第5話

 必修だから仕方がないとはいえ、金曜日に授業が詰まっていると気が滅入る。提示された課題の量に溜息をつきそうになりながらも、飲みこんでノートを鞄にしまう。来年度はもっと必修が増え、配属する研究室を決めるための各研究室の実験を経験し、実験してはレポートを提出し、と、先輩全員が大変だと口をそろえる学年になることを思えば、まだましなほうだと自分に言い聞かす。

 教室を出る間際、同じ学科の子に課題明けの吞み会に出席するかと聞かれた。そう何度も何かにつけて開催して、みんなよく体力と懐が間に合うなと思いながら、話は断る。女の子いないんだよ、と手を合わせられるが、ほとんどの料理が残されてしまうコースの吞み会はすきではない。お酒もそう飲むほうではないし、やはり重ねて断る。

 高校までを考えるとこんなに何度も断っているのに、毎回誘ってくれる今の同級生たちはありがたく、年に一、二回は断りきれずに出席することになるのだが、今はその余裕はない。それでも気が向いたら来てねと言われて、ありがとうと礼を言う。

 学校を出て、いつもの電車に乗り、るり子の勤める大学へ向かう。今日は電車の掲示板もとまったりしていなかった。

 昨日は結局、あのあと鷹村からの返事はなかった。朝に充電器から外して画面を覗いたとき、何の通知もなかったのを残念に感じたのは否めない。もらったメールに智枝子が返したという形であるから、くるとも思ってはいなかったし、勝手なことを言ってしまったので、返信がきても見るのがこわいと思うに違いないのだが、それでもいざこないと落ち込むのだから実に身勝手だ。

 もう一度、今日何度目か画面を覗いてみるが、やはり連絡はなかった。ついでに発着信の履歴を見て、表示されている通話時間に、課題で我慢した分も一緒に吐き出すようにして溜息をついてしまう。鷹村にメールを返したあと、廣谷に電話しなおしたら、けっこうな時間を喰ってしまった。今月は普段の倍くらいの値段が請求されそうだ。


「いま廣谷が話をしてる」

 部屋に入るなり、るり子に言われる。外の日がだいぶ長くなってきたので意識していなかったが、右手首につけた時計を覗けばもう夕方と言ってもよい時刻を指していた。今日は授業が午後に二つあったので、昨日に比べればかなり遅い。

 そう、と返事をして、鞄をソファに置く。事前にもらった連絡によれば今日はプリントの整理が手伝いの内容であり、ソファ前のテーブルにはすでに大量の紙が積み上げられていた。いくつかの山に分けられているこれを一枚ずつ重ねて、ホッチキスでとめなければならない。早速ソファに腰掛け、重ねてはとめていく。五枚の紙を挟むと、毎回ばちん、と小気味よい音が部屋に響いた。

 ほら、とるり子がお茶をいれた湯呑みを智枝子に渡してくる。ありがとうとそれを受け取り、一口だけ飲んだ。ついでに自分の分も新たについだようだ。それで思い出す。

「昨日巴たちが帰ってきてね、これお土産。るり子さんの分」

 朝に「渡しておいてね」と念を押された牛タンジャーキーと、銘菓を二つ手渡す。ジャーキーのほうは帰ってからつまみにでもしてくれればと思うが、お菓子なら少しおやつには遅い時間にしても、新しくいれた緑茶にはちょうどよいだろう。

「今回は東北か」

 礼とともにそう言って、るり子は早速とばかりに封を開けた。おいしそうに頬張る姿を見ながら、智枝子はまた作業へと戻る。巴はまだ幼いのでいくつかの好き嫌いがあるが、基本的に山宮の身内は皆食べられないものはない。人がおいしそうにものを食べているのを見るのはこちらもうれしくなる。

 なんとはなしに、首を左に向ける。本棚を越えて壁の向こうは廣谷の研究室だ。いまそこでは廣谷と彼女が話し合っている。とはいえ、耳をすませたところで会話が聞こえてくるはずもなければ、見えるわけもない。いろいろ調べて犯人がわかったのは一先ずの成果だが、自分が何をしただろう、と智枝子はぼんやり考える。廣谷にもらった盗まれた本のリストは、まだ鞄のなかにしまわれたままだ。

 何だかんだ言っても別に当事者でなければ、まして警察でも探偵でもなく、犯人を見つけ出すだの問い詰めるだのは、いかに協力したとはいえ智枝子には無関係である。たとえば智枝子が物語の主人公だったとすれば、探し出して見つけた以上、犯人を捕まえるという場面に立ち会っていなければ話にならないだろう。それでもまあ、『南総里見八犬伝』でも最終決戦に犬士は全員集合していないしなあ、などと思考を飛ばす。

 ばちん、と手元で音が鳴る。昨夜はあのあとほととぎすの鳴き声をパソコンで聞いた。最近はなんでもインターネットにあるものだとつくづく感心する。鳴き声の表現として「テッペンカケタカ」だとか「特許許可局」だとか、あるいは「ホトトギス」と聞こえるからその名前なのだとか、昔から言われているようだが、文字にして表現するなら「キョキョキョ」としか聞こえなかった。なんだか憶えのあるような鳴き声ではあった。そんなことを調べていると、「鳴かぬなら」から始まる有名な三句を思い出し、ともかく昔から鳴けと言われたり、鳴くのを期待されたり、大変な鳥だなと感じた。

 もう食べおわったらしいお菓子の袋をゴミ箱に捨て、るり子はお茶をすする。

「巴、どうだった」

 にやりと笑われながら言われる。予想はついているだろうに。

 作業をとめることなく、智枝子は答える。

「想像通りだよ」

「家をあけて、帰ってきたら最愛の姉に恋人ができてたんじゃあなあ」

「だから違うって」

 これは邪魔に入らないのでしょうか、と頭のなかで結衣に問いかけながら、ばちん。特に力を込めたつもりもないのだが、やたらと大きく響いた。それでるり子はそれ以上智枝子をからかうのをやめて、智枝子が部屋に入ってきたときしていたのと同じように、老眼鏡を近づけたり遠ざけたりしながら、書類とのにらめっこを再開させた。レポートの採点中のようだ。

 しばらくお互い無言のまま、黙々と作業を遂行する。きれいに角がそろうとうれしい。紙自体が安いものなのか、大きさがそれぞれ若干異なっており、とめる部分の角がそろっても、対向線上の角は同じように揃わないのが少し不満でもあったが。

 山が半分くらいになると、だんだんと速度も上がりさすがに手慣れてきた。るり子さん、と顔を上げて呼びかけると、ちょうどお茶を飲んでいたところだった。

「来週の半ばくらいから再来週の頭くらいまで、課題があるから来られない日が続くと思う」

「ああ、じゃあその間は連絡しないが来なくていいよ」

 うん、と紙を重ねながら頷く。

「話が終わったら、廣谷さん教えてくれるかな」

 さあ、とるり子が答えた。

「あんたがいるってわかってたら、間違いなく来るんだろうけど」

 言いながら煙草を用意し始め、るり子は火をつける。もはや嗅ぎ慣れたにおいが智枝子の鼻腔をつついた。

「あのひと、どうするのかな」

 るり子が窓の外に向けて吐いた煙が、風で廣谷の部屋のほうへと流れていく。もし廣谷が窓を開けていたら顔を歪めたのち、部屋の温度や空気など気にせず窓を閉めるだろう。

「さあね。少なくとも反省だけで済ますのは今回までだな」

「廣谷さんのゼミなんでしょう? いづらくなったりしないかな」

「なんであんたがそんなことを心配するんだい」

 言われてみればその通りだ。答えが出るものではないし、出たとしても智枝子にできることはない。ここにおける智枝子の立場はただるり子の助手であり、このままあと一年間、彼女と会わずに過ごすこともその気になれば可能なくらいだ。

「人がよすぎるね。智枝子、あんた罪をかぶせようとされたんだからもう少し怒ってもいいんだよ」

 灰を灰皿に落としながら、呆れたようにるり子が言った。

「でもそれで、わたしが疑われたわけでもないし」

 廣谷の本を智枝子が盗んでいる、なんて嘘は、るり子に言うよりも、自分の同級生や、後輩に言えばよかったのにと思う。噂として流して、智枝子が来づらい環境にしたほうが彼女の目的は達成されただろう。少なくとも廊下で学科の子に会ったとき、毎回ひそひそと内緒話でもされたら、さすがの智枝子も気持ちを保てないだろうし、用もなく廣谷のところに行くのがこわくなっていたかもしれない。

 そういう姑息な手段をすっ飛ばした、というより、地道な作業が思い浮かべられなかったくらい、彼女は智枝子をとにかく悪役にしたかったということだ。あるいはるり子や鷹村が智枝子に注意したように、智枝子が一人で廣谷の研究室にいるようなことを阻止したかったのかもしれない。それなら短い間ではあったが、彼女の思惑通りだったということになる。

「他にも学生がいるんだから、大丈夫だろう」

 そうか、そうだね、と智枝子は小さく頷く。だが別に人がよいから心配しているわけではない。あの子が自分勝手に都合よく智枝子を利用したように、智枝子も都合よく彼女について考えているだけだ。そして智枝子の考えが正しければ、おそらく鷹村も。

 彼女が智枝子にしようとしたことや、廣谷の本を盗もうとしたことだけを考えれば、少なくとも反省はすべきなのだろう。智枝子が気にしていないというだけで、されて気持ちのよいものではないし、本を盗むことは犯罪だ。それも盗みは二回目だというから、るり子が厄介と言うのもわかる。自分の非を咎められて態度を悪くするのなら、それはただの逆恨みだからだ。

