転校先には、不思議な瞳の男子がいたという。

 それから数日間。

 よくわからない建物の中で寝泊まりをした。

 そこには自分と同じように花人病を患ったばかりの人たちがいて、まとめてこの花人病はなびとびょう患者専用の町のルールやそのほか諸々を説明された。

 そして学生はそこで、この町の学校の授業内容に追いつくまで、補習を受けるような形になる。

 それを一か月かけて終え、私は学生寮へと移動し、その翌日、中学へと登校した。


瀬戸せと沙也加さやかと言います。……よろしくお願いします」

 黒板の前。先生の隣で名乗り、頭を下げる。

「一番右奥の席が、瀬戸の席だ。わかるか?」

「……はい」

 私は指定された席に向かう。

 静かな教室だった。

 ショートホームルーム中だから、当たり前なのかもしれないけれど。

 でも、なんだかそれだけじゃない気がして。上手く言えないけれど、ちょっと怖い。

 一番右奥の席。

 言い方を変えれば、窓の隣の一番後ろの席。

 その席に着くと、隣に座っている男の子が私のほうを向き、口角を上げる。

「よろしくね」

「……よろしくお願いします」

 小声で挨拶を返して会釈をする。男子は目を細める。

 印象的な瞳の男の子だ。

 パッと見では、髪の毛と同じ焦げ茶色に見える。

 でも、よく見れば深い、血のような紅色が混ざっているようにも見える。


 紅い瞳には気をつけなさい。

 それは吸血鬼の瞳だから。


 小さい頃、親に読んでもらった古い絵本に書いてあった言葉。

 まさか。

 いやでも、国内の吸血鬼は、吸血鬼狩りによって何年も前に滅びているはず。

 あの、吸血鬼による大量殺人事件以来、海外から国内に入る際は厳しくチェックをされる。そして吸血鬼の可能性が少しでもあるとなれば、一歩も中へは入れない。

 つまり、海外からやってきた吸血鬼、というわけでもないと思う。

 だからきっとその瞳は、光の加減で紅色が見えるだけなんだろう。


 もしも本当に紅色が入っていたとしても、吸血鬼ではないはず。

 吸血鬼の血を飲まない限り、吸血鬼になることはない。

 同じ学年ということは、同じ年齢なわけで。

 私たちの学年は、吸血鬼狩りが終わった次の年に生まれている。だから、吸血鬼にはなりえないのだ。

「僕の顔になにかついてるのかな?」

「あ、いや、ついてない、です」

 フルフルと首を横に振れば、男の子は再び目を細める。

「そう?」

 クスクスと小さな笑い声に、少しの罪悪感と恥ずかしさを覚える。

 小さく、ごめん、と呟いて私は顔ごと目をそらす。

「――じゃあ、今日も一日、後悔のないようにな」

 先生がぼそぼそと言うと、学級委員らしき女の子が、起立、と号令をかける。

 それに合わせて立ち上がり、礼をして着席する。

 教室から先生が出ていくと、ざわざわと皆が動き始める。そのざわめきに、先ほど感じた怖さはどこにも見当たらない。


 なんだ、今まで通っていた中学と変わらないんだ。


 そう思うと安心して、フッと身体から力が抜ける。

 次の授業の用意をしてから、窓の外をなんとなく眺める。

 小学生のとき、何度か転校生がクラスにやってくることがあった。

 そのたびに皆、我先にと話しかけに行っていたけれど、ここではそうではないらしい。

 それも、当たり前かもしれない。

 普通の学校と違って、ここは花人専用の土地にある学校だ。

 新しく入ってくる人なんて、珍しくもなんともない。

 そのたびに話しかけていたら、疲れてしまうだろう。

 それに、時間だって限られている。

 限られた時間を、新しくやってきた見ず知らずの人間に接することに使うよりは、親しい友人と話すことに当てたほうがきっと楽しい。


「……」


 やっていけるのかな、私。

 小さな不安が、一滴の雫のように心の中に波紋を作る。

 転校生がやってきたとき、私はただ、人だかりの外からなんとなくその光景を見ているだけだった。

 それだけじゃない。

 入学したときも、クラス替えのときも。

 新しい仲間を作ろうとしている輪から、ぽつんと離れたところにいた。

 別に、友達なんていらない、とか、そんなことは思ったことがない。むしろ欲しい。私だって、皆と一緒に会話をしたい。

 だけど、なかなか自分から話しかけることができなくて。

 じっと待ってみるけれど、誰も話しかけてはくれない。当たり前だ、待ってるだけで友達ができるほど、世の中は甘くできていない。

 小さくため息。

 弟は……博貴ひろきは、元気だろうか。

 あの子は、明るく笑う子だった。元気で、動き回るのが大好きで。私と違って友達を作るのが上手くて……違う、あの子は作るのが上手いんじゃなくて、人を引き寄せるような、そんな性格をしていたんだ。

 傍にいたい、そんな風に思えるような、いい子。……まあ、姉だからそう感じていたのかもしれないけれど。

 私のせいで、あの子の笑顔が曇らなければいいけれど。……どうか、治らないような傷をつけてしまったのなら、私ごと忘れてしまってほしい。


 あの子には、幸せになってもらいたいから。ずっと笑っていてほしいから。

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