誤魔化すのは難しい、と彼女は呟いた。
「おはよ……って、その手、どうしたの?」
教室に入り、席に着く。すぐに声をかけてくれた
私の右手には、包帯が巻かれている。
「保健室で巻いてもらった」
「え、なにがあったの。襲われた? 遅刻なんて珍しいから心配だったんだけど、大丈夫……ではないか」
心配してくれる彼に申し訳なくなって、そっと左手で右手を覆う。
「襲われてはいないし、なんか、
「……噛まれたの? 誰に?」
「……」
どんどん表情を険しくしていく了に、私はどうしようか、と悩む。
自分で右手を噛んだのは、きっと、血液が足りていないからだと思う。どう考えたってこうなったのは自業自得、血を飲めない私の自己責任だ。
でもそれを、協力してくれている人には言いづらい。
きっと、言えば心配される。それはいやだ。ただでさえ心配と沢山の迷惑をかけている自覚はあるから。
言いたくない。
でも、了はしつこく訊いてくる。
なにがあったんだ、誰に噛まれたんだ、大丈夫だったのか、他に怪我はしていないのか、などなど。
心配してくれるのはありがたいけれど、段々と苛立っていく。
たぶん、私と了の立場が逆でも、私は彼と同じように問い詰めるだろう。
だって、下手をすれば今日こうやって会うことがなかったのかもしれない、という考えが頭をちらついてしまうのだから。
私は、初めて襲われたあの日まで、花人専用の土地がどれだけ危険な場所か、理解していなかった。
当たり前だ。それまでそんな場所に遭遇したこともなければ、急にクラスメイトの欠席が続いて気づけば名前が呼ばれなくなる理由に気づくこともなかったのだから。
暴走した誰かに、他の花人が襲われるということ。
襲った花人や襲われた花人が枯れるということ。
血を飲み続けて、花を咲かせるということ。
その結果として、昨日までそこにいた花人が、突然姿を見せなくなる……見せることができなくなるということ。
それは、この都市では当たり前のこと。
初めてこのクラスに来て、挨拶をしたときに感じた恐怖。
あれはもしかしたら、昨日まで笑いあった相手が今日いないかもしれないことが日常の彼らと、それが非日常だった私との温度差のようなものだったのかもしれない。
私にとっての非日常は日常になり、襲われかけることも、襲われた人を助けたことも、助けられなかったことも、それなりに経験してきた。
もちろん、
むしろ、私なんかよりも多く、そういった経験をしている。
だからこそ過敏になるし、だからこそ、私は、流してしまいたいのだ。
「ねえ、了、うるさい。別にこれくらい大丈夫だから」
「包帯巻いてるくせに、どこが大丈夫なんだよ。大丈夫じゃないだろ。なあ、そんなに俺になにか言うことできない? 頼りない? それとも信用できない? 弱味につけ込みそうな奴だと思われてる?」
「待ってよ、誰もそんなこと言ってないし、思ってもいないから」
「じゃあなんで言ってくれないんだよ……」
頬を膨らませる了。軽く見せようとしているけれど、中央が頂点になる形で寄せられた眉や、涙を堪えるように伏せられた瞼から、了の心情なんて簡単に察することができる。
そしてそれは、私が彼に抱かせたくないものだ。
「……薫には、内緒にしておいてくれる?」
せめて、血液を分け与えようとしてくれている薫にだけは、知られないようにしたい。
「……話による」
「……」
了の正直な返答に、私は口を閉じる。
二人の間に広がりかけた沈黙は、一時限目の開始を知らせるチャイムと、入ってきた先生の挨拶によって、消えていった。
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