第5話 座すとアクション・ヒーロー

 翌日。あんな別れ方をしたのが心残りで、ショウタは、いつもの時間にバス停でいつものようにアキを待っていた。


 定刻通り、甲高いブレーキ音を響かせ、バスが止まると、波が押し寄せるように学生たちが下りてきて、最後にアキの姿が見えた。バスは接地面が低いノンステップ式なので、アキは乗務員の手を借りずに一人で降りることができる。

「おーい」

 アキの姿を見かけると、ショウタは勤めて明るく、笑顔で手を振る。

 しかし、アキはそれを無視し、車椅子の速度を上げて通り過ぎていった。

「おーい……」

 アキの後ろ姿を空しく見送るショウタ。しかし、すぐに駆け出し、アキに追い付いた。

「昨日の事で怒ってんのか? あれから俺、冷静に考え」

「手出し無用」

 アキの返事は、冷たく、固い。

「おい……」

 ショウタが車椅子のハンドルに手をかける。が、バチバチ! という音と共に全身に軽い衝撃が走り、思わず手を引っ込めた。

「アチ! なんだ今の、静電気か? いやそんな季節でもない……」

 ショウタの手にはまだびりびりとしびれが走っている。

「あまり触ると、車椅子越しだろうと、セクハラ扱いで訴えるわよ。それと、これから好きに動き回るし、危険も自分で回避しないといけないから、それなりの仕掛けを仕込んであるの」

 くるり、とアキが反転した。確かに、ハンドルのグリップがいつもと違って見える。滑り止め用のゴムの上に、銅線のようなものが巻かれているのが見えた。

「まさか、さっきの電気も……」

「近づくと、電力上げるわよ」

 アキはそう言って、スーッと車椅子を進めた。

「凶器だ……走る凶器だ」

 あの女ならやりかねない。しかし、こんなことすれば、変に電力を喰ってしまい、いざという時に車椅子の充電が切れてしまうのでは? と、そんなどうでもいいことをショウタは考えていた。

「三上、大丈夫?」

 そんな二人のやり取りを見ていたのか、ミカがショウタに近づいた。

「まあ、なんとか」

「一瀬さん、どうしたの?」

「これから、自立するんだって、俺はもうお役御免だ」

 ショウタの言葉に、ミカの顔が少しだけ、ほんの少しだけ緩んでいた。


 アキとの関係が切れてしまったとはいえ、ショウタはあれこれと思いを巡らせていた。あの時、笑われずに済むにはどうすればよかったのか。他にもやり方があったのではないか?

 昼食後、ショウタの足は自然に図書室へと向かっていた。

「どれがいいんだろう……」


 今まで訪れることのなかった図書室の、さらに自分には無関係と思われていた『介護・福祉関係』というプレートが張られた棚の前で、ショウタはめぼしい本を数冊手に取り、閲覧机に向かった。

「遠心力を利用した移乗方法……へえ。これならこっちの負担も軽く済むのか」 

「『マンガで読む、初めての介護入門』ねえ……」

 その声に気づき、顔を上げるショウタ。声の主は、ショウタの向かいに座っていたミカだ。

「びっくりした……なんだ、いたのかよ」

「今来たところよ。熱心ね。やっぱり三上さん用なわけ?」

「一応、まあ。昨日ちょっと大変だったから、少しでも知識として覚えておこうかと思って。でも、もう用済みなんだよな、俺。なにやってるんだか。そう、もうこんなこと覚えなくていいんだ」

「一瀬さん言ってたよ。もうこれから三上の手は借りないって。よかったじゃん、フリーになって」

「フリーって。元々フリーみたいなもんだよ」

「でもこれから登下校、押さなくていいんでしょ?」

 ミカが小首をかしげる。こうしてみればミカも案外かわいいな、とショウタはほんの少し、思った。

「まあ、ね」

「じゃあさ、今日、美味しいものでも食べにいかない?」

「は? なぜそうなる?」

 いきなりの申し出に、ショウタは少々戸惑い気味に答えた。

「いいじゃない、行こうよ。ねっ」

「ま、まあ、特に予定もないからいいけど……」

 いつになく強引なミカの誘いに、ショウタはあいまいに返事をし、ごまかすように天井を見上げた。

「決定! じゃあ放課後」

 よほどうれしいのか、ミカは満面の笑みを浮かべている。そういや、中学から一緒だったけど、二人だけでじっくりと時間を過ごすことはなかったな、とショウタは思い出していた。

