彼女は、自分とあいつが生み出した人です。

 瞼を上げれば、私を覗き込んでいる二人の少年と目が合う。

 うわぁ、と声を上げて片方はひっくり返り、もう片方は嬉しそうに目をキラキラと輝かせて前かがみになる。

「こんにちは!」

「……こん、にち、は……?」

 目を輝かせているほうの少年の言葉を、真似する。

 またも少年は、わぁ、だの、やったぁ、だのと騒ぐ。

 私はそれを無視して、右手を持ち上げ、目の前で握ったり、開いたりを繰り返す。


 これが、人間の、身体……。


 動かし方や言葉なんかは、ついさっきまでいたお花屋さんで覚えているけれど、今までなかったものに違和感を覚える。


 この場にいる少年たちは、四年前からよくこの花屋に来ているらしい、と、周りの花々が言っていたのを思い出す。

 彼らは常連で、数日おきに来ては、一輪だけ花を買っていく。

 今日は、私が買われたのだ。


 目を輝かせているほうの少年の家に連れ帰られたと思えば、ひっくり返っているほうの少年が花の精霊さんとお話をした。

 そして、精霊さんは、私に話しかけてきたのだ。


 どうか、花人になってくれないか、と。


 花人という存在は、お客さんや店主のお話を聞いて知っていた。

 人が突然、吸血鬼のように血を求め、最期は私たちのように咲くか、枯れる病。


 吸血鬼、というものがなんなのか、知らないけれども。


 他の花々は、その声を拒否したらしい。

 花は花としてその生を終えたいから、と。


 だけど私は、一度人間になってみたかった。

 好きなところへ行ける足に、誰かと繋がることが出来る手。

 他にもあるけれど、ちょっとした憧れがあった。

 だから、断る理由なんてなかった。

 二つ返事で了承した。


「名前、なんていうの? 俺はねえ、瀬戸せと博貴ひろき!」

「お、俺は園田そのだしゅう!」

 ひっくり返っていた子も遅れて名乗ってくれる。

「名前……薔薇ばら

 なにを当然なことを、と首を傾げる。


「薔薇……ああ、うん、そう、だよね」

「バカ博貴。花に花としての名前以外あるはずないだろ?」

「秀だって突っ込まなかったじゃないかー」

「えっと……」

 言い合いが始まりそうな雰囲気に、どうしようか、と私は考える。

 私には花の名前しかない。だって、それ以外必要ないのだから、当たり前だ。

 考えている間にも、言い合いは続いている。

 うーん……あ。

「すみません、お二人に私のお名前、考えていただいてもいいですか?」

「名前、俺たちが考えていいの?」

 瀬戸博貴がキョトン、とした表情で首を傾げる。

 私はもちろん、と頷いた。だって、人間の名前のルールとか、そういうのを知らないし。

 私の言葉に、二人は言い合いを終え、今度は二人が唸りだす。

薔薇子ばらこ

「……秀、それは流石に安直すぎない?」

薔薇美ばらみ

「もう、真面目に考えなって!」

「だって浮かばねーんだもん! なら博貴はなにかあんのかよ」

 むっとした表情で園田秀が瀬戸博貴に投げる。

 瀬戸博貴はしばらく考えるような仕草をしたあと、あ、と声を上げて、机からシャーペンと真っ白な紙を一枚持ってくる。

「実は薔薇の呼び方って、ばら、以外にも、しょうび、とか、そうび、とかあるんだ。だから、蒼いに美しいで……蒼美そうびっていう苗字はどうかな?」

「あ、それいい! じゃあ、名前はいばら、とかどうだろ? 薔薇って感じだし、名前でもあるじゃん」

 丁寧に蒼美と書かれた文字の横に、園田秀がやや個性的な文字でいばら、と書き足す。

「俺、いばら、なんて名前の人と会ったことないんだけど」

「俺漫画で読んだことある」

「あのな、漫画の登場人物に名前をつける訳じゃないんだから」

「そんなこと言ったら、蒼美だって、なんかラノベっぽいじゃ――」

「蒼美、いばら……」

 これが、私の名前なのか。

 いや、まだ二人は言い争っているから、決定というわけではないのだろうけれど。


 そーび、いばら。


 そ、う、び、い、ば、ら。


 口の中で、もごもごと転がしてみる。

 なんだろう。

 好きだ。この響き。


「もしかして、気に入ったの?」

 瀬戸博貴の問いかけに、少しだけ考えてから、縦に首を動かす。

「やっぱり、この苗字、いいよね!」

「いやこの名前だろ!」

「えっと……」

 二人がずいっと迫ってくる。

 勢いに押されて少し後退しつつ、私は疑問を口にする。


「あの……名前はわかるんですけど……苗字って、なんですか?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る