そうして、いばらは連れていかれた。
苗字と名前について、二人は私が理解するまで教えてくれた。
そしてめでたく……なのかはわからないけれど、私の名前は
そのあとも彼らはことあるごとに私にいろんなことを、根気強く教えてくれた。
私は
彼のお姉さんは、花人病にかかって、患者専用の土地へと連れていかれたらしい。
それ以来、掃除はするものの、置いてあるものはそのままだったという部屋。
流石に勝手に物を動かすのは申し訳ないので、できるだけ、物を動かさないように意識をしていた。
その関係で自然と私は博貴の部屋で過ごすことが増えていた。
博貴はすごい。
なにがすごいって、頭がいいのだ。
私が聞いたことに対して、スラスラと答えてくれる。
わからないと伝えれば、これでもか、というくらい噛み砕いて教えてくれる。
逆に
だけど、花についてだけはすごく頑張って勉強していて、博貴よりも少しだけ詳しい。
ちなみに運動は、秀のほうが圧倒的にできる。
博貴が運動できないわけではなく、秀ができすぎる、らしい。
博貴が言っていたから、きっと、間違いない、はず。
ほとんど毎日秀は博貴の家を訪ねてくる。
そしていろんなことを博貴と一緒に私に教えてくれて、ちょっとした息抜きに図書館や公園へ行ったりする。
楽しい毎日。
その中で、少しだけ困ってしまうのは、二人の言い合い。
それでも次第に慣れていくもので。最近では、その言い合いが本人たちにとって呼吸をするようなものなのだ、と思えてきた。
「二人って、なんでそんなに仲がいいの?」
まあそれでも言い合いが続けば、そんなに続くほど一緒にいるのか気になってしまうわけで。
純粋な疑問を吐けば、答えはあっけないほど簡単に返ってきた。
「目的が一緒だったから」
「目的?」
私が首を傾げれば、秀が頷く。
「この町は、ここら辺だと一番花人が住んでいる土地に近い町なんだ。そんな町、花人病を恐れている普通の人が住みたい、なんて思うはずがない」
「どうして?」
私の問いかけに、今度は博貴が答えてくれる。
「花人病がどういう風にうつるのか、発症するのか、不明だから。もしも空気感染だったら怖いからな」
「え……。じゃあ、なんでみんなはここに?」
「みんな、家族や親しい人の中から、花人病患者が出てしまった人なんだ」
家族や親しい人の中から、花人病患者が出てしまった人……。
つまり、大切な人を、失ってしまった人、なんだろうか。
「花人病患者の近くにいたいから、みんなこの町に来るの?」
「そうじゃなくて……。どういった理由で花人病になるのかが明らかになっていないから。近い距離にいた人や、血の繋がった家族は、もしかしたら花人病患者なんじゃないかって、疑われて。誰も話しかけてくれなくなったり……物を投げられたり、家を荒らされたりするんだ。自分たちの近くにいるなって。どこか行けって」
「そんな……」
大切な人を失って傷ついている人たちになんてことをするんだろう。
花人病になりたくないから?
そのためなら、他の人を傷つけていいの?
