彼女も、大切な人を守るために、夜の校舎へ行こうとした。
部屋のドアを、音を立てないように静かに開く。
そして、周りに誰もいないかを確認してから、そーっと、そーっと、部屋を出て、ゆっくりとドアノブを回してドアを閉める。
廊下には誰もいない。
灯りがついているのは、なにかあったときにすぐに対応ができるように、ということなのだろうか。
とりあえず、真っ暗よりは都合がいい、かも。
私は、ごくりと唾を飲みこんで、足音に気を付けながら歩き出した。
寮の玄関を出る。
うしろから寮の灯りがぼんやりと照らしてくれているけれど、それを抜ければ、ぽつぽつとある街灯が頼りなく道を写す。
その先を見れば、電気一つついていない校舎が、ぼんやりと見える。
怖くて、足が震える。
でも、行かなくちゃ。
これ以上、人が消えないように。……
突然いなくなってしまった複数の人々は、どうなってしまったのか、未だにわかっていない。
その上に、毎日毎日人が消えている。
恐怖で学校に来れなくなった人がいる。
寮の自室からも出れなくなった人だっている。
私だって、怖い。
でも、それよりも、沙也加ちゃんが消えてしまうほうが怖いから。
了くんや薫さんが消えて、沙也加ちゃんが悲しむほうが嫌だから。
守らないと。私が、沙也加ちゃんを。
一つ深呼吸をして、一歩前に足を出す。
瞬間、肩を誰かに捕まれた。
「……っ!!」
悲鳴を上げるよりも先に、手で口を塞がれる。
「私です、薫です」
暴れようと思って身体に入れた力を抜く。
確かに、この嗅ぎ慣れた香りは薫さんのものだ。
私が落ち着いたことが伝わったのか、薫さんの手が、身体ごと離れる。
振り向けば、栗色の瞳が私を見下ろしてきた。
「だいたい見当はついていますが、念のために伺いますね。どこに、行くおつもりですか?」
「……夜風に当たりたいなぁって、思って」
「ベランダがあるでしょ」
「お、お散歩も、したかったの……」
「……今、夜の二時ですよ?」
「……」
口を閉じれば、ため息が降ってくる。
「学校へ行って、行方不明者たちがどこにいったのかを知ろうとしたのか、その犯人を捕まえようとしていたかのどちらかでしょう?」
「……」
無言で頷けば、またため息。
「沙也加か、あなたは、絶対にそうするだろうと思っていましたよ。毎日頑張って徹夜して、翌朝倒れた甲斐がありました」
どうやらお見通しだったらしい。
というか、相当無理をさせていたらしい。
申し訳なさに、俯いてしまう。
と、前から振動音が聞こえる。
なんだろうと思えば、薫さんは胸ポケットからスマホを取り出した。
マナーモードにしてあるスマホの着信音だったみたいだ。
もしもし、と薫さんが囁く。
少しだけ会話をすれば、薫さんは通話を切ってまた胸ポケットにスマホをしまう。
「……予想通りですが、沙也加も抜け出そうとしてたみたいですね」
「え、沙也加ちゃんも……?」
「はい。……しかも、ベランダから近くの木の枝に飛び移って降りたところで、気付いた了が捕まえたみたいですよ」
「……」
沙也加ちゃんの運動神経がすごいというか、なんというか……。
「……よく、了くん、気付いたよね。女子寮と男子寮って同じ建物でも離れてるのに」
素直に感心しつつ、思ったことを素直に口にする。
「……私だけが、二人の動向に気づく、なんてことないと思ってください」
ふふっと、薫さんが片方だけ口角を上げる。
「つまり……?」
「了だって、二人がなにかしそうなことくらい、気付いていましたよ。だから私がここで、了は寮の裏側……二人の部屋の間くらいでずっと待機していたんです」
「……」
どうやら、万全の態勢で見張られていたらしい。
なんだか少し恥ずかしくなってもう一度俯けば、薫さんの小さな笑い声が降ってくる。
「まあ、なんにせよ、二人とも捕まえることができて良かったです」
そのあともポツリポツリと会話を続けていたら、了くんと沙也加ちゃんがやってきて。
これからどうするのかと思えば、薫さんが、四人で行こう、と言い出した。
了くんは最後まで危険だ、と渋っていたけれど、結局薫さんに負けて、賛成してくれた。
そして私たちは、複数人の枯れかけの花人を、校内の地下室で見ることになる。
お互いを襲い合っている姿は、獣のそれにしか見えなくて。
恐怖で悲鳴を上げかければ、こちらに気付いた彼らのうち足がまだ動く者は、私たちに迫ってきた。
沙也加ちゃんが、守るように抱きしめて私を庇ってくれた。その腕が少し震えていたから、彼女もきっと怖かったんだと思う。
了くんと薫さんが急いでドアを閉めてくれなかったらどうなっていたか。
もしもこの場に二人がいなくて、沙也加ちゃんともタイミングが合わずに、私一人だけでこの状況に遭遇していたら。
もしも、その直後に沙也加ちゃんが来ていたら。
考えたくもないもしもと、そこから想像し得る結末に、背筋が凍る。
二人がいてくれてよかった。
四人で、本当に、よかった。
さっき見た光景を、先生に言おう。
寮に戻ってきて、了くんの部屋に入ってすぐに、沙也加ちゃんはそう言った。
どうやら、すぐに沙也加ちゃんに庇われた私と違って、沙也加ちゃんも了くんも薫さんも、あの人たちの顔をはっきりと見たようで。
間違いなく、その人たちは昨日まで学校に登校していた生徒たちで、三人の記憶の中では一度も暴走を起こしたことがない人たちらしい。
もしも言った相手が犯人だったら殺されるぞ、と了くんが彼女の意見に反対をする。
その会話を聞きながら、私は薫さんに、抱いていた違和感を吐き出す。
「……昼間に、地下室からあれだけの争う音が聞こえたことって、ないよね……?」
「ないですね。うめき声、とかは割としょっちゅう聞こえてきますが」
確かに、地下室へとつながるドアの前を通ると、時折うめき声が聞こえていた。
でもそれは、複数人が行方不明になる前で、しかも、誰それが暴走した、と噂で回ってきた直後だから、今回のそれとは関係がないと思う。
「じゃあ、毎日あれだけの人数をさらっておきながら、翌日までには枯らしているってことだよね。でも、それを自然に任せるのって、リスクが高い気がするんだけど。それに、暴走を起こしたことがないってことは、定期的に吸血していて、満足している状態なわけで……それが翌日までにはあんな状況を経て枯れるって……」
「吸わなきゃ、無理ですね」
「……でも、わざわざあんな状態で残す意味ってないはずだよね。争っている様子を見たいっていう、特殊な人だとしても、あの中にいたら自分が真っ先に枯れそうだし……。まるで……とどめを刺すのを、嫌がっている、みたいな……」
薫さんの瞳が、暗い色を映す。
「薫さん……?」
「……とどめをさせないのなら……」
ふ、と薫さんが視線を投げる。
そちらを見れば、まだ言い争っている沙也加ちゃんと了くんがいる。そのうしろにある窓には、大きな三日月がこちらを見つめていた。
「最初からそんなことをするな、と言いたいですけどね」
その声は低くて、小さくて。
きっと、私以外に聞いた人はいないその声は、酷く悲しげだった。
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