それは、最悪な日への一歩だったという。

 ベッドに寝転べば、真っ白な壁と対面することになる。

 その壁とじっとにらめっこ。

 決着なんてつくはずのないそれは、私が瞼を閉じたことで強制的に終了する。


 今日もかおるの血を吸った。

 吸って……吐いた。


 吐いて、吐いて、吐く物がなくなっても吐き続けて。

 そうしてトイレから出れば、二人が心配してくれる。

 それがただただ申し訳なくて。


 ああ、嫌だな。

 なんで飲めないんだろう。

 飲まないといけないのかな。

 飲まずにこのまま、この間教えてもらった地下室に行けば、誰を襲うこともなく枯れることができる。

 そうすれば、泣くのを堪えるように顔を歪ませる薫を、吐くたびに見なくて済むから。


 血の味が苦手なのかと、薫に訊かれたことがあった。

 私は、好きではない、と伝えた。好んで飲みたくはないかな、とも。

 そのときの薫は、不思議な表情をしていた。

 ハの字に寄せた眉に、少し細められた栗色の瞳、そして緩く上げられた口角。

 泣きそうな、安心したような、でもどこか不安そうにも見える、そんな表情。


 私がもしもなにも言わずに姿を見せなくなったら、彼らは、泣くんだろうか。

 探し回ってくれるんだろうか。

 そこまで考えて、私は首を横に振る。

 なにを縁起でもないことを考えているんだろう。


 枯れたら駄目だ。


 せっかく二人がここまで色々としてくれているのに、それを水の泡にすることなんて、していいはずがない。

 誰かが、例えばその二人が、それでいいと言っても、私は頷けない。頷いてはいけない。


 もう寝よう。


 そう思って、私は一つ寝返りを打った。


 その翌日。

 私は右手の痛みで目を覚ました。

 そして、視界に入った紅い色に、ひっ、と引きつった悲鳴のなりそこないが零れた。


 真っ白なシーツは、ところどころ紅く染まっていて、私の右手には大量の噛み傷ができていた。その傷の中には、抉れて中の色が見えている物もある。

 そして口の中に広がる、菊の花の香りを纏った独特な味。


 なにがあったのか、なんて考えなくてもすぐにわかる。

 導き出されたその答えに、私はただ、ショックを受けた。

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