「いやでも、今日は掃除当番だから、それ終わってからな」

「えー。仕方ない、だったら校門で待ってるよ」

「あぁ」

 ミカは小さく手を振って、席を立つ。

 なぜいきなりミカが誘ってきたのか、ショウタにはよく分かっていなかったが、たまにアキ以外の女子と過ごすのも悪くないよな、とぼんやりと、ほんのリ下心も混ざりつつは考えていた。


 放課後。

 ショウタの掃除班にはアキもいたが、お互い目を合わさず、黙々と掃き掃除をしていた。アキは器用に車椅子を小回りさせ、ホウキを操っていた。

「何だ……やっぱり、俺いらないじゃん」

 ショウタが、呟いた。


 そのころ、校門でショウタを待つミカの前には、頭に包帯を巻いた赤髪と、茶髪に金髪――昨夜アキと揉めた3人――が、囲むように立っていた。他にも2人、学生がいる。どれもこれもお行儀があまりよさそうではな出で立ちなのは、ミカにも分かった。

「あのさ」

 ミカをじっと見ながら、赤髪が口を開いた。

「は、はい?」

 その姿に圧倒されつつも、ミカが返事する。

「この学校にさ、車椅子の女いるだろ? 髪長くってさ、赤いピンかなんかつけた。知らね?」

「えっと……」

 ミカは、眼鏡の向こうの大きな瞳をくるくるさせ、一瞬口ごもった。連中が言っているのはアキの事だということはすぐに分かった。

「いるだろ? 知らねえの?」

「え……う、うん、知ってるよ」

 それを聞いてニヤつく男たち。

「そいつさ、どこ通って帰るか、知ってる? あホラ、うちらレポート、車椅子学生のレポートなのよ」

 絶対レポートのために他校生がやってくるはずがないし、それに申し訳ないが、まじめにレポートをする連中ではないことぐらいミカにはわかっていた。

 ミカは、しばらく考えて……頷いた。

「マジ?」

 他校生たちは、含みのある笑顔を見せ、感謝の意が一ミリも含まれていない軽い礼を、ミカにして見せた。


 それから一時間後。ミカはショウタと件のケーキ屋に向かっていた。それは駅前から数分のところ、映画館とは駅を挟んだ方向にあるということだった。

「すごい美味しいんだよ、お持ち帰りしたくなるのよ、絶対に!」

「そりゃ楽しみだな……」

 いつもよりテンション高めのミカに対し、ショウタはどこか覇気のない顔で曖昧に返事をしていた。

「もう、どうしたのよ。元気ないよ」

「いや……別に何でもないよ」

「ひょっとして、一瀬さんのこと?」

 ミカの言葉に、ショウタは一瞬ではあるが表情がこわばった。

「ち……違うって」

「図星だねー。もう、一瀬さんはもう押さなくていいって言ったんでしょ?」

「そうは言ったんだけど」

「気になるかー、そうかー。でもさ、こんな時に別の女子のこと考えてるのってケシカランことじゃない?」

 ミカが少しむっとした顔になったが、ショウタは気に留めていなかった。それがまた、ミカをむくれさせた。

「う、うん、そうだな。ケシカランな……こういう時に別の女子のこと考えてちゃ」

「って、やっぱり一瀬さんの事気にしてたのかい!」

 ミカはショウタの胸板に鋭い突込みのチョップを入れた。平均よりやや細い感じのミカの腕だったが、その分スピードがあり、突き刺さるような痛みがショウタの中を駆け抜けた。

