海列車

もりひさ

海列車


妹に誘われて外に出る。離島に行くのである。

離島は宅から海を見て霞むほどのところにあり海列車に乗って行かなければならない。


旧式の鉄ゲートを抜けると古い黒色のエスカレーターが地下に続いている。


“地下鉄のやうだ”と妹は飛び跳ねる。


古風な言い回しをするやつだ。

地下鉄なんていつの話だよ。と毒づいた。聞いてなかった。


始発電車は疎らな足並みで夏日に地下は涼しく吹き抜けていた。

ほどなくして電車は来た。どこもかしくも古い癖に時間ばかりは守るらしい。


電車に揺られる。既に全国では廃車になっている箱型車両で行くのである。

錆びついた椅子は悲鳴を上げ壁は苔色という色があるならそれに近いだろう。

凭れると壁が冷たい。苔色の匂いが伝わる。微睡もうとするのを妹がそっと制した。


“ダメだよ。が見れなくなるから”


まだそんなものを信じているのか。やはり古い事を言う奴だ。


窓の外を見た。窓の淵のその先に雨粒が光る。

海の音は列車の音に紛れて聞こえてくる。

だが、聞こえたところでうやうやという意味不明な音でしかなくてそんなものは物音どころか音にすら聞こえない。


妹は紅い髪を指に絡めて少しはにかむ。海を見ている。妹の目が海の音に魅入られていることは明らかだった。


“ほら、四季海峡だよ”


咄嗟に窓を閉める。刹那車体を揺らすほどの猛吹雪が突進して来た。

と思うと次の瞬きで景色は一変した。


桜の花弁である。あっという間に海に花弁の布地が出来上がった。

海の中、桜などない。首をかしげる間も無く今度は叩くほどの大雨が吹き荒れる。


桜はその後二回来た。嵐は一回、豪雪は二回、どれも瞬きするように早く風に吹かれてあっという間に過ぎ去った。


ようやく海が凪いできた。駅に着いたのである。

妹が駅の横に置かれた自転車を拾う。

明け方の離島は静かで改札が一つしかない駅を降りるとすぐに湖が見える。

自転車に乗って少し行くと水面に辿り着いた。

“鏡のやうだね”

“そうだね”

やはり古風な言い回しをするやつだ。


湖は静かだが煙が立ち込める。ゆっくりとカメラを構える。息を切った。


”もし写真がいやになったり行き詰まったらどうするんだ“


不意に妹に尋ねた。


”どうもしない。散歩したり昼寝したりする。そしたらまた写真撮りたいと思えるか

らその時に撮ればいい“


でも、

妹はカメラを構える。


”写真を撮ることが絶対に身体の真ん中。なんでもできる人なんかより一つのことを中心に生きてる人の方がずっといい“


あ、妹は虚をつかれた。それにつられて立ち上がった。


シャッターは切られた。湖の中心に立つ海を脱いだ人魚の確かな姿を



夕暮れ妹は既に帰り仕度を始め駅に戻ろうとしていた。

一緒に帰ろうと誘われたが断った。妹を乗せた列車が遠ざかる。

釣りでもして帰ろう。海岸に歩みだした時列車が小さく視界に入った。


光っている。まるで宝石のやうであった。




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海列車 もりひさ @akirumisu

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