断ればよかったと、彼女は小さく呟いた。

「あれ……」

 二時間目の授業が終わったあと。

 窓の外を眺めていたら、人を見つけた。

 鞄を持っているので、きっと今登校してきたのだろう。体調が悪いのか、少しフラフラしているように見える。

 少し強めの風が吹けば、遠くに飛ばされてしまいそうなか細い身体。

 墨汁のような暗い色の、よく手入れされた長い髪を、ひざ丈のスカートと一緒に風がサラサラと撫でていく。

 透き通るような肌は、白を通り越して、少し青いくらいだ。

「……」

 大丈夫かな。倒れないといいけれど……。

「今日も遅刻か……」

 ポツリと呟かれた言葉に、私は振り向く。

 私の隣の席に座る声の主は、私と目が合うと、その目を細める。

「外にいる奴、見てたでしょ」

「……まあ、はい」

 私が頷けば、彼は口の端を上げる。

「見ればわかると思うけど、あいつ、身体が弱いの。その上朝に弱くて。だいたい遅刻してくる。今日は比較的早いほうかな」

「へえ……」

 なんて返せばいいのかわからなくて、私はまた窓の外へと視線を向ける。

 わかってる、こういう反応しかできないから、友達ができないんだってことぐらい。

 もう少し、相槌をちゃんと打てたらいいのに。

「あいつのこと、気になる?」

「え?」

 問いかけの意図がわからず、相手の表情を見るために振り返る。

 彼は先程よりも口角を高い位置まで上げている。……からかわれている?

「なんでですか?」

「いや、あんまりにもまじまじと見てるからさ。もしよければ、昼休みにでも紹介しようか? あいつと僕、ここに来たのが同時だったから、仲いいんだ」

「……えーっと」

 なんでそんなにグイグイ来るのか。

 私は若干引きつつ、なんとか笑みを作る。

「……そう、ですか」

「え、それは了承ってこと? それとも嫌ですってこと?」

 いや、どう考えてもどっちでもないでしょ! と、脳内で突っ込む。

「私は……」


 結構です。

 遠慮します。


 そう言いかけて、飲み込む。

 このままじゃ、同じだ、と気づいたから。


 私は長くてあと十年しか生きることができない。

 それなら、一人くらい、友達を作ってから死にたい。

 ちょっとグイグイ来られて怖いけれど、でも、これがきっかけで友達ができるかもしれないのなら、頷いてもいいんじゃないだろうか。

 それに、もしも悪いほうに転んで恥をかくようなことになっても、あと十年しか生きていられないんだし、まあ、なんだ。ある種の諦めがついて、いいかもしれない。

 心の中で頷くと、私はその、紅が混じったように見える焦げ茶色の瞳を見つめる。

「了承のほうで、お願いします」

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