『彼女』は本当に、美人だったらしい。

 花人はなびと専用の土地では、専用の通貨を使うことになっている。

 他の通貨は使用不可だけれど、決められた方法で両替することはできる。


 その通貨、通称……というか、そのままなのだけれど、花人通貨の単位は、ひらだ。一円イコール一片。その名前の通り、硬貨は丸みを帯びた花びらの形をしている。ちなみに、札束には値段ごとにそれぞれ違う植物の絵が刷られている。梅が千片、竹が五千片、松が一万片。

 バイトが許可される高校卒業までは、お小遣いと称して、月に一度支給される。高校を卒業すれば、この土地で働いて、稼ぐことになる。


「……オムライス、三百三十片……」

 普段、自分のお金で外食なんてしたことがないから、これが高いのか安いのかわからない。

 この中学に入る前の、研修期間のような一か月間は、向こうで決まった食事を用意してくれていた。服だって用意されていた。……つまり、今までお金を使う機会はなく、今、こちらに来て初めて、お金を使うわけだ。

瀬戸せとさん、大丈夫? だいぶ悩んでるみたいだけど……?」

「だ、大丈夫です!」

 高くても安くてもいいや、オムライス食べたい気分だし、と、私はお金を入れて食券を発行した。

 先に発券していた彼と共に受付口へ行き、女性に食券を渡す。ぺりっと気持ちいい音を立てて、女性が半分にちぎってくれた。


 その片割れと、番号の書かれた札を受け取ったときだった。

「あ、いた」

「え?」

 誰かを見つけたらしい彼は、私の腕を小さく引っ張ってから顎でその人を指す。

 墨汁のような色をした長い髪に、心配になるほど白い肌の色。間違いない、今朝のあの人だ。

「行くよ」

「え、あ……!」

 そのまま半ば引きずられるようにして、その人が座っている席まで行く。

 すぐ隣まで行けば、彼女はゆったりとした動作で私たちを見上げる。そして私を見ると、不思議そうにパチパチと瞬きをする。

 少し量が多くて長いまつげ。その隙間から覗く瞳は、綺麗な栗の色。目の形がスッと横に長いから冷たく感じそうなのに、柔らかな瞳の色だからか、優しく感じる。

 なんていうか、美人さんだ。儚い雰囲気がとてもよく似合っている。

「よっす。一緒にいいかな?」

 彼が片手を挙げれば、彼女は眉を上げ、淡く色づいた薄い唇を開く。

「別に構いませんよ。それにしても、女の子連れだなんて、珍しいですね」

 予想外にハスキーな声に、え、と固まってしまう。

かおる、瀬戸さん驚いてるよ」

「あ、瀬戸さんっていうんですね。私は諏訪すわかおるです。よろしくお願いします」

 諏訪さんは、彼の言葉をサラリと無視する。綺麗に弧を描く閉じられた瞼と薄い唇。本当に、綺麗だ。

 それでも、声と外見との差の激しさに、私はパクパクと口を開閉することしかできない。

「あ、やべ。俺ずっと名乗ってなかった。瀬戸さん瀬戸さん。僕は煤崎すすざきりょう。よろしくね……って、まだ衝撃から戻ってきてない感じかな」

 目の前で振られる手に、ハッと我に帰る。

「……あ、えっと……。瀬戸せと沙也加さやかです、よろしくお願いします」

 なんとか名乗れば、よろしく、と二人はにこやかに返してくれる。

 番号を呼ぶ女性の声。ふ、と札を見れば同じ番号。横に影ができる。

「あ、呼ばれてるの、僕らか。……ってあれ、薫はなにも食べないの?」

 先に座っているのに、諏訪さんの前には食事らしきものがなにもない。疑問を投げかけた煤崎さんと一緒に、私も小さく首を傾げる。

「私はこれで充分ですから」

 煤崎さんが向けた視線に、諏訪さんは緑色のスムージーを振ってみせる。

「ちゃんと食べないと、枯れたり咲いたりする前に倒れるよ」

「大丈夫です、倒れても死ねませんから」

 ハハッと笑い声をあげる諏訪さんに、煤崎さんは顔をしかめてみせた。

 だけど、もう一度番号を呼ばれて、煤崎さんは諏訪さんから私へと視線を方向転換させる。

「いこっか」

「あ、はい」

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