 けれど、たとえば彼女と鷹村のやりとりを見れば、当然ながら彼女もそう悪いところばかりではないということがわかる。なるべく口を大きく動かしてゆっくり話すのは、耳が聞こえない鷹村を気遣っているからに他ならないし、付き合いが長いとはいえ、手話も覚えようと思わなければたとえ簡単なものでもすぐに頭から抜け落ちるだろう。

 どちらの彼女とも接したので、否定する気にはなれない。だいいち智枝子が狙われたのは、たまたま廣谷に気に入られているからであって、智枝子自身のことは彼女はどうでもよいだろう。同じように、智枝子も彼女自身のことはそう気にかからない。

 あるいは彼女が廣谷の本を盗んだので、智枝子は鷹村と知り合ったのだから、当事者である廣谷には申し訳ないが、悪いことばかりでもない。

 会話はそれで一旦終了し、また作業だけに集中する。単調なわりに時間を喰うので、るり子が智枝子を雇うのにも納得してしまう。とはいえ智枝子自身はこういった作業がきらいではない。無心になって進めることができる。いつもなら。

 昨夜廣谷と少し電話で話してから、鷹村と出会ってからのことを考えた。廣谷の盗まれた本を探すために、たまたま研究室に入ってきた鷹村に協力を仰いだ。多くの情報をもらい、犯人を断定するまでに至った。そのなかで、言葉になるほどではなかったが、不自然さを感じることは何度かあった。

 たとえば廣谷の研究室から智枝子をメールで「至急」と呼びだした理由を、鷹村は彼女を犯人だと疑っていたので、二人きりにさせるのはまずいと思ったからだと言っていた。それを聞いたときにただ疑っているだけならそこまで警戒する必要があるだろうかと感じたものの、それでも言われるままに納得した。だが鷹村の話では、彼女が犯人だと確信したのは智枝子と別れたそのすぐあとのようだった。

 つまり鷹村の話に照合して彼女の行動をたどると、智枝子と別れた鷹村が帰るため鞄を取りに研究室に行ったとき彼女はそこにいて、鷹村に本の自慢をした。そのあと廣谷の研究室へと移動して、廣谷に相談したということになる。

 しかし鷹村と別れたあとの智枝子はるり子の研究室に行き、ほんの少し話してからまたすぐ廣谷の研究室に向かった。するとそこには彼女がいて、「もう相談は終わった」と帰っていった。彼女が鷹村と会話をして、そのあと廣谷に相談するだけの時間があったのかは、正直疑わしい。

 鷹村にしても、そもそも「時間がおしてきた」ので帰ると言われ、慌ただしく別れたのだ。急いでいるときに話を聞く余裕などないのではないか。

 それを踏まえると、本当はあの日彼女は鷹村と智枝子が廊下で話しているときにはすでに廣谷の研究室にいたのではないだろうか。鷹村は智枝子と別れたあとそのまままっすぐ帰り、翌日前から知っていたことをあたかも昨日知ったかのように話したとすれば、辻褄は合わなくもない。

 ばちん、ばちん、ばちん。一度芯を補充して、またばちん、ばちんと再開する。紙を何枚も取っては重ねているうちに、手の脂がだんだんなくなってきた。

 これ以上やると指が痛くなるというあたりで、紙がなくなる。終了だ。やりとげた達成感が智枝子を満たす。るり子はまだ採点しているようであるから、何か手伝いがあるにせよ少し間があくだろう。伸びをして一息つくと、完成した山をある程度整えて、一旦研究室を出てお手洗いへと向かう。るり子の研究室からお手洗いに行くには、廣谷の研究室の前を通って、図書館側まで回り込まなければならない。少し遠いのだ。

 手洗い場についている鏡で自分の顔を覗きこむ。なんとなく隠れている耳を出して、ピアスをしている自分を想像してみるが、ぴんとこない。きっと一生することはないだろう。もし親にピアスの話をしたらそれぞれ、舞子はピアスより化粧をしなさいと言って、結衣はいいじゃない、すれば? とあっさり言い放つだろう。祖父は親からもらった体に穴をあけるなんて、と定型文で怒るような気がする。

 また耳を髪で隠して、智枝子はるり子の研究室に戻る。その途中、ちょうど彼女が廣谷の研究室から出てきて、学科の研究室に向かうところだった。目が合ってしまい、思わず立ちどまる。彼女は今日は厚底ではなくヒールを履いていた。やはり智枝子にはとても履けないような高いものだ。

 立ちどまったままではおかしいので、また足を動かして彼女のほうへと向かう。

「こんにちは」

 ぎこちなさを自分でも感じながら、智枝子は小さく頭を下げる。すれ違う前に彼女が足をとめたので、智枝子もまたつられて足をとめてしまった。こういうときさっと立ち去ることができれば格好もつくだろうに、うまくいかない。

 よく見れば、彼女の目は赤くなっていた。涙を流したことが、目の周りの化粧崩れでわかる。見目に気をつけているように見えるので、そんな彼女からすれば今の状態はとても人に見せられないのではないのだろうか。

 格好悪くとも退散したほうがよさそうだと足を動かしかけたあたりで、彼女が「私は」と智枝子に話しかけた。

「私は、あなたになりたかった」

 今日はピアスも耳に隠れて見えない。話しながら彼女が少し俯いて、智枝子と同じ、肩に触れるか触れないかの髪が揺れた。彼女のポニーテール姿が思い出される。毛先を軽くくるんと巻いて、あのときもかわいい子だと思ったのを憶えている。

 高いヒールを履いているからか、脚がすらりと長く見え、膝上の柔らかいスカートがよく似合っている。今は崩れているにせよ、化粧も派手すぎず地味すぎず、自分に合うものを見つけてきたのが感じられた。自分をかわいく見せるという、智枝子が怠ってきた努力をきちんと積み重ねてきたのがわかる。

「あなたとどこが違うんだろう。何をしたの、あのひとに」

 俯いているので表情は見えないが、声は震えていた。ぽたりと水滴が一粒、床に落ちる。

「それはわたしにもわからないんです」

「嘘」

「嘘ならもう少しうまくつきます」

 ぽたぽたと落ちる水滴を見つめる。もっと人気のないところに移動したほうがよいだろうか。けれど移動している間に衆人に晒してしまうかもしれない。悩んだ末に、変わらずただじっとそこに立つ。せめて背筋だけはしゃんと伸ばした。彼女の前で情けない格好は見せてはいけない気がした。

 中でどういうやりとりがあったのかわからないし、何冊も本を盗んだ彼女に同情もしない。自業自得だと思う。たまたま周りが信頼にあつく、智枝子のせいにしようとするなんてと憤ってくれたが、もしそうでなければ疑われていたのは智枝子だ。

 知人と言ってよいかすら曖昧なのだから、彼女がいま智枝子にどんな感情を抱いているのかなんてわかるはずもない。だから反対に智枝子がいま、彼女にどんな感情を抱いているのかを彼女はわからないだろう。せめて見下したりはしていないということが伝わればよい。どうせいま、求められているのは智枝子の返答ではない。

「私は全部あなたのせいにしようとしたの」

 はい、と智枝子は答える。高いヒールを履いて、智枝子より目線が上であるはずなのに、随分小さく映った。

「あなたがあのひとにきらわれればいいと思って、それでいて自分はあのひとの何かがほしくて、でも歯止めが利かなくなって」

 一気にではなく、徐々に盗まれたということと、その冊数を考えると、本来はどちらが先に立ったものなのか、それは彼女にしかわからないことだが、そう言うのならそうなのだろうし、あの一切の秩序を持たない部屋を見て、廣谷がすべての本の所在を把握しているだなんて想像もつかないだろう。

 智枝子ははい、とさらに頷く。

「でも疑うことすらされなかったみたいね。だから謝らない、あなたには」

「はい、かまいません」

 顔を上げた彼女の目から、多くの涙が次々と堰きとめられずに浮かんでは流れていった。こんなに人前で泣けるのは少しうらやましいくらいだ。鷹村は彼女のことを激情家だと言っていた。感情の起伏が激しく、またそれをそのまま表に出せるということだろう。それがたとえば今回のような、本来抑えるべき感情であったとしても、行動に移すだけの気力を持っている。褒めることではないとわかっているが、素直にすごいと感心する。

 少し自分の気持ちへ天秤が傾きすぎただけだろう。もう何歩か正当なやり方であれば、何かが変わったかもしれないのに。

「わたしも謝りません」

 智枝子のその言葉を聞くと、彼女は流れる涙を手で拭きとるようにして、智枝子の横を通り過ぎ学科の研究室に入っていった。まだぼろぼろと涙を流しながらも、表情だけは毅然としていた。

 小さく溜息をつく。かける言葉など当然見つかりはしなかったし、何を言ってもきっと拒絶されていただろうけれど、彼女とは違って、智枝子は彼女のことがきらいではなかった。かといってすきかと聞かれればそういうわけでもないのだが、形は間違っていたにせよ、すきなひとにまっすぐというのは悪くない。

 るり子の研究室に戻ろうと足を進める。今の間だけでも、誰もここを通らなくてよかったと思った。

 近くまで戻ると、角に鷹村が立っていた。目が合うと、少し気まずそうに笑う。見ていたのかと聞けば、少し、と右手の人差し指の爪を親指で弾いた。会話はわからなかっただろうけれど、終わるまで待ってくれていたのだろう。申し訳なさに頭が下がる。