「ぐえふぅ! か、カマ掛けてたのかよ!」

「やっぱりそうだったか。ったく、しょうがない男だね。一瀬さんの事ばっかり……」

「いや、それほどじゃないけど、やっぱり、一人で大丈夫かなって……でもあいつ結構あぁ見えて一人で何でもこなせるし、うん」

「そうだよ、一瀬さんは私なんかよりもずっとアクティブだし……元気だし」

 そう言ったまま、ミカは言葉を続けなかった。

 そして、とある店舗の前でミカの足が止まる。

「ここ? でもソバ屋だぜ」

 ミカはうーん、と考えるように天を仰いだ。

「おい、どうしたんだよ。ソバ屋でケーキ売ってるのか? ソバ粉のケーキ?」

「そうじゃなくって……」

「何だよ? 具合でも悪いのか? まさかソバアレルギー? いや、ケーキなんだろ、主目的は?」

 ミカは今度は腕を組み、深いため息をつく。

「ケーキなのかソバなのか、はっきりして……」

「あー、もう、ダメだダメだ!」

「は? ソバがダメなのか、ケーキなのか?」

「一回ケーキとソバから離れてよ、もう!」

 ミカは首をぶんぶん振ると、驚くショウタに深々と頭を下げる。

「ごめん、ダメだわやっぱり! 外見はそこそこだけどちょっといいかなと思ってたけど、こんなに話の続かない人とは思わなかったよ。つまらん! それに一瀬さんの事ばかりでやってらんねー!」

 一気にまくし立てるミカに、ショウタは呆気にとられてしまった。

「何の事かさっぱりわからん、どうしたんだよ?」

「ケーキ中止! ……それともう一つごめんなさい、さっき校門でガラ悪そうな連中が一瀬さんのこと尋ねてきたよ」

「ガラ悪いってまさか……で?」

 ショウタの脳裏に昨日の3人が浮かぶ。

「教えちゃったよ、通学路! だって……でもやっぱり悪いことできないよ! ごめん、本当にごめんなさい! あんたが一瀬さんにコキ使われてるから可哀想かなって思った私が悪いんだから! 同情したのが馬鹿だったのよ、ナイチンゲール症候群ってやつ?」

「いや、それは違うと思うな。お前だって、あんなガラ悪い連中に絡まれりゃあ嘘つけないだろ?」

「でも、だからって本当のこと話しちゃったのよ、いいの? 正直に言えば、一瀬さんにはいい薬だと思ったし……ごめん、本当にごめん」

「お前は悪くないよ。教えてくれてありがと」

 そういうと、ショウタはミカの方にポン、と肩を置いた。何気ない仕草だったが、ミカは顔を赤らめ、そして両眼に涙を浮かべていた。

「分かれよちょっとは、色々と! 察しろよ女心! NOが100%NOじゃないときもあるんだから!」

「よく分からんけど、連中、一瀬の後を追ってるんだろうな?」

「それは、確実っぽい。バス停から駅までって教えただけだけど……とにかく行ってきてあげて、ほんと、今回はゴメン!」

 そう言うと、ミカはドン、とショウタの胸を押した。細腕なのにパワーと勢いはあるので、ショウタは後ろに2、3歩よろけた。

「お、おぅ。行ってくるよ」

「私も後で探しに行くから、でも今は……」

 行こうとしたショウタがちらりとミカを見た。その眼からぽろぽろ涙がこぼれている。「もう、早くいけ、行けよ三上ショウタ!」

 よく分からないまま、ショウタは元来た道を駆け戻る。しかし、アキがどこに行ったのか皆目見当がつかない。


 まずはバス停周辺を探し回ってみたが、そのまま駅に向かったとは考えられない。

「どこだ……」

 ショウタは、道行く人に片っ端から尋ねてみるが、有力な情報が得られない。

「どこ行ったんだよ……」

 ショウタは、バス停から駅へ、再び戻ってみることにした。


 バス停から少し離れた児童公園に、アキはいた。遊具の他にも子供らがボール遊びができるように、広場が設けられている公園だ。しかし、陽も落ちかかり、街灯がまばらに付きだした時間帯だったので、子供の姿は見えない。