「結果としてそういったところから、この町やその付近にみんな引っ越してくるんだ。で、俺が今からえっと……七年前にこの町に引っ越してきて」
「俺が、四年前に、この町に引っ越してきたんだ。ちょうど同じクラスでね。秀が精霊さんとお話してるところをたまたま見つけちゃって。秘密を知ったんだから、なにかお前も秘密を教えろーって迫られて。花人病について調べていて、可能ならば姉を取り戻そうと思っているって伝えた。そしたら、秀が驚いた顔して、俺もって」
二人が、なにか企んでいるような表情でお互いを見る。
いたずらっ子みたいなその表情は年相応で、少し微笑ましい。
「精霊遣いだってことは、親にだって言ってなかったから。無茶苦茶焦った。まあでも、俺、深く考えるのとか苦手だったから、この力を持て余してる感じだったし。俺だって花人病についてちゃんと知りたいし、兄貴を取り戻したかった。だから二人で話し合って、花人病患者を作ろうってことになったんだ」
「花人病患者を、作る……? なんのために?」
「……花人病について俺たちが調べている間にも、時間は過ぎていくから。その間に、俺のお姉ちゃんや、秀のお兄さんに、なにかがあって咲いたり、枯れたりしてしまうかもしれない。そうならないために、二人を守ってくれる人が欲しかったんだ」
「つまり……花人病患者の土地へ行って、私は二人のお兄さんとお姉さんを、守ればいいってこと? そのために、作られたってことだよね?」
二人が頷く。
すごく、申し訳なさそうな表情で。
どうしてそんな顔をするんだろう。
「わかった。じゃあ私、外で花人病患者として捕まるようなことをしてこればいいんだよね。行ってくる」
「え、あ、ちょっ、ちょっと待って!!」
立ち上がって部屋から出ようとした私を、秀と博貴が引っ張ってもう一度座らせられる。
「なんで? はやいほうがいいと思うんだけど」
「うん、はやいほうがいいのは確かなんだけど、そのまま適当に襲ったとして……君は人工的に作られた存在だから。吸血行為によってもしかしたら、本来あり得ない影響を相手に与えてしまうかもしれないんだ」
「え……?」
「つまり、相手を咲かせてしまったり、枯れさせてしまったり、殺しちゃうかもしれない可能性があるってこと」
動きが止まってしまう。
花人は、生きていくために吸血行為をしなくてはならない。
私はまだ血を求めたことはないから、どうなるかわからない。
花人病患者が連れていかれるのは、血を求めて暴走したとき。
つまり、私は誰かの血を吸わないと花人病患者専用の土地に行けない。
でも血を吸えば、相手を殺してしまうかもしれない。
どうしたら、いいんだろう。
「じゃあ、どうやって行けばいいのかな……」
「それだけど、それよりも前に、いくつかいいかな」
博貴が真剣な表情をする。
なんだろう、と私は頷く。
そうすれば博貴が紙とシャーペンを机からとってきて、サラサラと文字を書いていく。
「まず、俺のお姉ちゃんと、秀のお兄さんの名前なんだけど、俺のお姉ちゃんの名前は、
瀬戸沙也加、と書かれた漢字の上に、せとさやか、とふりがなが振られる。
書き終えたら博貴は秀にシャーペンを渡す。
秀は、博貴が書いた隣にザッザッと書いていく。
「俺の兄貴は、
「え?
煤崎了、の文字の上にすすざき、まで書いた秀が、少し複雑そうな表情で私を見る。
「兄貴、俺たちと血、繋がってるけど繋がってないの。母さんの姉さんの子供。色々あって兄貴の両親は死んじゃって、俺たちと一緒に暮らし始めた」
それ以上は言わずにりょう、とふりがなを振る。
どうして秀のお兄さんの両親が死んでしまったのか、聞いてみたかったけれど、それをさせないかのように、秀が話を始める。
「俺さ、精霊遣いだってこと、親にも言ってなくて。知ってるのは博貴だけなんだ」
「どうして?」
精霊を遣えるって、すごいことなのに。
「……精霊に、止められてるんだ。昔、色々と問題があったみたいでさ。だから、それを誰にも言わないでほしい。あとは……なんだっけ、博貴」
「誰にも、自分の生い立ち、作った人、その目的を言わないでってことかな。花人病患者……というよりも、人が人を人工的に作る、なんてあんまり倫理的によろしくないから。それに、それがばれたら、いばらはもちろん、俺や秀、そのお母さんやお父さんも、危険な目にあうかもしれないから」
それは、なんとなく納得できた。
私はともかく、二人や、その両親を、危険なことに巻き込みたくはない。
「わかった」
頷けば、二人も頷き返してくれる。
「たぶん、これで全部言ったよね?」
「そのはず……あ、そうだ。あのさ、いばら」
「……?」
秀がじっと私を見る。
「できれば、なんだけども。……兄貴には、あまり近づきすぎないで」
「え?」
予想外の言葉に、私は驚く。
「兄貴には、いろいろと秘密があって……たぶん、それを知られたいとは思わないだろうから。だから、近づきすぎないで」
「……わかった」
秀にも、そのお兄さんにも、秘密が多い。
なんでそんなに秘密をたくさんもっているんだろう。
面倒くさいくないのかな。
息苦しく、ないのかな。
そうは思いつつも、ここで、秘密ってなに、なんって訊けなくて。
私は頷くしかなかった。
「……で、花人病患者としていばらが運ばれる方法なんだけど……」
それから数日後。
私は、博貴を襲った。
正しく言えば、襲うふりをした。
家の外、いろんな人がいる、街中で。
すぐさま秀が薬を刺してくれて、私は無事、花人病患者の町へと運ばれて行った。
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