた」
「寝ながらって……」
振り返ったアキがじっとショウタを見つめる。あまりにもじっと見るものだから、ショウタは思わず視線を外した。
「助け合いね……。じゃあ、これからも頼むわよってことで。よろしく」
「ま、できる範囲で。それに、俺には秘策がある」
「秘策?」
「ああ。もう笑われない、綺麗な車椅子移乗の方法を、何とかものにしてみせる。テコの原理と遠心力を利用した、お互いが辛くならない方法がある」
「じゃあ、今度また映画に行くときでも」
「またあの映画館かよ、今度は俺の見たいやつにしてくれ」
「どうせシネコンでしょ、今何やってるのかな……」
「じゃあ、その前にケーキは?」
そんな二人の間に、ミカが笑顔で割り込んできた。
「朝からケーキ?」
「いやあ放課後だよ、美味しい店知ってるんだから」
「ああ、あのソバ屋っぽい感じの……それって昨日のお詫び……」
最後まで言い終わらないうちに、ミカがきっとショウタをにらむ。
「うん、まあいいけど……」
「じゃあ決まりね。早くいかないと、学校始るよ!」
「え、もうそんな時間?」
アキは電動に切り替え、するすると進む。ミカもそれについて小走りになって学校へ向かう。
「なんか展開早いぞ二人とも、待て、待て、俺が押すから、それと……じゃあ、ケーキ屋で俺の秘策見せてやるよ、ええと、トルク・アクションっていうんだぜ、何か必殺技みたいでかっこいいだろうが! トルク・アクション!」
ショウタが先を進むアキとミカに声をかけるが、そこにチャイムの音が被さってしまって、二人には聞こえていない。それでもいいさ、ケーキ屋でも映画館でも、あるいは教室でも、あいつがかっこ悪くならない移乗を実演してやるまでの事だ。そんなことを考えていると、自然とショウタの足取りも速くなっていった。
そしてまた、アキの無茶に振り回される一日が始まる……。
四輪の魔女は口笛高く 馬場卓也 @btantanjp
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