 そこにいたのは、アキと、赤髪を筆頭にした5人のガラの悪い学生たちだった。

「ここら辺でいいかな?」

「もう、とっととこいつシメて帰ろうよー」

 男たちに逃げられないように囲まれ、連れてこられたアキは、軽く唇をかみしめながら、赤髪達を見上げていた。

「で、ここで何するの?」

「何ってそりゃ……なあ」

 赤髪は周りの仲間を見回す。みんなニヤニヤといやらしい笑みを浮かべ、アキを 見ている。

「昨日の続きかしら?」

 アキの言葉に赤髪の顔が真剣になる。

「分かってんなら早えや。テメ、昨日の借り、きっちり返させてもらうからな」

「その小さい脳みそで考えられるだけの暴力と凌辱の限りを尽くして、ネットに動画でも載せるつもり?」

「誰がてめーの汚ねえ裸なんか見てえんだよ、ブスが! 調子乗んなよ、コラ。ボコんだよ!」

「へえ、頭数増やしても一緒だと思うけどな。私に触ると、痛い目に遭うよ」

「あぁ? コイテんなよ!」

 赤髪の合図で男たちが、さっと身構える。それぞれ金属バットや鉄パイプ等、物騒な得物を持っている。

 そんな様子にも物おじせず、アキはにやりと笑いレバーの上部のふたを外すと、赤いボタンが現れる。

「車椅子を……なめんじゃないわよ。足腰立たないって、本当にどういうことか、教えてあげる……好きに喧嘩ができるありがたさを噛みしめなさい!」

「やんぞ、おら!」

 五つの影が一斉に動く。それに合わせるようにアキはレバーのボタンを押す。

 

 ギュルギュルル!

 

 うなりを上げて車椅子のタイヤが回転すると、土煙が立ち込め、辺りを包んだ。


「なんかすごかったよな、バチバチってなってたよな」

「うんうん、顔にタイヤの跡がついていたぞ」

 駅でも手掛かりは得られず、バス停に戻ってきたショウタの耳に、遊び帰りらしい小学生数人の会話が耳に入った。

「バチバチ……タイヤ? なあ、それ、何の話だ?」

 ショウタははっとなり、小学生の一人の肩をぐっとつかんでしまった。

「え……この先の公園、俺らが帰るころぐらいに。なあ」

「うんうん、ヤバそうな連中がいっぱいいたよ」

「公園? この先って……」

「ここの角曲がって、真っすぐ行ったらあるよ」

「ありがと!」

 小学生たちに礼を言ってショウタは駆け出した。駅とバス停を往復して体は疲れ切っていたのに、まだ走れる余力があったことに、自分でも驚いていた。

「でも、一番ヤバイのあの姉ちゃんだよな」

「うん、あの車椅子、ヤバいよな」

 ショウタを見送りながら、小学生がつぶやいた。


 息を切らせてショウタが公園に入ってくると、グラウンドにアキがいた。そして向かい合うように立っている赤髪の姿も見える。赤髪は鉄パイプを振り上げ、今にもアキに振り下ろさんと構えていた。

「このメスブタ……」

「一瀬!」

 相手が一人でよかったと思い、ショウタはヤケクソ気味にタックルの姿勢をとった。イチかバチかぶつかってみるしかない。

「ああ、三上か……」

 切羽詰まった状況に似つかわしくない、のんきな声で、アキが答える。

「でりゃああああ!」

 ショウタが気合と共に体当たりをくらわす直前、赤髪の体がぐらりと揺れ、前に倒れた。

「え……倒れた。俺がやったのか?」

「違うよ、かすってもなかったじゃない。そいつ、もう立ってるのがやっとだったからねー」

 見ると、アキは暇そうにスマホをいじっている。

 アキの周辺には赤髪の他にも倒れている学生が4人ばかり。その中には昨日の茶髪、金髪もいた。

「え、これ、どういうこと……」

「こういうこと。三上……遅いぞ、怖かったんだから!」

「一瀬……」

「とか、言うと思った? こんな所でなにしてんのよ?」

「こんな所でって、そりゃこっちが言いたいよ。それより怪我ないか?」

「無傷よ、私はね」

「見たところ、そうみたいだな。なんだか心配して損した」

 ショウタの足元には赤髪達が、うごめくように倒れている。全員砂まみれで、よく見れば制服や顔にタイヤの跡がくっきりとついている。

「こいつら、全部一人で?」

「昨日のお礼参りみたいなもんよ。言ったでしょ、これからは一人で何でもするって」

 確かにそうは言ってたけど、まさか男5人を倒すとまでは思っていなかった。

「あれはハッタリでもなんでもなかったのか……無事で何よりだけど、あまり無茶するなよ。いや、かなり無茶してるぞ」

「助けに来るのが遅かったわね。でも三上一人で助けられたかなー」

「うるさい」

 しかし、何をどうすれば、五人の男が倒れるのか、ショウタには全く分からなかった。が、あの電動車椅子が想像以上に恐ろしい装備を備えていること、それを操るアキのテクニックがずば抜けていることで、どんなことがこの公園で起こったのか、なんとなくわかった。

