それは、ある晴れた夏の日。

 じわじわと暑苦しいセミの鳴き声に、これでもかと降り注ぐ日光。……そんなに主張しなくても、誰も君たちを忘れたりしないから。

 もう少し、謙虚、という言葉を覚えてほしい。


 私たち学生が生活する学生寮は、女子寮と男子寮にわかれている。

 ちょうど真ん中に、二階より上のフロアにはフリースペースが、そして一階には、玄関がある。

 その玄関を出て、様々な花の前を通り過ぎたところにある門に、私は今、もたれかかっている。

 自然に生えているのか、それとも元々は人だったのかわからない木が、申し訳程度に日陰を作っている。そう、作ってくれてはいるのだが、その上からでも日光と蝉の鳴き声が、シャワーのように降り注いでくる。

 シャワーならいいのに。蛇口をひねって止めればいいのだから。

 小さく舌打ちをして、本のページをめくる。


「久しぶりー!」

「お待たせいたしました」

 読んでいた本から顔を上げれば、玄関から出てきたりょうかおるが私に手を振っている。

 左手首に付けた腕時計に目をやる。

 待ち合わせ時間ぴったり。 


 紺色の日傘を差した了の隣には、一緒に日傘の中に入っている薫がいた。

 薫の頭には、つばの広い、いわゆる女優帽が乗っている。

 日傘は了、帽子は薫の持ち物だ。

 身体が弱い薫を気にしてか、了はいつも日傘を持ち歩いている。そして外に出れば、日傘を差してその中に薫を招くのだ。

 一度、一緒に入るか、と誘われたことはあるけれど、どう考えたって一つの日傘の下に三人も入るはずがないので遠慮をした。


「久しぶりってほどでもないんじゃない? 誰かさんの宿題を手伝うために、三日前にも集まったばっかりでしょ」

 三日前の朝。

 いきなり、宿題が終わりそうにないから助けてほしい、という電話を了から受けたのだ。

 まあ、どうせ終わりそうにないなんて言って、そこまでの量じゃないだろう、と油断していたら、まさかのほぼ白紙状態の宿題の山が待っていた。


 ちなみに、私は夏休み終了一週間前には宿題が終わるようにこつこつと片づけていたし、薫に至っては、最初の五日間ですべて終わらせている。

 了は計画性が皆無なのか、ただの面倒くさがり屋なのか、それとも単純に馬鹿なのか……考えたくはないが、そのすべてなのかもしれない。

 とにかく、そんなことで唸っていても仕方ないということで、私は気合いを入れ直し、さらにそこに倍近く上乗せして、先に来ていた薫と共にその山に挑んだ。

 結果、就寝時間になる頃には、九割の宿題をなんとか終えることができた。

 そのお礼に買い物に付き合ってくれるということで、夏休み最終日の今日、私たちはここにいる。

「いやー、その節はどうもお世話になりんした」

 演技掛かったお辞儀をする了に、私と薫は眉間にしわを寄せる。

「心が籠ってない、やり直し」

「えー!」

 不満気な声を上げる了に、私と薫は顔を見合わせる。

 薫は口角をキュッと上げる。いわゆる悪い顔。美人がやると、迫力が違うな、なんて小さく感動してしまう。

「私、アイスが食べたいですねえ」

「今って近所のアイスクリーム屋さん、ダブルの値段でトリプルにできるよね」

 薫の言葉に、うんうんと頷いて私は乗っかる。

「……おごらせていただきます」

「そうと決まれば、行きましょうか」

「そうですね」

 私と薫は嬉々として歩き出す。計画通りだね、なんて笑みを交わしながら。

 隣からなにか聞こえた気がしたけれど、これはあれだ、聞こえないふりをするに越したことはない、というやつだ。

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