毎日花人が複数人消えるという、異常な事態。

 最近、人が消えている。


 人が突然消えることなんて、ここでは日常茶飯事だ。

 だけど、これは少し違う。


 一気にいなくなるのだ。

 五人も、六人も。

 しかも、よく見知った人たちが。一度も暴走したことのない人たちが。

 そして不可解なことに、どこそこで誰それが襲われた、なんて話は聞かない。

 いや、聞くけれども、その被害者は、いなくなった人じゃない。


 ざわり、ざわりと、その話が伝わっていくと同時に、恐怖も伝染していく。


 気づけば、登校する人も、減ってきた。

 一応寮では見かけるから、生きてはいる。ただ、外に出るのが無理になってしまったようだ。


 当たり前だ。


 襲われることには慣れている。

 どうすればいいのかもわかっているし、自分もそうなるかもしれないという、ある種の覚悟を、みんなしているから。

 それに、どうなるのか、わかっているから。


 だけど、突然行方をくらませ、そのあと彼らがどうなったのかはわからない。

 誰かが意図して誘拐をしていることだけは確か。

 だけど、目的がわからない。

 だから、怖いのだ。


 みんなは無理でも、せめて三人は守らないと。


 そう思った私は、夜の学校に忍び込むことにした。

 校内の人が消えているのなら、きっと、学校の中にヒントはあると思ったから。

 休憩時間にもできる限り色々回ってみたけれど、なにもわからなかった。

 だから、夜に調べたかった。

 だけど一度眠れば二度寝をせずに朝六時に目が覚めるような私には、少しそれが厳しくて。

 隣の部屋の生徒の迷惑になってしまうから、アラームをかけることもできなくて。

 どうしたものか、と悩んでいた。


 だからきっと、あの日目が覚めたのは、かなり運が良かったんだと思う。


 闇の中で、目を覚ます。

 どこかで、ドアが開く音が聞こえた気がしたから。


 気のせい?

 いやでも、なにかが動いている気配はする。


 もしかして……?


 ごくり、音を立てて唾を飲む。

 そして、ゆっくりとベッドから起き上がる。


 今しかない。


 そう思ったから。


 ドアから出ようかとも考えたけれど、先ほどの音の主に見つかる可能性はゼロじゃない。

 それなら、と窓に目をやる。

 カーテンが閉まっているその先には、私の記憶が正しければ、すぐ近くに木の枝があったはずだ。

 グッと拳を握る。


 音を立てないように気を付けて歩き、カーテンと窓を開く。

 よかった。記憶通り、枝はそこにいた。

 一度深呼吸をしてから、意を決して私は窓から枝へと飛び移る。

 慎重に降りて、地面に両足がついたときだった。


「こんばんは」


 突然聞こえてきた声に、悲鳴を上げなかった私を、誰か褒めてほしい。

 振り向けば、いつの間にそこにいたのか、うっすらと口角を上げたりょうが私を見ていた。

「……っくりしたぁ。了、なんでこんなとこにいるの?」

「恐らく夜の学校に忍び込みに行くんだろうなあ、と思われる二人のお嬢さんを止めるために、ここでずっと立ってたの」

「……」

 どうやらお見通しだったようだ。

 了は左手で私の腕を掴む。払うことはしない。どうせ今逃げても、追いつかれるだろう。

 私に逃げる意思がないことが伝わったのか、手を放すと、了はスマホをポケットから取り出し、誰かに電話をする。

 受け答えからして、恐らく相手はかおるだろう。どうやら近くにいばらもいるようだ。

 胸がツキンと痛む。

 それを無視して、二人と合流するよ、と歩き出す了のあとを追いかけた。




「これから、どうするの?」


 無事二人と合流できたところで、問う。

 きいたところで、答えなんて決まっているけれど。


 すると薫が控えめに手を挙げた。

「四人で、学校に行きませんか?」

「は?」

「え?」

「い、いいの……?」

 予想外な言葉に、私たちはそれぞれ驚く。

 薫は、眉を寄せて口元を小さく歪める。

「だってこのままお開きになれば、またそこの二人はこそこそ学校へといくわけですよね? 目の届かないところでなにかに巻き込まれたら、そのほうが嫌ですから」

「……」

 行く気満々だったので、なにも言えない。

 少しだけ目をそらせば、その先にいるいばらも同じなのか、無言で目を泳がせている。

「僕は反対だよ。なにがあるかわからない。二人のことは、お開きにしたあとも俺たちで見張ればいいだろ」

「見張るって……言い方」

「あ、……ごめん。ただ、心配なんだよ。もしも犯人がいたら? ばったり出くわしたら? 四人とも無傷で逃げられるかわからないじゃないか」

 真剣な了の言葉に、私といばらはうつむく。

 だれかが怪我をするのなら。それ以上の目にあうかもしれないのなら。

 行くべきでは、ない。


 私が怪我をするのなら、私の責任だから、まだいい。

 でも、ここでわがままを言って全員で行った結果、なにかあったら、私は責任をとれない。

 それに、責任云々を除いても、やっぱり誰かになにかあるのは嫌だった。


 今回はこれでお開きにしよう。

 それで、明日の放課後、探してみよう。夜よりは安全だと思うし、それなら三人に見つかっても、色々言われることはないだろう。

 そう思ったときだった。


「……大丈夫ですよ。私たち、花人病患者の動きを止められる武器、持ってるんですから」

 角度を上げていく口の端。

 薫の手には、三本の注射器。中に入っている液体は、恐らくあの薬だ。

「え、なんでそんなに持ってんの、薫……」

「申請さえすれば、何本だってもらえますよ。こんな土地に閉じ込めた上に、バケモノに対抗する術をなにも渡していなかったーなんて、一般の国民にもしばれたら色々とめんどうだから、だと思いますけどね」

 何本持っていても困ることはないので、時間があるときにでも申請してもらっておいたほうがいいですよ、と注射器をしまいながら薫は軽い調子で言う。

「わ、私、一本しか持ってない……」

「いばら、安心して。私だって一本しか持ってないから」

「だ、だよね……」

 うんうんと頷き合っていれば、横からため息が落ちてくる。

 見上げれば、了が額に手を当てている。

「もしも相手が複数だったらどうするんだよ?」

「こちらも複数ですし、まあ、なんとかなるでしょう。ならなければ、そのときはそのときです。仲良く枯れましょう」

 目を細めて、口の端をクイッと上げてうっすらと開く薫。

 儚い雰囲気なのに、その表情に背筋が寒くなる。

「縁起でもないことを言うな」

「いたっ」

 了が薫の頭を軽く小突く。小突かれた場所に手を当てながら、薫はコテン、と首を横に倒す。

「まあ、最後のは冗談ですよ。意地でも逃げますから。注射器だってもうあと五本持っていますし、あなただってそれ以上持っているでしょうに。……それでも駄目、ですか?」

 上目づかいに、薫は了へ問いかける。


 ただでさえ綺麗な顔に、首を傾げるしぐさと上目遣い、しかもそれがわざとらしくない、という女の私でも思わずうなずいてしまうようなフルコンボ。

 グッと流石の了も詰まる。

「ね、了……?」

 薫が一歩詰め寄る。了は口をパクパクとさせていたが、やがて諦めたのか、大きく息を吐いた。

「わかった……」

「やった」

「いいの?」

「よかったですね」

「ただし、危ないと思ったら有無を言わさず引きずってでも帰ってくるからな。それだけは覚えといて」

 各々が返事をすれば、困ったような、呆れたような、なんとも言えない表情を了は浮かべる。

 そんな了を薫が引っ張る。そのあとを追うように、私といばらも歩き出した。

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