『鞄が研究室なんだけど』

 角から身を乗り出すようにして、鷹村が言う。まだ彼女は泣いているかもしれない。何と伝えようかと逡巡したが、状況はとっくにわかっているらしい。廣谷が彼女を呼び出すのを聞いたのか、鷹村が彼女を廣谷のところへ呼んだのか。それとも彼女との付き合いが長いためだろうか。

 彼女の様子を伝えようとする智枝子に、鷹村はわかっていると言うように大丈夫、と右手の親指以外の四本を左胸、右胸の順に当てた。

『俯いている人には言葉がかけられないから』

 その言葉に、そっか、としか返せなかった。簡単なものだけだったとしても手話を覚えて、鷹村と話すときにゆっくり口を動かす彼女は、おそらくいつもなら鷹村の前で俯いたりなどしないのだろう。

「仲良しだものね」

 いつかした質問と同じようなことを言うと、鷹村が悩んだ顔を見せたので、「彼女と、鷹村さんが」と付け加える。中高一緒で、高校のときにクラスが同じだったことがあったと前に鷹村は言っていた。実際どれほど仲がよいのか智枝子は知らない。それでもただ学科が同じというだけではなく、友人と言って足る関係なのだろうことはわかる。

「言動というか、性格というかをきちんと理解している感じがする」

『そうかな』

「うん。激情家って一言で言ってもいろいろあるけれど、彼女が『不如帰』を狙っていて、目的のものが見つからない間は他の本に手を出さないかどうかなんて、なかなか確信が持てないよね。盗もうと思っても、ものがなければ盗みようがないけれど」

 す、と一瞬、鷹村の目が細められた。愛嬌などどこかに忘れてしまったような、鋭い眼光を感じた。しかし智枝子はひるまず、じっとその目を見つめる。

「わたしは少ししか話したことないけれど、一度決めたらすぐに目的を変えたりしなかったところが、すごく彼女らしいなと思った」

 そうだな、といつもの笑顔を浮かべて、鷹村は頷いた。

 自分自身が気づかないくらいの小さな表情の変化で相手の気持ちを読みとってしまう鷹村なので、こうして智枝子が隠そうとしている確信も、もしかしたらもうばれているのかもしれない。それならそれでかまわないから、責める気持ちのないことが伝わればよいと思った。

 昨夜廣谷にかけ直した電話で、廣谷は何かをほのめかすばかりで、具体的なことは何も言わなかった。夕方唐突に電話を切ったので、すねたのかもしれない。そういうとき、廣谷は少し意地が悪い。

 それでもわかったのは、廣谷は智枝子が知らない間に、はやい段階で鷹村に何か話を持ちかけられていたということと、その話が犯人に関することだということだ。

 そしてこれは智枝子の推測だが、おそらく、犯人に『不如帰』を狙うように仕向けたのは、鷹村だ。

 少しの間互いに何も言わず、ただじっと立っていた。沈黙を破ったのは智枝子だ。唐突であることも承知で、コンビニに行こう、と提案する。

「今度はわたしが奢るから」

 言い放って、断られる前にるり子に告げに行く。まだ採点中だったるり子は煙草を消していて、髪をかきあげながら了承の返事をした。採点に悩んでいるようで、まだもう少しかかりそうだ。鞄から財布だけを取り出し、智枝子は鷹村のもとへと戻る。

 行こう、と促し、階段を下りて行く。智枝子の財布は長財布なので後ろで抱えるようにして両手で持ち、鷹村の隣を歩きながら、自動ドアをくぐる。鷹村は珍しく両手をそのまま下げていたが、智枝子の様子を見て、いつものようにポケットへ突っ込んだ。

 広い敷地を歩き、門を抜けて、前と同じく校門前の購買を曲がり、その先のコンビニへ足を進める。空はまだ日の傾き始めで明るく、それでいて風が通って肌触りのちょうどよい空気だった。

 コンビニに着くと、物色を始める。智枝子はいつものジュースを手に取ろうとして、るり子に怒られたことを思い出した。あれは鷹村がまさにこのコンビニで奢ってくれたものだ。いや大丈夫、昨日ポテトサラダたくさん食べたし、とマヨネーズの脂質を排除して考え、結局同じジュースを手に取る。

 隣で鷹村が口元を覆っていた。ひとしきり笑いをこらえるようにしたあと、

『悩んでやめたかと思ったら、結局それにするのかと思って』

 と言われた。その笑顔を見ながら、そうだ、あのときは鷹村がこれは、と智枝子に選んでくれたのだ、と思い出す。最近は学校へ直行しているが、前はよくこれを買ってからるり子や廣谷のところに行っていた。だからこそるり子が「またそれか」と呆れたのであって。

「うん」

 思い出しながら、笑う。すると驚いたように鷹村の表情が一度真顔へと戻り、そのあとは照れた顔を不本意そうにまた手で隠すようにして口元を覆った。

「鷹村さんはこれだよね」

 清涼飲料水のペットボトルを示す。鷹村はちらとそれを見やると、首を縦に動かした。

「前に来たときもこれだった」

 レジに持っていき、会計を済ませる。こういうことをすると結衣に怒られるのだが、袋のなかに財布も入れて、コンビニを出る。もう何週間かすれば、コンビニの自動ドアを抜けたときに蒸すような熱気が襲ってくるのだろう。まだ梅雨にも入っていないのに、ついそんな想像をしてしまう。

 コンビニにいたのは少しの間だったが、傾きが大きくなって空は夕日に染まっていた。

 学校に戻りながら、前を向いている鷹村の袖を引っ張り、いつもの笑顔がこちらに向いたのを確認すると、智枝子は大きめにゆっくりと口を動かした。

「昨日弟が東北から帰ってきて」

 小首を傾げられる。一回りも下の弟がなぜこの時期に東北に行っていたのかという疑問のためだろうけれど、本題はそこではない。気にせず続ける。

「お土産をくれたから、鷹村さんにもどうかなと思って。甘いものは大丈夫?」

 大丈夫と言うように、鷹村は頷いた。ほっと安堵する。あとで渡す、と告げて、また智枝子も前を向いて隣を歩く。

 正門をくぐり、研究棟まで戻る間、前とは違ってそう学生も歩いていなかった。時間が遅いせいだろう。自動ドアをくぐり、階段を上って、研究室前の廊下まで戻ってくる。

 鷹村にここで待つようお願いして、智枝子は一人るり子の研究室に戻る。「廣谷が智枝子はまだかと呼んでいたよ」と言うるり子に、「あとで行く」とだけ言い放ち、コンビニの袋からペットボトルだけを取り出した。取り急ぎ鞄を持ってまた鷹村のところへ駆けつける。先にペットボトルを渡すと、『ありがとう』とペットボトルを持ったまま左手の甲に右手の小指を当てて鷹村は言った。

「あとこれが、さっき言っていた弟のお土産」

 鞄から巾着を取り出し、二種類をそれぞれ一つずつ渡す。受け取った鷹村は片手がふさがっているため『ふ、く、し、ま?』と一文字ずつ表現して聞いた。智枝子は頷く。

 片手のまま、手話というよりほとんどジェスチャーで、鷹村は「ままどおるは知っている」というようなことを智枝子に伝えた。確かにままどおるは福島銘菓として定番だが、エキソンパイは物産展などでもあまり並べられているのを見ない。同じ会社がつくっていて、と説明していると、学科の研究室から彼女が出てきた。今日は遭遇率が高い。

 こちらに歩いてくる彼女を見ると、目はまだ若干充血していたし、少し腫れているようだったが、それでも化粧はしっかり直されていた。

『帰るの?』

 右手の指をすぼめながら前に突きだすようにして、鷹村は聞いた。これは片手でできる手話だ。

「帰るわよ。何時だと思ってんの」

 呆れたような声を出しながら、それでも口を大きく、ゆっくりと動かして彼女は言う。今は髪を耳にかけていて、昨日とはまた違う、小さな宝石のようなピアスが見えた。

 こつこつというヒールの音が廊下に響く。智枝子と鷹村を避けるようにして、角を曲がろうとする彼女に、智枝子は声をかける。

「豊口さん」

 名前を覚えられていたことに驚いたのか、それともそれ以前に名前を知られていたことに驚いたのか、彼女は足が床にひっついてしまったかのように立ちどまり、しばらくして振り返った。表情はあくまで毅然として、感情を悟らせまいとしているようだった。

 何ですか、とまっすぐ智枝子の目を見て問う。智枝子は鞄から取り出した本とお菓子を一緒にして、豊口に差し出す。

「これ、どうぞ」

 怪訝そうな顔をする彼女に、お菓子はおまけです、と付け足す。

 一向に手を下ろそうとしない智枝子を見て、豊口は本とお菓子を受け取る。先にお菓子を鞄に入れると、本を見つめた。書店カバーがかけられているそれを少し気味が悪そうにしていたが、おそるおそるといった様相で表紙をめくる。

