アイソレーションブレイク

@calm4649

アイソレーションブレイク

白牙びゃくがぎんはある理由から、登校拒否をしていた。そんな銀の心を動かした物語が今、紡がれる──



銀は今日も学校には行かなかった。

今日もまた、家ですることもなく微睡まどろんでいる。


[おーい、銀。起きてるかー?]


と、唯一の友達の金剛こんごう 魁真かいまからメッセージが来る。


[今、少し眠ろうとしたところ]


と、銀は返す。


[そんなところ悪いんだけどさ…今から、クラスの学級委員長と一緒にお前の家に行くことになったわ…]


そのメッセージに酷く驚いた銀は、危うく手を滑らせてスマホを床に落としそうになる。

そして、大きくため息をついて、一人きりの部屋で呟く。


「なんでそんなことになるんだよ…」



ピンポーン


魁真から連絡が来て暫くして、インターホンが鳴る。

魁真だと思い、銀はベッドから降りて玄関へ向かう。

銀が玄関の扉を開けると、そこには自分と同じぐらいの年に見える女の子が立っていた。後ろには魁真も立っている。


「えーっと、学級委員長の方?」


と、銀が聞くと、


「そうです。一応、あなたのクラスの学級委員長の真川さながわ 琥珀こはくです。今回はあなたに用があってきました。」


堅苦しい挨拶をした真川は、そのままずいっと前に出てきてこう言った。


「学校に来なさい」

「嫌だ」


銀はそう即答する。


「何故です?なんか理由があるのですか?」


と、聞かれた。

魁真は知っているが、真川に教える義理はないと銀は思った。


「君には言いたくない」


なので銀はそう言った。

しかし、彼女も諦めることはなく、執拗に理由を聞いてきた。

しかし、銀も頑なに理由を話しはしなかった。

それからほぼ毎日、学校に来いと彼女は言いにやってきた。

しかし銀もひたすらにそれをこばみ続けた。



ついに、ある日、

彼女は今までの苛立ちが爆発したのか、


「いい加減にしてください!何でそんな学校を拒絶するんですか!?」


と、怒鳴った。

しかし、銀は落ち着きながら、


「じゃあ何で僕を学校に連れていこうとするの?」


と言った。

真川は一瞬キョトンとした顔をする。

そしてすぐに顔をしかめて、


「それは…先生とかもあなたのこと心配してたし…」


と言うが、語尾が口ごもっている。

銀はさらに追い打ちをかけるように、


「じゃあ、僕のことは気にしないで。心配してもらいたくて、学校行かないわけじゃないんだ」


と、冷たく言い放つ。

ダメだ、これ以上言うと…

そんな嫌な予感が銀の頭をぎる。

しかし、彼女も食い下がり、


「…!?人が心配してるのに何様ですか!?」


と、怒鳴る。


「君こそ、心配してるだけで何様のつもり?」


冷たい言葉が真川を突き刺すように口から出る。

そして…ついに言ってしまう。


「さっきからさぁ、偉そうに心配してあげてるって言ってるけど、僕は別にそんなこと望んでないんだ。先生が言われたから、学級委員長として頼まれているからきてるだけでしょ?そんなの、タダの…」


ここまでいう必要はなかっただろう。

真川は既にいつもの強気な表情とは違い、今にも泣きそうで負けてしまいそうな顔だった。そんな顔をした真川にここまでいう必要はなかったんだ。

しかし、心から溢れた言葉は、止めることも出来ずに口を飛び出した。


「偽善者じゃないか」


冷たく、鉛のように重い空気があたりを支配する。

最後に言った台詞は、おそらく、彼女の心に深い傷を、記憶にはトラウマを刻み込んだだろう。

そんなことを今更ながら後悔していると、その場で硬直していた彼女は小刻みに震えながら、


「誰が偽善者ですか…!私は偽善者なんかじゃない!!」


と叫び、後ろを向いて走り出した。


「…」


しかし、銀は何も言わずに、ただただ走り去る真川の後ろ姿を見ることしか出来なかった。


「偽善者じゃない。か…」


銀はそう呟き、少しずつ暗くなっていく空を仰いだ。



「偽善者じゃない」


あのあとも銀の頭の中にはその言葉が張り付いて剥がれなかった。

いつぶりだろう、そんなセリフを聞いたのは。

そう、それは銀がまだ小学校高学年の頃。

ある日、クラスメイトと口喧嘩をした。

最初はとても小さなことだったのだ。掃除の時間に相手の子が遊んでたところを銀が注意をしたが、相手はそれが気に食わず、文句を言い返してきたところから始まった。

暫く口喧嘩をしていると、相手が、


「そんなに掃除が大切かよ!この偽善者!」


と、言った。

恐らく相手は、どこかで聞いた程度の悪口で、意味もよく分かっていなかったのだろう。しかし意味を知っていた銀は、何故掃除をしっかりやっている人がそんなことを言われなければならないのだろうか思い、その言葉に、そしてその言葉を放ったクラスメイトに強く深い怒りを覚えた。


