花人病患者は一度死んでいるのかもしれない、と彼女は言った。
「……あなたは、血を飲めなかったんですか?」
彼女は、少しだけ口角を上げる。
「飲めなかったんです。最初は。……たぶん、ですけど。私は人でいたかったんだと思います」
「人でいたかった……?」
繰り返せば、彼女は頷く。
「自分はもう、人とは違うんだ、と、わかっていても受け入れることができていなかったんです。だから、血を飲むことができなかった。血液なんて、人が飲むものではないから」
「
確かに、血を求めたり、咲いたり、枯れたり、人間ではないなにかになってしまったように感じる病だけれど。
彼らを化物だと言う人も大勢いるけれど。
でも、彼らは病を患っただけで、人間であることには変わりないと思う。
そう述べれば、彼女は、なんともいえない表情を浮かべて、俺を見る。それは、悲しそうにも、呆れているようにも見えて、なんだか落ち着かない。
「……吸血鬼って、一度死んだ人間が、いろんな理由でよみがえったものだって話、知ってます?」
「へ?」
なんの前ふりもなく問いかけられて、俺は間の抜けた声を出す。
おそらく、表情も相当間抜けだったんだろう。彼女は小さく吹き出すと、俺の返事を待たずにそのまま話を続ける。
「まあそれも、色んな説がありますけれど。元々は人間で、きっかけがあって吸血鬼になるって、なんだか日本で言う幽霊みたいですよね」
「はあ……」
話が見えるような、見えないような。
下手に返事をするよりは、このまま聞いていたほうが、変に話の骨を折るようなことにはならないだろう。そう思って、俺は黙ることにする。
「吸血鬼になるには、吸血鬼に噛まれる必要がある。……その話は、吸血鬼との交流が盛んになるまでずっと流れていました。でも実際はその逆だった。吸血鬼になるには、吸血鬼の血液を飲む必要があるんです。今では……ううん。十年位前までは、幼稚園児でも知っていたお話です。今はどうか、知りませんが」
彼女の薄墨色の瞳が、ふ、と虚空を見上げる。
「きっと吸血鬼の血液には、人を殺す力があるんだと思うんです。同時に、吸血鬼に無理やり変えさせる力も、もちろん」
「でも、吸血鬼にだって魂はあります」
まるで吸血鬼は死人だとでもいうような言葉に、俺は思わずそう遮ってしまう。
彼女は少し考えてから、口を開いた。
「……もしかしたら、魂はそのまま、身体だけ死んで、吸血鬼としての身体に作り替えられているのかもしれませんね。私たちには見えていないだけで」
「なにを、言いたいんですか?」
どうしたって人としては死んでいるということにしたいような彼女の口ぶりに、俺は眉間にしわを寄せる。
「
「……つまり、
「まあ、結局は身体が弱いところはそのままだったみたいなので、花人としての生を受けてもまた弱い身体にあたってしまったのかな、と……。そんなことを言ったら、怒られそうですけれど」
柔らかな表情で、小さな笑い声を零したあと、彼女はスッと表情を引き締める。
「花人という生き物になっているのに、私はそれを受け入れられなかった。そして、そのこと自体に私は気付けていなかった。……薫も了も優しいから。私が血を飲めるようにって毎日あの手この手を尽くしてくれたんです。でも、私は飲めなかった。口に含んでも、なんとか飲み込んでも、我慢できなくてトイレで戻してしまいました。その度に、なんで、どうしてって自分を責めました」
薄墨色の瞳が動いて、俺を捕らえる。まっすぐな瞳は、吸い込まれそうで。少しだけ、怖いと感じた。
「きっとあなたのお兄さんは、私がどうして血液を飲めないのか、その理由に、私よりも先に気づいていたんだと思います」
彼女は一度瞼を閉じる。一つ、息を吸って、吐く音。瞼を開けば、ゆるりとそれは細められる。
「あなたのお兄さんは優しい人です。きっと、親しい人を見殺しにすることはできなかったんだと思います。……彼は、恐らく彼にとって一番嫌であろう選択をしました。それが、彼自身を苦しめ、そして私のことも苦しめるかもしれないことを、きっと知っていたのに。ただ、私を生かすためだけに」
彼女の瞳が陰る。
「……二人の気遣いも空しく、私は結局、血を飲めないことで最悪の結果に至ります。……それが、三人で空き教室にいたときだったことは、不幸中の幸いでした。その少し前から、お話します」
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