「差し上げます。わたしはもう読んだので」

 みるみるうちに彼女の表情が変わる。ばっと勢いよく顔を上げて、これ、と口を動かした。声は聞こえなかった。智枝子はいつもよりゆっくりと瞬きをして、豊口を見つめ返す。

 智枝子が廣谷から預かった、徳冨蘆花の『不如帰』である。開いてもいないとは言っていたが、間違いなく廣谷のものだった本だ。

「廣谷さんの部屋にあった本です」

 おそらくは豊口が研究室をあさっていたときも、どこかに置かれていたはずの。

 ばかにしているの、と彼女は目を吊り上げた。

「廣谷先生の本はカバーがついていたりしない」

「買ったばかりだったので、これはカバーがついたままなんです」

「だからといって、なんであなたからもらわないといけないんですか」

「いらなければ捨ててください。廣谷さんの許可はもらっているので」

 昨晩廣谷に電話をかけ、智枝子は豊口に徳冨蘆花の『不如帰』を渡してもよいか、と尋ねた。それに対し、いいですよ、と廣谷はごくあっさりと了承した。仮にも人の本をさらに別の人にあげようとしているので咎められる覚悟で言ったのだが、あの本への執着はないらしい。買いなおしたのも院生以来初めてだと聞いた。一度読んだので手元に置く必要がなかったのか、何か思うところがあったのか。「ものを盗んだその人がすきだったのか」という智枝子の問い。それに対する、廣谷の「わりと」という答えが思い出される。

 本来なら廣谷自身が渡したほうが彼女はよろこんだだろうし、本当に廣谷の本なのかと変に疑ったりもしなかっただろう。それでも渡したいと言ったのは智枝子だ。同情したり、可哀想だからという理由でこの本を豊口にあげるわけではない。そんな気持ちは微塵もない。

 どうしてもほしかった人の本を、彼女にとってもっとも邪魔である智枝子が渡すことで、いろんなわだかまりを清算しようとしているだけだ。豊口からすれば、ひどい嫌がらせだろう。だから彼女が智枝子のせいにしようとしていたことも、これでお互い様だ。豊口があとで罪悪感を覚える必要もなければ、智枝子があとでやはりあのとき、などと腹を立てる心配もない。

 この本を取っておくのも、捨てるのも、豊口次第だ。

「私やっぱり、あなたのこときらいです」

 表紙をとじて、それでも智枝子に突き返したりもせず、豊口はそう言った。見つけたら教えてくれと自分で言った本が、こういう形で渡されるなんて思ってもみなかっただろう。

「ありがとう。お菓子もいただきます」

 小さく頭を下げて、彼女は今度こそ帰っていった。

 彼女がまっすぐに廊下を歩き、階段に吸い込まれていくのを見届けると、後ろに鷹村が立っていることに気がついた。肩には鞄をかけている。智枝子が豊口と話している間に、鷹村は研究室に戻って荷物をまとめていたらしい。

『俺もそろそろ帰るよ』

 豊口とのことには一切触れず、いつもの笑顔を浮かべた。

『ありがとう』

「あ、お土産おいしいから、ぜひ食べて」

『昨日』

 細められた目を少し見つめたあと、智枝子は首を横に振った。メールのことだ。あれは本当にただ鷹村の話を聞いて、自分勝手なことを返しただけで、何をしたわけでもない。ましてお礼を言われるようなことなんて。

 今もただ黙って、自分のことを思っている。

『今日はもう遅いけど、今度は直接話したいことがあるんだ。来週も来る?』

 小首を傾げながら、いつもの笑みより少し目を細めて、鷹村は言った。どこかさびしそうにも、何かを覚悟しているように見える。

 ヒールもなく、ぺたんとした靴を履いている智枝子はそんな鷹村を見上げながら、うん、と頷いた。まっすぐに目を見つめる。

「また月曜日」


 週末は課題に終始した。巴は演劇のレッスンがあると言って結衣とともに出かけ、週休二日ではあるが不規則な休みの舞子は土日など関係なく仕事に出かけていった。そのため家で一人の智枝子は集中して課題に取り組むことができ、飽きたら本を読んで過ごした。

 中勘助の『銀の匙』などを手に取ってみる。るり子からもらったもので、鷹村もこういう本を読むのだなあ、と頁をめくり、気づけば読みふけって帰宅した結衣と巴に夕飯の準備はと叱られたりした。

 ちなみに冷凍庫に入っていた大量の牛タンは金曜日にきれいに食べつくされて、銘菓ともどももうない。

「今週はほとんどの授業で課題が出るから、るり子さんのところに行かずにまっすぐ帰ってくると思う」

 家族四人で囲った日曜日の食卓で伝える。毎回のことだが、「それなら帰ったらお風呂洗っておいて」と舞子が言い、頷く。日曜日の時点でわかっている一週間の予定を、夕飯時にとりあえず報告し合うのが山宮家だ。一応玄関に置いてあるホワイトボードのカレンダーに予定は書いているのだが、なるべく口頭で伝えて共有するようにしている。

 舞子の予定でいえば明日は夜勤と書いていたし、巴の予定は珍しく学校だけで、いつもほぼ休みなく入っている仕事やレッスンはないようだった。結衣は巴が学校に行っている時間に仕事の打ち合わせが入っている。

「でも明日は行ってくるね」

「あらそうなの。金曜日にるりちゃんが来週は来なくていいって言ってた気がするけど」

「うん。でも約束したから」

 あれだけお酒を飲んでいたのによく憶えているなあと感心しながら、舞子の質問に答える。るり子も舞子もよく飲むのに智枝子があまり飲めないのは、ただ慣れていないだけなのか、知りもしない別の遺伝子のためなのか。智枝子が知るなかでもっとも酒呑みである廣谷いわく、「アルコール濃度も知らずに甘いお酒で慣れようとするからです」らしいのだが。

 じと、と巴にねめつけられているのに気づいて、顔を上げる。お箸がとまっているよと言っても、巴の意識は一つに集中しているらしかった。

「誰と」

 質問の意図はわかっているが、智枝子は答えずぽりぽりときゅうりの浅漬けを咀嚼する。ぬか漬けより塩揉みのほうがすきだ。

「誰とどんな約束してるの。相手はるりちゃんじゃないんでしょ」

 少し前までは適当に流して答えても納得してくれていたのに、もう会話から内容を拾ってごまかせないように先手を打つようになったのだなあ、としみじみする。何せ祖父以外の男性のことを少しでも智枝子が言おうものなら嫉妬の炎を燃やし、学科の吞み会であってもそのほとんどが男だとわかれば駄々をこねるくらいだ。おそらく自分の知らない相手というのがいやなのだろう。

「鷹村さんと月曜日に会う約束」

 さん、という言い方に女性かと勘違いしたようで、巴がほっとした表情を浮かべる。

 一切の嘘をついていないのになんとかなるものだと思っていたら、隣に座っている結衣があっさりと誤解をといた。

「この前デートした子でしょう」

 デートじゃない、と何度目かの抵抗をしながら、また巴の表情が重々しくなっていることに気づく。廣谷のことを一部から極端な好意を向けられる人だと感じていたが、あまり人のことを言えない。

「巴も今度、おねえちゃんとデートする?」

「する」

 若干喰い気味に即答される。それでもう鷹村のことは忘れたのか、機嫌よく箸を動かし始める巴を見て、横の母二人が肩を震わせて笑いを堪えていた。


 学校に出かける巴を見送ったあと、智枝子も出かけようと鞄を背負う。先週一週間はずっと廣谷の盗まれた本について調べていたから、あまり予習復習が進んでいない。はやめに大学に行って自習したほうがよさそうだ。課題はいま出ている分に限っていえば一応土日に精を出したので、そこそこの進みを見せているのだが、今日明日も新たに出されるに違いない。

 結衣が智枝子を見送ろうと玄関まで来てくれた。打ち合わせは昼すぎかららしい。今日は夜勤だからと朝御飯を食べてまたすぐ寝ていた舞子も、音に反応したのかふらふらと眠気まなこをこすりこすりやってくる。まだ半分寝ているようだったが、結衣に体を預けて、なんとか立ったままでいる。

 座って靴紐を結んでいる智枝子の上から、結衣の声が降ってきた。

「ちえ、最近何かあった?」

 あったと言えばあったが、今まで散々からかってきた分は何だったのか。静かに眉根を寄せると、何を聞かずとも察したらしい結衣が違う違う、と手を横に振った。

「すっきりした顔してるから」

 言われて、頬に手をやる。そうだろうか。自分ではよくわからない。舞子も「そう?」と結衣に聞く始末で、ねむそうな目をさらに細めて智枝子をじっと見つめてくる。

 それでも結衣が言うのならそうなのだろう。家族のなかではもっとも鋭く、察しがよいのが結衣だ。そのときは智枝子自身が気づいていないことも、あとから考えればあれはこういうことだったのか、と思い当たることも多い。

「何か覚悟でも決めた?」

 その言葉に、一度空を見つめてから、うん、と頷いた。やはり結衣は鋭い。

「そう。結果は教えてもらえること?」

「うん、たぶん。だめだったらそっとしておいて」

 言いながら、自分の言葉に少し気持ちがよわまる。だめかもしれないという可能性を口に出してしまうと、どうもそうなってしまうような気がして、不安だ。

「智枝子なら大丈夫よ」

 何の根拠があるのか、結衣の言葉に乗っかって舞子が後押しする。

「私たちの子だもの」

 これはまだ半分寝たままだとわかりつつ、笑顔で舞子にそう言われると、思わず顔がほころぶ。母二人の姿を見ていると、それだけで心強い。

 靴を履いて立ちあがると、結衣は智枝子の背中をぱん、と叩いた。音は大きかったものの痛くはない。ただ驚いて思わず結衣を見ると、にっとした笑いが目に入った。

「いってらっしゃい」

 いってきます。答えて、家を出る。やはり母はつよい。先ほどの一度よわまった気持ちが盛り返してきて、階段を下りる足も心なしか軽い気がした。

 学校では掲示板に先週までに出された課題が張り出されており、目を通してみるが聞きもらしているものはないようだった。一度図書館に行って自習をし、時間になると授業を受けて、お昼を挟み、もう一つ授業を受けた。今日はこれで終わりだ。課題は予想に反してあまり出なかった。今週いっぱいは課題三昧かと思っていたが、これならそう時間はかからないだろう。

