花人たちを誘拐していたのは。

 目を覚ませば、私は自分の部屋で寝ていた。

 チャイムが、鳴っている。

 このチャイムはなんだ。


 橙色に染め上げられた部屋。

 見上げれば、溶けていくように光をこぼしながら沈んでいく太陽。


 ああ、夕飯の――。


 そこまで考えて、飛び起きる。

 頭がくらりとしたけれど、構っていられない。

 なんとか意地で堪える。


 夕飯を食べ終えても帰ってこなければ、探しに来いと言っていたけれど、そんなの、できるはずがない。

 待ってなんていられない。

 かおるに電話をかける。呼び出し音から切り替わった音声が、電源が切れているか、電波がつながらないところに持ち主はいるかもしれないと伝えようとしてくる。その途中で舌打ちをして役立たずのそれを放り投げた。

 固い音がしたけど、振り返っている余裕なんてない。


 私は部屋のドアを開き、駆け出した。


 頭を駆け抜けていくのは、最近の行方不明者の顔。

 そして、先日遭遇した、地下室での、枯れかけの花人。


 はやく、はやく三人を見つけないと。

 取り返しのつかないことには、なってほしくない。


 私に一番に声をかけてくれたりょう

 いつでも見守ってくれた薫。

 私のことを頼ってくれたいばら。


 誰も、失いたくない。


 どうか、どうか、間に合って。


 学校に辿り着き、もつれそうになる足で、それでも全力で走りながら、片っ端から地下室のドアを開き、三人を呼ぶ。

 返事がなければ、次へ。

 たまに枯れかけの花人に遭遇して慌ててドアを閉めるけれど、どこにも三人はいない。あの日の夜に四人で行った地下室にだって、いない。

 

 まさか、もう、枯れてしまったのだろうか。


 想像してしまえば、視界がにじんでいく。

 同時に足が止まりかける。

 それに気付き、意識して右足を前に踏み出す。次は左足。そうやってできるだけはやく互い違いに足を前に出す。

 立ち止まっている暇なんて、あるはずがない。

 とにかくこの土地の、すべての地下室を見て回るのだから。

 まずは一番可能性の高い、この高校の地下室を、全部見なきゃ。


 開けて、閉じて、開けて、閉じて――……そして。


「いばら! 了! 薫! いる!?」


 やっと、二人を見つけた。

 安堵。

 だけど、それは一瞬で。


 右手を抑えている薫は、真っ青な顔でその場に座り込んでいる。

 その後ろに広がっている茨と、蒼い薔薇ばらに、間に合わなかったのだと、気付かされる。

 手を伸ばす。

 そんな、嘘だ、と。

 真実じゃないと、知るために。

 どこかにいばらは隠れているのだと、信じるために。


 一歩、足を前に出す。


「いば――」

「来ないでください!」


 飛んできた声の鋭さに、ビクッと肩が震えた。

 驚いた拍子に、踏み出したほうの足に体重をかけてしまう。

 そのまま、支えきれなかった足は崩れて、私は前に転ぶようにして、座り込んだ。


 後ろから響く、重い施錠音。


 薫の綺麗な顔が、歪む。

 よく見れば、スカートの裾から見える足は、木の枝が生えて伸び続けていて、絡まりついて、その上で葉や花が咲いている。

 つま先に近い花は、枯れていて。

 蒼い薔薇のすぐ下には、枯れた花々が粉になり、そしてその端からさらさらと消えていく。


 いばらは、咲いてしまった。

 薫は、枯れかけている。

 近くには、枯れて、消えかけている花々。


 了に視線を向ければ、感情の読めない表情で、私をじっと見ている。

「了……?」

 了と薫以外に、ここに人がいるようには見えない。

 そして二人は、それなりに離れたところにいる。

 位置的には、いばらに血を飲ませた結果、薫は枯れかけているのかもしれない。

 了は……了には、傷一つ、ない。

「嘘でしょ……?」

 この状況から導き出される結論なんて、一つしかない。

「ねえ、了……?」

 行方不明者を、地下室に連れていったのは、了だということ。

 そして、二人がこうなっている原因は、了にあるということ。

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