「それじゃ、帰ろうか……」

 そう言いながらアキはレバーを動かすが、車椅子はピクリとも動かない

「充電切れ……そりゃそうか」

「どれだけ電気使ったんだよ……あれか?」

 ショウタは、今朝の放電現象を思い出していた。そりゃあれをフルで食らったらこうなるなわ、と倒れている赤髪達を見ながら同時にそう思った。

「しゃあねえ……手動に切り替えろ」

「って、なによちょっと」

 ショウタがハンドルを掴み、車椅子を押し始める。

「いいから……ここにいても充電できないだろが。それに、この連中が起きたらまた面倒になるしな」

「……」

 アキは抵抗することもなくそれに従い、二人は公園を出た。

 

 すっかり日も暮れ、辺りが暗くなる中、駅までの道をショウタは車椅子を押していた。この時間帯になると駅までのバスの本数も少なくなってくる。待ってるよりは歩いた方がいい、ということだった。

「もう押さないんじゃなかったの? あの宣言は?」

 アキが、振り返る。

「ん……そのつもりだったよ、そのつもりだったさ」

「なぜ二度言う?」

「お前は俺なんかいなくてもしっかり車椅子で生活できるんだよ。それに、あんな連中と渡り合える、いや圧勝した。でもさ、さっきみたいに充電切れて、どうするつもりだったんだよ?」

「それは……誰かに助けてもらう、かな」

 アキが小さく答える。

「誰も周りにいなかったら?」

「それは……」

「もういい、宣言撤回だ。押してやるよ。お前見てると、危なっかしい。あんな連中に喧嘩売ったりして、今度はうまくいく保証もないんだ。今度こんなことがあったら、全力で俺が止める。そして、押して逃げる。それ以前に、もうあんなことするな」

「それ、前言撤回……でも、あいつら……笑ったんだよ」

「知ってるよ、それぐらい気にするなよ」

「自分のことならいいよ……あいつら、私じゃなくって三上を見て笑ったのよ、昨日」

 意外なアキの言葉にすっとショウタの足が止まった。

「それで……なのか?」

「ど下手くそだけど、一生懸命になってる三上を笑ったんだよ。失礼じゃない?」

「別に俺なんか笑われても……そんな。『ど下手くそ』は余計だけど」

「ど下手くそな移乗だったけど。思いきりおっぱいが背中にこすれてたけど」

「二度も言うな、それにおっぱ……胸の件は俺は関係ない」

 そう言ってショウタは再び車椅子を押す。。

「一生懸命の人間を笑うのは失礼だよ。私は、慣れてるんだけどね……」

「慣れんなよ、そんなこと。自分の事でも怒れよ」

「じゃあ、今日みたいにやっちゃっていいわけ?」

「それも極端だ。まあ、程々ってところかな」

「曖昧だなあ」

「まあ、誰も笑ったり、笑われたりしないのがベストかな」

「なに綺麗にまとめようとしてんのよ」

「綺麗ごと言って悪いかよ」

「悪くないけど、よくもないわね。世の中『感動の実話ドラマ』みたいにうまくいかないわよ」

「知ってるよ。でも、理想に近づけたいと思わないか?」

「美しすぎるわね、想像できない」

 アキのあの蛮行は自分のためだったのか、ショウタはそれを知って、ほんの少しだけ、例えば1学期が終わるぐらいまでは押し手をやってもいいかな、と思っていた。

「ありがと」

「なにが?」

 思わず口をついた感謝の言葉に、アキが振り返って不思議そうな顔をする。街灯に照らされたその顔は、転校初日に見た美少女のそれだった。

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