 授業終わりに「やっぱり無理?」と再度吞み会の誘いをかけられるが断り、またいつもと同じようにるり子の大学へと向かうため、駅へと歩く。前に誘われたとき女の子が少ない、と言っていたが、少ないどころか下手をすればいないのではないだろうか。なぜだか知らないが、理系というのはとにかく男女の比率が極端だ。聞けば工学部は毎週のように飲んでいるというから、智枝子の所属している学部はまだましなほうなのかもしれない。

 駅へ着き、電車に乗るため定期を出そうと鞄を開くと、その瞬間、携帯電話が震えた。定期の代わりに先に電話を手に取る。

「もう電車に乗った?」

 鷹村からだった。先週は基本的にずっと、なんとなく鉢合わせていたので、こんなメールがくるのは珍しい。

 読んでいると智枝子が乗るのとは逆方向の電車がホームに着いたらしく、ぞろぞろと人が改札から出てきた。避けるようにして近くの柱に体を寄せる。

 気を取りなおして、「今から乗って、そちらに向かいます。」と返事を打つ。待たせてしまっていただろうか。約束したといっても時間の指定まではしていないので、行けばいつものようになんとなく会えるかと思っていた。ただ今から急いでもどうせ電車がくるのは五分後だしなあ、と携帯電話から顔を上げると、目の前に人がいることに気づき肩をはねさせる。

 何もしていないはずだが、驚いて反射的に謝ろうとしたときに、顔が目に入る。今まさにメールをくれた相手がそこにいた。

『ごめん、驚かすつもりはなかったんだけど』

 笑いながらも申し訳なさそうに、鷹村は手を動かした。智枝子は何も言えずにかたまっていると、彼は震えたらしい携帯電話をズボンのポケットから取り出す。何回か画面を指で触ったかと思えば、

『いま返信がきた』

 と笑った。

 かろうじて驚きから抜け出し、どうしてここに、と問うと、るり子に今日は智枝子がいつ来るのかと聞いたら、今週は来ないと言われたので自分が来た、とのことだった。

『先週話したから来てくれるとは思ったけど、用事もないのにわざわざ来させて、俺だけ動かず待っているのも悪いなと思って』

「すれ違うところだよ。そうなったらどうするの」

『たぶん、困っていた』

 からからと笑われる。聞いたのはそういうことではないのだが、そうやって言われるともうどうでもよくなってくる。実際こうして会えたのだから問題ないかと、智枝子は握りしめていた携帯電話を鞄にしまった。

 電車の向きを考えると、智枝子の大学と鷹村の家は逆方向だ。むしろわざわざここまで足を運んでもらったことが申し訳ない。電車賃も定期で補える部分が一切ないというのに。

『でも山宮さんも、一度家を越えてうちの大学に来ているでしょう』

 そう言われるとそうなのだが、今日はともかく普段はるり子に交通費は全額もらっているし、そうでなくても途中まで定期分がある。智枝子の大学と鷹村の大学の、だいたい真中あたり、それも若干鷹村の大学寄りのところに家がある智枝子と、鷹村の大学のさらに向こう側に家がある鷹村では、ここからまた帰るときの距離がまったく違う。

 しかし説明しようとすればするほど言葉がうまくまとまらず、またからからと笑われる。

 あくまで真剣に言っているのに、と智枝子は両手の指を胸の前で意味もなく動かす。その反応がまたおもしろかったのか、鷹村は笑いながら智枝子の手に自分の手の甲で軽く触れた。智枝子の言い分を制し、一度口角を上げるだけの笑いに収めて、

『ここらへんでどこか入れるところある?』

 と聞いた。その質問には困ってしまう。大学からほとんどまっすぐ帰ってしまう智枝子はいつも同じ道を通るので、あまり周りを注意して見ていないし、何度か友人にファストフードの店に連れていってもらったことがあるが、それも付いて行っただけでどこにあったかまで憶えていない。

 返事に窮していると、智枝子がわからないことを悟ったらしい鷹村が、じゃあ一度電車に乗って移動しようか、と提案してくれた。来てもらったばかりで申し訳なさに恐縮しつつも頷く。

 ホームにつくと、ちょうど電車が駅に入ってきたところだった。最終車両に乗り込む。

「わざわざ来てもらったのに、ごめんなさい」

『あの駅で降りたのは初めてだったから、おもしろかったよ。あんな構造なんだ』

 いつも通りすぎるばかりでよく見ていなかった、と鷹村は笑う。ホームは二つしかないのだが、線路は四つある。朝と夜に限っては快速急行以下の列車も停まるが、基本は普通列車しか停まらない駅で、優等列車が通り過ぎるための線路が別につくられているからだ。

 十五分もすれば前に鷹村と待ち合わせた駅に着いて、一旦降りる。同じように駅に直結しているが、この前とは別のショッピングモールに移動する。行く途中の道で数人がチラシを配っていた。コンタクトの割引券らしい。鷹村はそれを避けるように歩き、智枝子も同じようにして隣をついていく。

 広場のような開けた場所に出ると、献血の看板が立っていた。どの血液型も不足していると書いてある。そういえば高校のときに学校へ献血車が来て、それで経験したきりだなと思い出す。

『お腹すいてる?』

 一旦歩調を緩めて、広場で立ちどまった鷹村に聞かれる。このまま左に曲がって建物に入れば、よく見かける赤いマークのファストフード店だ。

 少し、と右手の人差し指の爪を親指で弾こうとして、ふと思い当る。左ではなく、右に曲がった建物には、確か鷹村と初めて話した日に入った珈琲店があったはずだ。もう廣谷がいれたものでなくても、珈琲が平気になったのか少し試してみたい。

「あっちに行きたい」

 意外だったのか、鷹村は頷きながらも顔は「いいの?」と聞いていた。大丈夫、と右手の親指以外の四本の指で左胸、右胸の順で触り、智枝子は進んでいく。

 建物に入ってすぐのところにあるその店は、同じ系列だが前に行ったところよりも小ぢんまりとしている。鷹村と行ったショッピングモールが数年前にできてから、こちらの建物は閑散とし始めたが、それでもここだけはいつも混んでいる。人は多くいるのに、賑やかしさはあまりないのが不思議だ。

 今日も例外なく混みはしていたが、時間がよかったのか、まだ余裕のあるほうだった。隅の席があいていたので先に荷物を置き、注文をしに行く。

 今度は智枝子が先陣を切って、メニューと向き合う。相変わらず名前を読んでも何がどう違うのかさっぱりわからなかったが、とりあえずいちばん上に書いてあった「ドリップコーヒー」というのを頼んでみる。それでも飲めなかった場合が心配なので、もっとも小さいサイズのものにした。鷹村は反対にホットティーを頼み、智枝子よりも素早くお金を皿に出してしまう。

「出します」

 自分の分を財布から取り出し鷹村に渡そうとするが、やはりにこりとされるだけで受け取ってもらえない。一方的に押し問答をしていると横の商品を手渡すコーナーで呼ばれてしまい、お金を渡すのは諦めてしぶしぶ受取りに行く。せめて鷹村の分も一緒に机に持っていきたい。

 カップを二つ持って席まで運ぶが、振り返っても鷹村がいない。見回すと、少し遅れてやってきた。手に何か持っている。

 智枝子の向かいに鷹村が腰を下ろす。どうぞと手渡されたのは、レジの横で、袋に入って小分けされ売られていたスコーンだった。

『少し何か食べたいんでしょう?』

 ばれていた。受け取ったスコーンで思わず顔を隠す。少し、と途中まで言ってしまったからだろう。そうでなくてもすでに食い意地の張っていることは知られているし、もうここまできたらいちいち恥ずかしがる必要もないのかもしれない。

「ありがとう」

 礼を言うと、鷹村はにっこりとした。気を遣わせてばかりだ。隣の席では女子高生がイヤホンをして何かを聞きながら、ノートを広げている。置いてある飲み物は智枝子が頼んだものよりもはるかに大きく、茶色い。生クリームも入っているのか、白と茶がまだらになっていた。

 あの呪文のような名前の飲み物を頼めば、ああいうのが出てくるのか。なんとなく学習した気持ちになりながら、黒々としている自分の分を見つめる。飲めるだろうか。ただ思っていたよりも小さく、量が少ない。それだけで少しほっとする。

 息を吹きかけて、口に含んでみる。じわ、とした苦味が広がり、歯の隙間にまで入り込むようで、飲みこむと今まさに咽喉を通っているという様が感じられた。端的に言うと、だめだ。

 大概の食べ物はおいしくいただけるのに、なぜ飲めない飲み物が存在するのか、智枝子は自分自身納得がいかない。やはり別段珈琲が平気になったわけではなく、廣谷のいれる珈琲だけがなぜかおいしく飲めるということだ。いれ方なのか、豆なのか、原因はわからないが、問題は量が少ないといっても、あと五口は間違いなく残っている。頼んだのは自分なのだから、残すというのは選択肢にない。

 とりあえず口直しにもらったスコーンの袋を開き、一口食べる。チョコチップが入れられていて甘い。口内の苦味が一転し、甘味が広がって、これほどスコーンがおいしく感じられたことはなかった。

