小夜の亡骸を埋めた辰が、次の宿場へ着いた頃には、すっかり日が沈んでいた。一足先に宿をとって待っているはずの藤十を、においを頼りに追う。雑魚寝の安宿ではなく上宿で見つけた藤十は、むっつりと押し黙ったまま、立て膝に頬杖をついて窓の外を眺めていた。辰が追いついてきたことには気づいているのだろうが、一瞥すらしない。

 その態度が何よりも藤十の怒りを物語っているようで、辰は部屋を入ったところで立ち尽くす。

「……おまえは」

 やがて、視線は外へ向けたまま、藤十が口を開いた。

「そんなに死にたかったのか」

「……」

 辰は、返答に詰まる。一言で答えられる問いではなかった。

「もちろん、おまえが生きたがっていなかったことは知ってたとも。だから、おれは、死なせるものかと思った。だが──」

 辰が言葉を見つけるのを待たず、藤十はさらに言い募る。声音は静かだが、そうして抑えなければならないほど怒っているのだと、辰には十分過ぎるほどにわかった。

「おれと来た道行きは……あの時死んだがましな代物か」

「それは違う!」

 辰は慌てて否定した。「そうではない」と、首を横に振る。藤十の怒りの理由が、ようやく理解できた。

「そうではないんだ」

「だが、おまえは」

「誰もが皆、おまえのように強いわけではないよ、藤十」

 ゆるゆると首を振り、よろめくように藤十の傍らに近寄った。

「先に必ず幸せがあるからといって、それを知っているからといって、それで絶望の中を生きていけるほど、私は強くない。誰かを生かせるほど、強くない」

 頭を垂れ、「誰もが、おまえのように強く生きられるわけではないんだ」と繰り返す。

 辰が言葉を途切れさせると、再び沈黙が流れる。

 気まずさにしびれるほどの時間をおいて、ようやく藤十が口を開く。

「これきりだ」

 その声の低さに、辰はぎくりと肩を震わせた。おそるおそる藤十の顔を窺うと、苦々しげな目と視線が合った。

「これきりだ。二度はない」

 藤十は、まるで自分に言い聞かせるように繰り返す。藤十が責めているのは、辰ではなく、己自身だった。

「もう二度と、手放すものか」

 おれのものを死なせるものか。

 低い藤十の独白に、辰はその場にへたり込んだ。思わず笑いがこみ上げる。

「私は、ねぇ、藤十。おまえが私を『おれのものだ』という、その言葉を疑ったことは、一度だってないんだよ」

 ぱたぱたと畳に落ちる涙はそのままに、笑いながら泣き、泣きながら笑った。

「おまえのためならば、私は万年だって生きられるとも」

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藤花走狗乃譚~蛇抜けの章~ 日向葵(ひなた・あおい) @Hinatabokko1015

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