花人と、吸血鬼。そこにはあまり違いはないのかもしれない。
吸血鬼になって変わったことがある。
日光が、前よりもきつく感じるようになった。
血を甘く感じるようになった。
犬歯が、少しだけ鋭くなった。
爪の伸びが、早くなった。
そして、瞳の中に紅がちらつくようになった。
あれから四年が経った。
吸血鬼になった変化にも、
外へは日傘を差せばなんとか日差しを遮ることができる。
血を飲めるようになったのは、いいことだ。少なくとも、生きていく上では。
犬歯は、まあ、意識して見せないようにすればいい。
爪だって、こまめに切れば周りにはわからない。幸運にも寮は個室だから、ごまかすような相手もいない。
瞳は……まあ、しょうがない。
了は、やっぱり私を吸血鬼にしたことをよくは思っていないようで、たびたび辛そうに眉を寄せる。
それが苦しい。
あそこで了があの選択をしなくても、きっと
それに、吸血鬼になったからって、花人としての生活になにか支障があるわけではないのだから。
花人病と吸血鬼。
それが、了にとってはすごく苦しいもので。
例えるのなら、鎖のような物、なんだと思う。それか、茨のようなもの。
薫も、了が吸血鬼であることを知っていた。了が話してくれたあの話も。
そして私が吸血鬼になったこと、その話を知ったことを聞けば、ならもう私は必要ありませんね、なんて言い出すものだから、私と了は焦った。
薫は、言い方を間違えました、とすぐに訂正をして、私はもう了に血を与える必要は、ないですね、と言ったのだ。
血を吸われる側の負担は大きい。
それは、吸われる側を経験して初めて実感した。
たいていの場合は、お互いに与え合うから、その負担はお互い同じだけかかる。
だけど、片方しか吸っていないのなら。
吸っていない片方は、他の人の血を吸うし、他の人からも吸われる。
つまり二人分血を持っていかれるわけなので、普通よりもさらに負担が大きいのだ。
しかも薫は、私に飲ませるために血を何度も流している。
だけど私は与えてはいない。
ほんの少しの量でも、塵も積もれば山となる、だ。
負担はとても大きかったに違いない。
薫の言葉を止める理由は、一つもなかった。
そこからの三年間は、運よくというか、三人とも同じクラスで。
一緒に行動をしていたから、それでも特別なにかを感じる、なんてことはなかった。
だから、なのかもしれない。
今年になってクラスが、二人と分かれた。
血を吸い合う関係だから、了とは毎日のように顔を合わせる。
だけど、薫は私たちをまるで避けるように、会ってくれなくなった。
実際は、自分の吸血のために相手を探したり、吸ったりで、そういう時間がもてなかっただけなのかもしれないけれど。
それが、寂しかった。
「今日も薫に会えなかった」
吸血行為を終えて、左手の人差指に絆創膏を巻きながら呟く。
了がこちらを見る気配。
「なあに? 唇尖らせちゃって。俺じゃ不服?」
「そうじゃなくて。いつも三人で行動してたから、なんか寂しいなって思っただけ」
「ふぅん?」
なにかを含ませるような言い方に、私は了を睨みつける。
了は片方の口の端を上げている。
「なに?」
「なんか、ここんところ毎日そればっかりだなぁって思っただけ」
さっきの私の言葉に被せるように、了は言う。
なんだかその言い方が気に入らない。
「文句あるの?」
「いーやー? ないけどね。俺としては嬉しい限りだし」
「どういうこと?」
よくわからずに首を捻る。
了は手近にあった椅子の背もたれを持ってクルリと自分のほうに座面を向けると、そこに腰かける。
「薫さ、性別としては男だけども、ずっと女の子であろうとしてるじゃん? 体格も、男の子と比べればほっそいけど、女の子と比べればやっぱりがっしりしててさ。……まあ、あまり好意的に思ってくれない人が多くて。吸血するときだって、男の子も女の子も嫌がって、容器に血を垂らして薫に飲ませるんだってさ。吸血行為って、基本的にもう吸血済みじゃない限りは拒否はできないからさ。あんまり拒否してると、相手が枯れちゃう可能性もあるから」
「なにそれ」
流石に酷くないか。
強く言えば、了は肩をすくめてみせる。
「感じ方も考え方も人それぞれってね」
「だからってそんなあからさまなことをしなくても」
「だからこそ、俺は嬉しいんだよ。沙也加が薫のことをちゃんと大切に思ってくれててさ」
「……当たり前でしょ」
薫だけじゃない。了だって大切だ。
二人が笑顔でいてくれたら、私だって笑顔で過ごせる。そう思えるくらいには。
「薫、どうにかできないのかな」
「……どうにもできないよ。だって、俺たちじゃ与えることができないんだから」
了の表情は、とても寂しげに見えた。
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