 思わず珈琲との格闘に夢中になってしまったと顔を上げると、いつぞやのつけ麺屋と同じく鷹村は俯いて肩を震わせていた。一部始終をしっかり見られていたらしい。かあ、と顔が赤くなるのを感じた。

「こ、珈琲に挑戦してみたくて」

 こちらを見ていないので伝わらないのはわかっているが、机に置かれている鷹村の手を少し揺らしながら言う。

 げほ、と何度か鷹村は咳き込み、出てきた生理的な涙を指で拭きとって、智枝子の珈琲と自分の紅茶を交換した。

『やっぱりだめだったんでしょう、珈琲』

「でも、紅茶は鷹村さんが飲みたかったんじゃ」

『いや、どうせこうなるだろうと思って頼んだだけだから』

 一部始終を見られていただけではなく、予測されていたらしい。咳き込むほどおかしかっただろうかと思ったが、そういうことか。考えていた通りのことが目の前で起きれば、確かに笑われても仕方がない。仕方ないが、先ほど以上に恥ずかしくなって、顔がさらに赤くなったのがわかった。

『口はつけてないから、大丈夫』

 思い出し笑いを挟みながら、鷹村は言う。

「み、ミルク入れたら大丈夫かもしれないもの」

 悔しくなって負け惜しみを言うが、『ミルクが入ったら俺が飲めない』と拒否されてしまった。

 交換した珈琲を、鷹村は平然と口に運ぶ。あの苦味を鷹村の舌はどう処理しているのだろうと思ったが、智枝子もゴーヤやセロリの苦味はむしろ好んで食べるし、廣谷の淹れたものにも別に苦味はあるし、好みとしか言いようがないのだろうか。

 げほ、ともう一度咳払いをして、鷹村は『聞いてくれるだけでいいんだけど』と手を動かす。そういえば店に入ったのに、席は隣ではなく向かいであるし、ノートを取り出そうともしていない。

 食べながらでいいと言うので、智枝子は遠慮なくスコーンにかぶりつきながら鷹村の言葉を待つ。少しの間、手を口元にやっていたが、やがて話しだした。

『まず謝りたい。豊口について、いくつか嘘をついた』

 歯にチョコチップが当たった。バターの多く含まれた重厚な生地のなかに、少しかたいチョコチップがあることで、飽きずに食べ続けていられる。口の奥でぽり、と砕ける音がした。

 豊口って呼んでいるんだな、と思った。「~さん」と敬称を表す手話がないのとは関係ないだろう。智枝子の名前を指すとき、鷹村は毎回「や、ま、み、や、さ、ん」と敬称も含めて一音ずつ表現している。

『山宮さんに会う前から、豊口が廣谷先生の本を盗んだことを知っていた』

 うん、と智枝子は頷く。スコーンを飲みこんで、目を細めた。

「知ってる」

 智枝子の反応に、鷹村は驚いた様子もなく、そうか、と笑った。申し訳なさそうにそうやって笑ったあと、眉間を掴むようにした親指と人差し指を開くようにして、前に突きだした。『ごめん』

 全部廣谷に聞いた。言いはしなかったが、察しているようだった。智枝子は昨日のことを思い出す。

 昨日、鷹村と別れたあと一度るり子の研究室に戻り、そのあとすぐ廣谷の研究室を訪ねた。いつものように、返事が聞こえないまま中へと入ると、もう学生もほとんど帰っているからか、廣谷はソファにだらしなく寝転がっていた。

 重ねた本を枕にするなと叱りつけ、しぶしぶ姿勢を戻す廣谷に、説教もそこそこにして豊口に『不如帰』を渡したことを簡単に告げる。

「受け取りましたか」

 意外ですね、と言いながら、智枝子に隣に座るよう促す。今日はジュースもあるし、もう遅いので珈琲はいりませんと先に断って、促されるまま廣谷の隣に座った。

 それにしても、あの情熱はどこからわき出てくるのだろうか。今なら少しわからなくもないが、やはり智枝子には真似できそうもない。

 そもそも廣谷の言っていたように、「誰かを思っている自分」がすきなのかもしれない。ただ少なくとも廣谷の研究室から出てきてすぐの彼女は、智枝子から見ると本当に廣谷を思っているように感じられた。昨日廊下で声をかけられたときの彼女よりずっときれいだった。

 彼女が卒業するまでの一年間、智枝子がるり子の手伝いでこの学校に来る限りはいつかはどこかですれ違うだろうし、彼女が廣谷に相談に来たときに智枝子がいれば、やはり半ば無理矢理に同席させられるだろう、と智枝子は思う。これからも今までと変わらない。一人で廣谷の研究室にいないようにしようなどと努力はしないし、廣谷も別に留守のとき研究室に鍵をかける習慣を持ったりもしないだろう。

「結局盗まれた本はどうすることになったんですか」

「近いうちに返してもらいます。週末なので明日は休みですし」

「今まで通り、その本をそのまま使いますか」

「意味がよくわかりませんが、もちろん使います」

 持っていた憤りはとっくに消化したらしい廣谷に、どこか安堵する。店でどうしたいのかと聞いたときも捨てるような気配はなかったけれど、そうやって改めてはっきり言ってもらえると確かなことに思える。

 智枝子のほうを向いたまま、廣谷は卒業式のときに、と切り出した。

「彼女が卒業式のときに、僕は告白されるそうです」

 それは彼女が廣谷を諦めないという意思表示だろうか。廣谷が院生のときに廣谷の私物を盗んだという女性もそうだが、せめて順番は逆であるべきのような、いやそもそも盗むのがおかしいのだけれど。

 はあ、と生返事をする。他にやりとりもあっただろうに、話す内容はそこで合っているのだろうか。

「断りますと言ったのですが、それでもよいそうです。よくわかりませんね」

 ソファに深く座りなおし、廣谷は顎を上げて頭を背もたれに乗せる。前髪が邪魔で、智枝子の位置から廣谷の目はあまり見えない。

 つられて智枝子も頭を上げてみるが、蛍光灯が目に入って痛めただけだった。すぐに元に戻す。

「鷹村さんは、彼女を庇っていたんでしょうか」

「そうなると思います」

 結果的に見れば、と廣谷はあまり興味もなさそうに答えた。それでも質問を重ねる前に、智枝子が何を聞こうとしているのか察しているらしく、おそらく、と前置きをして言葉を続ける。普段の突拍子のなさは故意なのではないかと思うくらい、廣谷はおそろしく勘の鋭いときがある。

「いま考えてみれば二回目ということになりますし、彼はそれを知っていますから、自分から反省してもらいたかったのでしょう。別に彼女が僕の本を盗んでいると鷹村さんに漏らしたわけではなく、彼女が僕の書きこみの入った本を彼に見せたのでわかったらしいです」

「でもそれだと、廣谷さんに借りた、という可能性もありますよね」

 廣谷はねむそうに大きなあくびをしたあと、小さく頷いた。

「最初は借りたのかと思っていたようですが、それが文庫の『古今和歌集』であったりしたので、どうもおかしいと感じていたところ、ある日彼女がピアスをなくしたと泣きついてきて、そのとき僕の研究室に落としていたらどうしよう、というようなことを言ったので確信したと言っていました」

 授業で購入させられた文庫本をわざわざ廣谷に借りる必要はないということだろう。単位はすでに取得しているにしても、授業で使用する(それも書きこみのある)本を学生に渡すのは、試験の答えをほのめかしているということになりかねない。

 そういえば店で鷹村がピアスを出したとき、智枝子も少し言葉を添えはしたが、鷹村の手話を廣谷に通訳しなかった。目をこすってほとんど見向きもしていなかったにも関わらず、手話を覚えていないはずの廣谷が、鷹村がした提案を理解していた。そしてそのあと廣谷に鷹村がピアスを持っていたことの穴を指摘されたのだ。

 ではなぜ鷹村は智枝子に犯人が彼女であることを教えたのだろうか。彼女に自ら反省してもらいたかったのであれば、適度に言葉を濁して、廣谷に話を持ちかけたように、智枝子の調査も傍で犯人にたどりつけないようにうまくごまかしたらよかったのではないか。

 部外者の智枝子が調べられる範囲などたかが知れている。実際鷹村が犯人を知らなかったとして、そのまま調べを続けていたとしても、犯人が見つかったかどうか、可能性はとても低いだろう。

「ただ、盗んだ冊数を知って考えを変えたようです」

 智枝子の疑問を察してか、廣谷が言った。

「一冊か、せいぜい二冊だと思っていたら、九冊だったのでこれはもう自主的に反省などという話ではないと思ったと聞きました」

 水曜日に一緒に出かけたときに出た結論と犯人を廣谷には伝えたのかと聞いたとき、鷹村は伝えたと言っていた。そのときだろう。

「それでも最初は僕に彼女が犯人であることを告げる前に、自分で彼女に話をして、彼女から僕に名乗るように説得しようと考えていたようですが、山宮さんを犯人にしようと吹聴したという話を聞いて、判断を僕に任せることにしたみたいです。それで僕の判断如何によっては、いざというときに嫌疑を免れさせない保険として、ピアスも渡そうと決めたようです」

「ピアスは最終手段として持っていたということですか」

「そのようです。ピアス自体は本当にたまたま、研究棟の階段で拾ったらしいですが」

 廣谷の指摘したとおり、拾った時期と落とした時期がごまかされていたということだ。

「彼女には下手なことはしない、反省させるための言葉は投げても、以後も今まで通り接すると、彼とは約束をしました」

 反省しないようであればそれには限らないのですが、と廣谷は教えてくれた。店で言っていた「約束」とはこれのことだろう。報復という廣谷の言葉に鋭く当たっていた鷹村の態度を思い出す。

