花人病は、果たして復讐の病だったのか。
その手は震えている。
当たり前だ。
タイミングからして、多くの人の人生を狂わせた
「了……」
「きっと、花人病は吸血鬼である俺の両親から、吸血鬼を……罪のない数多くの吸血鬼を狩り尽した人間たちへの、復讐の病なんだ。始まりは、多くの罪のない人間を襲った吸血鬼だった。だけど、それだからって、吸血鬼皆がそいつらと同じことをするとは限らなくて。それなのに、国内の吸血鬼を、人間たちは問答無用で狩っていった。でもさ、それだって、全員が全員じゃない。現に、父親が不審死を遂げるまで生きていられたのは、命がけでかばってくれた人間の知り合いがいたからだ。それがわからないはずがないのに、どうして……」
筋張った両手が、了の顔を覆い隠す。
「……なんで、了のお母さんとお父さんが、死ぬ必要があったの?」
「たぶん、花人病を作り出す、代償になったんだと思う」
「そう、なんだ……」
妙に引っかかった。
わざわざ自分の子供を妹に預けてから死んだ両親。
復讐のためだけに、子供を置いて死ぬのだろうか。
それに、女の子を、母親のことを思って、自分が視えることを言わないでほしいと頼んだ精霊が、復讐のために力を使うことを、よしとしたのだろうか。
引っかかるけれど、でも、了の両親も、精霊も、私は知らない。知らない人の考えはわからない。
そこで、ふと、もう一つ引っかかることに気づく。
「……了は、花人病患者なの? それとも、吸血鬼としての吸血衝動に駆られたときに捕らえられて、ここに来たの?」
今訊いてもいいのかわからなかったけれど、問いかける。
了は顔から手を離して答えてくれる。
「俺は、吸血鬼であり、花人病患者だ。……だからなのか、少し特殊で」
「特殊?」
「俺、たぶん花人病が流行りだしてすぐに花人病にかかったんだ。だから、吸血鬼だけど日光の下でも活動できるし、逆に、十年を過ぎてもまだ俺は生きている」
「え」
「バグみたいなものじゃないのかな、これ。きっと、十年を過ぎても生きているとは言っても、吸血鬼の寿命よりは短い時間しか生きられないとは思う」
ハハッと乾いた笑いが暗闇に響く。
でも、笑い声をあげたその表情は、痛みを感じているのに、それを伝える方法を知らないような、知っていたけれど忘れてしまったような、そんな表情で。
口を開くけれど、なんと声をかけたらいいのかわからなくて、私はもう一度口を閉じる。
「……
「ん?」
「あのとき、薬が他になくて、君に俺の血を飲ませた」
脳裏によみがえる、あの光景。
私が薬を踏み潰し、そして、了が私に血を与えた。
「一か八かの賭けだった。なんせ、俺の血を飲ませた人なんて、今まで一人もいなかったから。ただ、もしかしたら、と思ったんだ。沙也加は、吸血鬼が、実は一度死んだ人間がなんらかのきっかけを与えることでよみがえったものじゃないか、っていう説を知っている?」
「知らない」
突然何の話をするのだろうと、私は首を傾げる。
「そういう説が、あるんだよ。まあ、実際はどうかわからないけれど。他の吸血鬼がどうかはわからないけれど、俺には心臓あるし、なんなら動いてるし。で、さ。吸血鬼になるには、吸血鬼の血を飲む必要がある。それは知ってるよね?」
「うん」
常識だ。
なにを今更、と思いながら、私は頷く。
「……俺はさ、血を飲むことで、人間の身体から吸血鬼の身体へと作り替えられるのかもしれない、と考えていたんだ。だからもしかしたら、血を飲んだ直後はその作り替えの衝動で大人しくなるかもって閃いて、でも、誰かに試すことはできなかった。だって、試すためだけにこれ以上誰かの人生をぐちゃぐちゃにしたくなかったから。あのとき、君が薬を壊して。俺は他に対抗手段を持っていなくて。もしかしたら、と思ったんだ。迷っている暇なんて、なかった。時間が経てば出血で
頭を下げる了に、少しの間ポカンとしたあと、私は慌てて首を振る。
「了、大丈夫だよ。むしろ、ありがとう。あのままだったら私、薫を殺していたかもしれない。了だってどうなってたかわからない。……了のおかげだよ。本当に、ありがとう。それと……本当に、ごめんね」
頭を下げたまま、了は首を横に振る。
それが、了にとって吸血鬼はどんな存在なのかを暗に示していて。
なんだかとても、寂しかった。
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