「偽善者って言うのはお前らみたいな自分の利益しか考えない奴のことを言うんだよ!僕は偽善者じゃない!偽善者はお前らだ!」


と、銀は怒号とともに言い放った。

すると、相手は泣いてしまったのだ。

人間は哀愁が湧く方に同意してしまう生き物だ。泣かせた方が悪いと決めつける悪い習性がある。

なので、相手と一緒に先生に怒られたが、その時になっても相手は泣きそうな顔をしていた。

先生もそれを見て、銀の言い過ぎが悪いと言った。

銀は元凶はあちらだと説明したが、誰もがまるでこちらが一方的に言ったかのように銀を責めた。唯一、悪いのはお前だけじゃないと言ってくれたのは魁真だけだった。

しかし、銀はその日から学校へ行くのをやめた。

銀はこれ以上学校へ行く意味を見いだせなかった。そして、自分のせいで僕の味方をしてくれた魁真まで嫌な思いは絶対にして欲しくなかった。


そこまで思い返したところで、銀はハッとして現在時刻を確認する。

午後八時。

先程、真川と喧嘩したときは空はまだ赤みを帯びていたが、その空もいつの間にか闇に覆われていた。


「することないな…」


お風呂もご飯も既に済ませてしまったのでやることがない。


「魁真ならまだ起きてるかな」


と思い、魁真にメッセージを送る。


[今日、真川と喧嘩した]


突然にも程がある文章だと自分でも思ったが、今はこう言うしかなかった。

すると、魁真から返信が届いた。


[そうかー。真川、頑固だからなー]


メッセージには思ってた以上に軽い内容だった。しかし、銀の心はただただ重かった。


(違う…、彼女は悪くない…。だからといって僕も悪くないはずだ…。だけど…、どうして…)


「どうしてこんなに、心が痛いんだよ…!」


銀の頭の中に渦巻いていた暗い思考は徐々に量を増し、溢れ出して、ついに言葉となって暗い部屋の中に小さく響いた。

溢れた言葉は声となり、嗚咽となり、そして、涙となり、零れていった。

溜まっていた気持ちを涙で洗い流した銀は、魁真にこんなメールをした。


[明日、真川と一緒に僕の家に来てくれないか]


魁真からの返事は、[いいぞ〜]だけだった。

しかし、相変わらず軽いそれには魁真の優しさを感じた。


そして翌日、約束通り魁真は、真川を連れて家まで来てくれた。

真川もやはり昨日のことをまだ気にしているらしく、少々機嫌も悪いようで、一言も喋らない。

銀はあることを話すため2人に「上がってよ」と言う。

真川は少々躊躇いながらも、魁真に押されて家に上がっていた。

2人を客間に案内して銀は話し始める。


「魁真は知ってるだろうけど、僕が学校に行きたくない理由を教えるよ」


すると、今まで一言も喋らなかった真川が、


「なんで?こんな突然に」


と言う。


「昨日の詫びみたいなもんだよ」


と、銀は言う。

真川は「ふーん」と言って、再び口を閉ざした。

そして、銀は、昨日思い返した、小学校の頃の話をした。

その間、真川はずっと黙っていたが、しっかりと聞いてくれているようだった。

話が終わったあと、真川が、


「ふーん。登校拒否の理由はわかったわ。じゃあ私は帰るわね」


と、言ったので銀は慌てて真川を引き止め、


「待って。まだ続きがあるんだ。ここからは二人共知らない話だから。僕の拒否のもう一つの理由…」


銀は一番伝えたかったもう一つの理由を話し始める。


「あの時、魁真だけは僕だけを責めたりしなかったんだ…。『喧嘩両成敗だ。しょうがない』って言ってくれた…。それが嬉しかった。嬉しかったからこそ、魁真にまで僕みたいになって欲しくなかったんだ…。だから魁真のためにも…」


そこまで言ったところで魁真が立ち上がって怒鳴った。


「銀!?何言ってんだよ!俺のために登校拒否だって!?ふざけんな!誰がお前が登校拒否して喜ぶんだよ!」


銀は、久しく聞いた親友の怒声に、


「だって…魁真まで『偽善者』って言われるのは嫌だから…!」


と言っても、魁真は納得してくれなかった。

すると、2人の話を聞いていた真川が口をはさむ。


「白牙。金剛の言うことももっともよ。私だって金剛と同じ立場だったら同じ考えになると思うわ。それに…」


一呼吸置いて真川が言う。


「たとえその行為が偽善だったとしても、その偽善で他の誰かが、ほんの少しでも幸せになってくれればそれでいいとは思わない?」


真川が優しく言ったその言葉に、銀はある種の強い衝撃を受けた。


「で、でも…あの時幸せになった人なんて…」


しかし銀は俯きながら言う。

すると、やっと落ち着いた魁真はニカッと笑って、


「何言ってんだよ。学校が綺麗になって不幸な奴なんていないだろ?」


と言う。

銀に別の衝撃が襲った。

今まで意味が無いと思っていた行為に意味が与えられた。そう思うとただただ嬉しかった。

すると、真川はため息をいて、


「私が言えるのはそれぐらいよ」


と、言って立ち上がる。


「私は帰るわ」


と、真川は言った。

2人が帰る時、銀が玄関まで見送りに行くと、途中で真川はこちらを向き、


「明日から、学校来なさいよ!」


と、いつもの口調で言っていた。


「わかった」


と、答えると、真川は再び歩きだす。


「真川」


銀は真川に後ろから声をかける。


「ありがとう。あの言葉、忘れないよ」


と、言った。

真川は一瞬キョトンとしたが、すぐに、


「どういたしまして」


と言った。

そして真川は綺麗なだいだいに染まった夕暮れ道を今度こそ帰っていった。

Fin.

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