 しかしそれはわざわざ約束を取りつけるようなことだろうか。確かにそれがなければ廣谷は彼女に厳しくしていたかもしれないが、少なくとも鷹村に言われることではないはずだ。

「彼女の矛先が山宮さんに直接向かうのをどうしても阻止したかったのでしょう」

 話がこちらに飛んできて、思わずかたまってしまう。無言になってしまった智枝子に廣谷が問いかけ、とりあえず相槌を打つ。どういうことだ。

「いじめの心理と同じですよ」

 もとは廣谷に気に入られている相手がいるのが気に喰わなかったので、その相手である智枝子が廣谷に嫌われるか、あるいは少しでも離そうとしての今回の吹聴だったのだろう。廣谷の本を盗んだのは智枝子だという嫌疑を少しでもかけたかったに違いない。

 しかし今回はそれがうまくいかなかった。盗んだのが自分だということがばれれば、それも二回目となると、当然廣谷に軽蔑されると考える。そしてそれは智枝子のせいだ、と責任転嫁をして、廣谷とは関係ないところで智枝子を攻撃してくるだろうことは、そう難しい想像でもない。

 言われてみればるり子は変に噂を流されたら面倒だからと、廣谷の研究室に一人でいるようなことはしないほうがよいと注意をしてくれたけれど、鷹村の主張は常に「彼女と見えないところで二人きりにならないほうがよい」というものだった。

 知らぬ間に守られていたらしい。

「だから仕方なしに約束をしました。僕は彼女のことに詳しくないので、そうだと言われればそう信じるしかありません」

 まあ何にせよ、解決した今ではどうでもよいことです。廣谷はそう締めくくって、この話は終わりだと言わんばかりに本を手に取る。

「全部聞いたあとに言うのも卑怯ですが、今の話やその約束を、わたしに言ってもいいんですか」

 少なくとも鷹村は、ずっと隠そうとしていたのだろう。状況がそうしたのか本意がどこかにあるのか、それはわからないけれど。

「守秘義務はありません。僕の勝手です」

 それに終ったことですから。あっさりと、本から目線を上げもせず廣谷は言い放った。

 思い出しながら、もう一度スコーンにかぶりつく。直角三角形は台形に形を変えていた。智枝子の年代は台形の面積を求める公式が学習範囲から消えていたが、知っていたほうがよいという当時の小学校の担任によって教えてもらった。かっこ上辺足す下辺かっことじる、掛ける高さ割る二だ。大丈夫、まだちゃんと覚えている。

『この話をしたあとに言うのは卑怯かもしれないけれど』

 思い出していた記憶で、智枝子自身が言った言葉と同じようなことを言われ、一瞬動揺する。いかに鷹村が表情の機微を読みとれると言っても、心が覗けるわけではない。自分を落ちつかすようにして、真中のほうがふくれているスコーンに、横からかぶりつく。本当は一口大にちぎって食べたほうがマナーとしてはよいのだろうけれど、どちらかといえばぱさつきのある生地なので、ちぎるとぼろぼろと零れてしまう。

『耳が聞こえないことを笑ったり、特別扱いしないでくれてありがとう』

 ごくん、と嚥下する音が耳の奥に響いた。

『メールも本当にうれしかった。あれで耳が聞こえない自分にいつまでもこだわっているのが、少し恥ずかしくなった』

 立て続けに食べたので、咽喉がからからだ。智枝子はぬるくなった紅茶を一口飲んで、軽く咳払いをする。

 聞こえる、ということが鷹村にとってどれほどの意味を持っていたのか、智枝子は想像することしかできない。本を読むのがすきな智枝子は耳が聞こえなくなることより、目が見えなくなることのほうがおそろしい。同じように、もともとの鷹村は、目が見えなくなることより、音楽が聞けない、耳が聞こえなくなるということがおそろしかったに違いない。

 それが恥ずかしいなんてことはないはずだ。悩んで当然だと思うし、葛藤しておかしいわけがない。それでもそれをくみ取るようなことは、智枝子にはできない。

 だから今まで筆談のできる場所では筆談を選んでいた鷹村が、もし智枝子のメールを読んだことで机がある場所でも手話を選ぶようになったのなら、それが鷹村にとってよいのか悪いのかは、本人にしかわからないことだ。

「なんで?」

 智枝子の問いかけに、鷹村は首を傾げた。いつもの笑顔を浮かべたままで。

「犯人を知りながら黙っていたのは、豊口さんを庇っていたためと廣谷さんに聞いたから。本当にそうなの」

 庇う、という言葉に引っかかっていたようだが、口元に持っていった手を外して、鷹村は答える。

『それもあるけれど、山宮さんと話すのがたのしかったから』

「わたしのせいだって言うの」

『違う。俺が豊口を利用したっていうこと』

 なるべく気づかれないように、小さく長く、息を吐く。もう一度紅茶を口に入れるが、先ほどと同じくやはりぬるくなっており、あまりおいしくはなかった。いや正直言えば、味などよくわからなかった。

 まだ少し残されたスコーンを見つめる。袋のなかにぼろぼろとしたカスが溜まっていた。

「今日、遠隔補聴器、持っている?」

 発言者の首に下げたら、電波で鷹村の補聴器に送るというあれだ。前に一度だけ見せてもらい、下げさせてもらった。

 持っていると鷹村が言うので、貸してもらう。いつもと変わらないか、店内なのでそれよりは少し小さいくらいの声で聞こえるかと言うと、鷹村は補聴器のある左耳を軽く押さえながら、聞こえると答えるように頷いた。あのときも感じたことだが、こんな小さな機械が人の聴力を助けるだなんて、すごいと感心するしかない。

『許してはもらえない?』

 じっと見つめられて、少しの間瞬きを忘れた。これを首から下げているとはいえ、周りがまったくの無音というわけでもないし、完璧に聞こえてはいないだろう。口元の動きと一緒にして聞き取っているのではと当たりをつけて、なるべく俯かないように気をつける。

「許しません」

 このままでは、と付け足す。鷹村は智枝子を見つめたまま、一瞬たりとも目を離そうとしない。許さないと言ったときも表情を変えなかった。ひどい言葉を言っているのに、気圧されているのはこちらであるような気がしてくる。

「わたしは」

 覚悟を決めて、智枝子は言った。

「わたしは、鷹村さんに言われたことを全部信じたし、なでられると照れるし、さり気ない気遣いはすごいと思うし、豊口さんのことも、わたしに対しても鷹村さんがやさしいからだってわかってる」

 鷹村の視線に耐えられず、顔は正面を向いたままで、つい目を伏せてしまう。

 あくまで冷静に話すつもりだったのに、智枝子の決意とは裏腹に声はだんだん速くなっていった。補聴器があるとはいえ、ゆっくり話さないと聞きとってもらえないかもしれないのに。

 落ちついて、落ちついて、と自分に言い聞かせながら、声が上ずらないよう、大きくならないよう、速くなりすぎないように注意する。

「声が聞けてうれしかったし、もっと聞きたいと思ったし、思わずって言っていたけれど、なんでわたしのときにその思わずがあったのか、本当は聞きたくて仕方がない」

 心臓がどんどんと速度を増して脈打つのが自分でもわかる。言いたいことはこういうことではない。伏せた目がもう上げられない。

 それでも言葉をとめることができず、智枝子は続ける。

「メールをもらってうれしいのはわたしのほうで、言葉遣いの小さな差に一喜一憂して、薦めてもらった本はずっと持ち歩いて読んでる。豊口さんを利用したのはわたしも一緒で、だって、鷹村さんのことが」

 びく、と体が小さくはねた。ふいに鷹村が机の上に置いてあった智枝子の手に触れたからで、突然黙った智枝子を気にする様子もなく、鷹村は指先だけで触っていた手を徐々に重ね、少し指を絡めたり、つないだりした。

 智枝子がかたまった動けないままでいると、重ねていた手を離し、右手の親指と人差し指でつくった輪を、左手の甲に当てた。『たとえば』

 伏せていた智枝子の目線は、鷹村に戻っていく。

『たとえば、こうして手をつなぐと、もう満足に話すこともできない』

 一音ずつ表現することは片手でも可能だが、確かにそれで会話を紡ぐのは難しい。

 鷹村は再び目の合った智枝子に、ゆったりとほほ笑んだ。目は相変わらず射るようで、逃れることはできない。

『それでも俺でいいですか』

 体中に鳥肌の立つような、しびれるような感覚が走った。智枝子は思わず顔を覆って俯きそうになるのをなんとか耐えながら、はい、と言った。か細い声で、さすがに補聴器もきっと拾えなかった。

 それでも鷹村は小さく頷き、『何をしたら許してくれますか』と聞いた。

『正直に言って』

 射るような目に捉えられたままで、智枝子はしばらく何かを言おうと口を動かすものの、なかなか声が出てくれない。先ほどのとめようと思ってもとめられなかった勢いはどこへいってしまったのか、三分の一でもよいから戻ってきてほしいと願いつつ、少しだけ俯いてしまう。目を見つめ続けることができなかった。

 な、と絞るように声を出す。俯いていてもせめて補聴器が拾ってくれることを祈るしかない。

「名前を、呼んでほしい」

 心臓が破裂しそうだ。暑いような寒いような、それすらもよくわからない。鷹村が黙っているこの時間が、おそらくは数秒だろうとわかっていても、十分も二十分も経っているような、長い沈黙に感じられた。

 鷹村の手が智枝子の手に重ねられる。体がまたびくりと反応し思わず手を引っ込めそうになるが、触れていただけのついさっきと違って、鷹村の手には少しの力がこもっていた。逃れることはできず、智枝子は逆に引っ込めようとしていた手からゆっくり力を抜く。

 俯いているので気配でしかないが、鷹村の顔が近付いたのがわかった。自分で言っておきながら、恐怖が包み始める。自分勝手であることを咎められる気がしてきた。

 気持ちは耳をふさぎたいのだが、反対に聴覚は鋭くなっているようだ。鷹村の息を吸う音が聞こえてきた。

「智枝子」

 ぶわ、と何かが智枝子のなかを駆け抜けた。

 自分で話している声の大きさがうまく調整できないためか、慎重に声を出しているのが響きで感じられた。話し言葉としては少し小さめだったが、顔が近いので充分に耳に届く。

「すきです。俺と付き合ってもらえませんか」

 重ねられているのとは別の手が、思わず耳に運ばれる。確かに聞こえたし、確かに聞いた。間違いなく鷹村の声が、智枝子に向かって。

 返事を、返事をしなければ。

 一人で興奮してつらつらと口上を並べていたのが恥ずかしいのか、言われた言葉が恥ずかしいのか、もう混乱してよくわからない。先ほどから自分の感情であるのにわからないことばかりだ。ただ一つわかっているのは、今は間違いなく暑い、というその感覚だけで、なぜこういうときにどうでもよいところだけ理解してしまうのだろうと頭を抱えたくなる。

 ちらと鷹村のほうに顔を向ける。射るような目も今は少しうるんでいるように見えた。

 自分でいっぱいいっぱいだったが、鷹村も同じように緊張しているのだろうか。はやく返事をして、発音も声も何もおかしくはなかったよと言ってあげなければ。智枝子は自分の手をひっくり返し、重ねられていただけの手をつないだ。

 はい、という返事は、かすれて消えた。

「わたしも、鷹村さんがすきです」

 智枝子の笑顔に、鷹村も安堵したように目を細めて笑う。

 あんなに恥ずかしかったはずなのに、つないでいた手を離されると少し残念に感じた。いつの間にやら隣に座っていたはずの女子高生の姿もなく、どちらにせよ彼女はイヤホンをしていたが、誰も聞いていなかったことに胸をなで下ろした。周りを気にしたり、あるいは気遣ったりする余裕など毛ほどもなかったし、そうでなくともほてった顔を落ちつかせるのにゆうに二十分はかかった。隅の席で本当によかった。

 いくばくか落ちつくと、残りのスコーンを食べてほとんど余っている紅茶を飲む。紅茶はすっかり冷えていたが、今度はちゃんと味が感じられた。

 鷹村は久しぶりに意識してしゃべったので咽喉が渇いたと言って、一度飲みほした珈琲をもう一杯頼んだ。カップの大きさが違っていたので、おそらく智枝子が頼んだのとは別の珈琲だろう。それでもう一度挑戦させてもらったが、やはりだめで、鷹村に笑われた。

「そういえばお姉さんはよろこんでいた? プレゼント」

 誕生日がいつなのか具体的には知らないが、そう長く隠せるようなものでもなさそうであったし、もう渡しただろうと見当をつけて聞く。

 けほ、と小さく咳をして、鷹村はカップを置いた。まだやはり話すことには抵抗があるらしく、さらにそれがこういう他人の多くいる店内だとなおさららしい。それでも先ほど話してくれたよろこびを噛みしめるだけで顔がにやけてくるので、智枝子もそれ以上を求めようとは思わなかった。むしろにやける顔を隠すだけで精いっぱいだ。

『うん。あの日帰ってから渡したけれど、昨日見たらもうなかった』

 けっこうな量があったはずであるし、がばがば飲むようなものでもなかったはずだが、一週間も経たないうちになくなっているというのは相当気に入ったのだろう。

「うちの弟は夏生まれなんだけど、何あげてもよろこぶから逆に迷ってしまって、今から考えておかないと」

 何せ巴は芸能界でよいものに触れてきているため、智枝子のできる範囲で考えるとどうも見劣りするような気がする。「智枝子が一緒にいてやればそれがいちばんよろこぶ」と母二人は言うけれど、やはり誕生日なら何か特別なことをしたい。

 とんとん、と手を指先で数回叩かれる。遠隔補聴器はまだ首に下げているし、顔も向けていたから聞きとれなかったというわけではないと思うのだが、何かわからなかっただろうか。それとも弟の話など興味なかったか。

 鷹村は左耳を少し押さえたあと、『それ、そろそろ返して』と智枝子の首から下げられている遠隔補聴器を指差した。どういう風に聞こえているかわからないが、もしかして店内のざわつきも一緒に耳に響いて痛くなってきたとか、そういう事情のためか。そもそも智枝子が言いだして借りたものであるから、ここまで我慢させていたとしたら申し訳ない。首から外して鷹村に返す。

 しかしそれを鞄にしまった鷹村は首を横に振って、言いにくそうに口元に手を当てている。なんとなく気づいたのだが、口元を手の平で覆うようにしていると悩んでいるときの癖で、手の甲で口元を覆っていると困ったり照れたりしているときの癖のようだ。そして今は手の甲が口元を向いている。

「智枝子の」

 手話ではなく声が発せられたので、驚いてつい体が反応してしまう。口元から手を離したくないのだろうか。ついさっきまで話すことを頑なに拒んでいたとは思えない。

「智枝子の声が、もっと聞きたくなるから」

 手が口元からもう少し上がって、鼻や目も隠すようにしている。顔が真っ赤だ。耳まで赤い。鷹村も自分と同じなのだと感じて、うれしさが広がっていく。

 何度か照れた鷹村を見たことを思い出す。けっこうすぐ赤くなるたちなのだろうか。

 揶揄しようかどうか悩んでいると、顔に出ていたのか、手話で素早く『出よう』と言って、鷹村は二人分のカップを持って立ちあがった。

 慌ててついていき、店を出るところで追いつく。自動ドアを抜けて広場に出ると、外はまだ明るかったが、時計を見ると夕方と言って差し支えない時間だった。

『そういえばどうして右につけているの?』

 腕時計のことだ。鷹村は普通に左の手首につけている。小さいころからの癖で、と説明すると、興味深そうに眺めてきた。

 鷹村は智枝子の左側に立っていることに気づき、さり気なく右側に移動する。補聴器が左耳にしかないので、ほとんど聞こえないにせよ左側に立つと不安なのだそうだ。

 回りこんだ鷹村の袖を引っ張り、

「前からわたしのことを見てた?」

 と聞いた。腕時計はここ最近で気づいて気にしていたとしても、智枝子がよく飲むジュースを当てるのはそうできることではない。鷹村と話すようになったあと、買ったことはないのだから。あるいは少なくとも半年は通っているはずの廣谷の研究室で会ったことすら初めてだったのに、それがたまたま廣谷のいないときだったのは、本当に偶然だったのだろうか。

 いつもの笑顔を向けていた鷹村は智枝子の言葉にふっと真顔になったあと、悪びれもせずからりと笑った。

『見ていたと言っても、廊下ですれ違うか、廣谷先生や学科の研究室に入るところや、波間先生の研究室にいるところを見かけていたくらいのものだけれど』

「それでわたしがよく飲むジュースがわかったの」

 智枝子がそう言うと、ああそれで聞かれたのかと納得したような表情になる。

『いつも同じやつ持ってたから、憶えていただけだよ』

 観察は得意だから、と続ける。確かに鷹村の、表情の機微を読みとったり、ちょっとしたときの気遣いはなかなか真似できるものではない。廣谷もかなり細かいところまで記憶するたちだが、代わりになぜそこを忘れられるのかというところを憶えていなかったりするので、あれは例外だろう。

 今日はるり子のところに寄ってくると言ってあるし、まだそう遅い時間でもない。本屋に行かないかと提案する。広場を挟んで向かいの建物にはワンフロア丸々使った書店が入っている。この前鷹村と行った本屋とは別の系列だ。話題書の並びが他の書店とは異なっていてたのしい。

 本当はここでもし欲に負けて大量に買ってしまったりすると、来週提出の課題に差し障りが出てしまうのだが、基本的に本を眺めているだけでも満たされることができるので大丈夫だろう。同じ学部の子たちには目的なく本屋に行くことを驚かれたが、鷹村ならその心配もない。

『『不如帰』でも買うの?』

 からからと笑われる。それは一度読んだし、同じホトトギスなら正岡子規の本を読んで短歌の勉強でもしたいところだ。

 それに、と思う。廣谷に教えてもらったほととぎすの意味を思い浮かべ、ちらと鷹村を見やる。

「ほととぎすなら、もう鳴いたから」

 先ほど通ったところから見て向かいの自動ドアをくぐって、智枝子は言う。前を向いていたために口が動いたのはわかっても、何を言ったのかはわからなかったらしい。鷹村が少しかがむようにして智枝子のほうを向いたが、なんでもない、と笑う。それを見て、話してもらえないとわかったからか、鷹村はかがむのをやめて姿勢を前へと戻した。

 どちらからともなく手をつなぐ。鷹村の手はやはり大きく、指先が温かい。本屋に向かいながら、智枝子はしばらく気軽に時計が見られないなあと思い、今度から左手首につけるかどうか真剣に悩むのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ホトトギスの鳴く 葉生 @hassyo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