俺が犬コロの一流の見張りになったワケ。

 


 俺の名はビクター・ターナー。

 田舎の領地を治めるいちおう伯爵だ。


 伯爵家を継ぐつもりは毛頭なく、十六歳になったら家を出た。それから色々見て回った。

 小さい時から家を出るつもりだったから、領民に混じって働き、傭兵だったおっさんについて格闘術や剣の使い方を学んだ。

 両親には出来のいい兄がいた為、俺の事は放任してくれたのは有難かった。

だが旅立つ時には不審に思われないくらいの路銀を渡してくれた。

 俺は八年近く、傭兵になったり、大道芸人に弟子入りしたり、ある商人のちょっとしたお使い係になったりして、旅を続けた。


 そうしてある日、兄が急死したと知らせがあり家に戻った。たった八年離れただけなのに両親はすっかり老い、俺は兄への悲嘆に浸る間も無く、領主の仕事に追われた。


 二年後、母が病に倒れ父がその後を追うように亡くなった。

 父はすまないと俺に詫びて息を引き取った。


 ――自由を奪ってしまいすまない。


 優しい父だった。恐らくそういう意味だと思われた。


 それから一年、外を見る度に旅を思い出し、だが仕事にうち込んだ。


 そんなある日、国一番の商人ガンデーラが現れた。初対面ではない。むしろよく知っている。

 この人の妙なお使い係を一年ほどした事があった。山を越えて書類を配達したり、沼地に住むおかしなババアから薬を取って来いなど。報酬はいいが、かなり難易度の高い仕事だった。

 思えば俺だから出来た仕事だと思う。

 領主になり仕事は断っていたはずだが、事前に連絡もなしに、しかも本人がわざわざ会いに来るのは、かなり胡散臭かった。


「何の用でしょうか?ガンデーラさん」


 今の俺は伯爵なのだが、以前のように元雇い主に話しかけた。この人は貴族が嫌いなのだ。なので貴族らしい態度をとって気分を害させるのは得策じゃないと思ったからだ。


「これはこれは、ターナー伯爵。以前と同じように私に接して下さりありがとうございます。さすが伯爵様ですなぁ」


 顎髭をさすりながらガンデーラさんは笑う。その猫撫で声で鳥肌が立ちそうだった。


「ガンデーラさん。単刀直入に用件をおっしゃってくださいませんか?」


 腹の探り合いなど俺は不得意だし、時間の無駄だった。


「伯爵様。跡継ぎはいらないかね?」


 そんな言葉で始まった彼の話はこうだ。

 彼の長男を養子にとり、伯爵の爵位を彼に譲ってくれないかというものだ。その代わり、ガンデーラのファン商会がこの地を全面的に支援する。そして最も重要な事は俺が自由を得る事だ。

 考え込む俺に、ガンデーラさんはまず彼の長男に会うように、強く勧めてきた。

 彼らしくない、懇願に近かった。

 問題は俺が領地を離れることだが、その間はどこから調達したのか、俺にそっくりの影を立てるという事。

 胡散臭く思っていると、ガンデーラさんの背後に立っていた男が急に動いた。彼は鬘(かつら)を取り、髭、眼鏡を外した。そこにはなんと俺がいた。

 仕事からしばらく解放される、暫しの休養だと思えばいいと俺も満更でもなく、引き継ぎを終えるとガンデーラさんについて彼の家に向かった。


 ――騙された。


 俺はなぜか一流の見張りに仕立てられ、犬コロの見張りになった。


 ああ、犬コロじゃなかったな。

 ガンデーラさんの長男リック・ファンだ。

 犬コロみたいな外見、キャンキャン吠えるので、俺の中では犬コロ決定だ。あのガンデーラさんの息子とは思えないほど可愛い犬コロだったが、なかなか根性のある奴だった。

 一応見張りという役で、報酬も別に出すと言われたので、見張りらしく彼に張り付いた。重要な事は、レーヌ伯爵令嬢のヴィヴィアンに会わせない。その為に俺はガンデーラさんに犬コロへの全権を任された。

 この犬コロ、めちゃくちゃ頑固だった。言っても聞かない。だから実力行使した。

 そんで犬コロは吠えやがった。


「おじさん。僕を傷つけてもいいの? 父さんに解雇されるよ!」


 ――おじさん


 確かに俺は二十六歳だ。だが、十しか変わらない奴に「おじさん」呼ばわりされる筋合いはない。


「許可はもらっている。顔以外は傷つけてもいいと。むしろ奨励されたくらいだ」


 全権は任されていたが、おそらく暴力はだめだ。だが、俺は嘘をついた。まあ、多少の生傷くらい、若いうちはこしらえたほうがいい。


 だが、犬コロはそれでも抵抗をした。だから少し脅かしてみた。

 大道芸人の下で修行した俺のナイフ投げは、文字通り一流だ。

 奴の髪に当たるか当たらないくらいの場所を狙って、走り去ろうとした頭部右側を狙い、ナイフを投げた。

 シュッといい音がして、犬コロの毛を多少切ってしまったが動く方が悪い。ちょうど伸びていたから感謝して欲しいくらいだ。


「俺はナイフも一流だ。当てはしない」


 俺がそう言うと、犬コロはそれは本当に泣きそうな顔をしていた。


 まあ、これで大人しくなるだろうと思っていたら今度は手紙を書きやがった。手紙に関してもガンデーラさんから注意を受けていた。何でも助言をするような事を書いてあれば、中身を破棄する事。破棄はちと可哀想な気がしたので添削もしつつ、助言の部分を黒く塗りつぶして返してやった。


 奴は目を丸くしており、まさに犬コロもいいところだった。 

 憤慨した奴が、「問題なければ渡してくれるの?」と聞いてきたので「無論だ」と答えた。

 疑わしそうだったがその場で手紙を書き上げたので、俺が検査した。

 普通の内容だったので合格とし、使用人に託した。


 翌日に返事が来て奴の元気が急になくなった。雨に濡れた子犬みたいだった。

 気になってしまい調べた。というか、本来の目的を失い、俺は犬コロに肩入れしつつあった。

 真相を知り、ガンデーラさんの真意が分かり舌打ちするしかなかった。

 俺はすっかり犬コロに絆されていたからだ。


 リックを養子にして爵位を譲り、貴族となった奴は晴れてレーヌ伯爵令嬢ヴィヴィアンと婚姻する。

 その筋書きにはもう一つ重要な点、ヴィヴィアンと第二王子の婚約破棄という要素があった。だがガンデーラさんならどうにかする筈だ。


 俺は俺の役割を全うする。


 犬コロとの別れの時、目が微かに霞んだ気がした。奴はそれどころでなかったので、少し残念な気がした。元気になったらまた虐めてやろうと心に決めた。

 去り際にガンデーラさんがしてやったりと笑ったのには頭に来た。まあ報酬はたんまり頂いたので、いいとしよう。


 まあ、ここからが物語の定番だ。

 奴は俺の指導の下、立派な貴族となった。

 そして運命の夜会の日、王子ごとく着飾って、結婚破棄された可哀想な令嬢を慰める。

 令嬢……、犬コロ、いやいやリックが言っていた通り「悪役令嬢」の名にふさわしい、意地悪そうな顔をしていた。

 そんな令嬢を見つめる奴は、ほーんとうに……。


 まあ、幸せなことはいいことだ。

 幼馴染と「悪役令嬢」の物語はこうして、いわゆる幸せな結末を迎える。


 俺? 俺はまあ、一生奴の一流の見張りのつもりだ。


(おしまい)

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幼馴染の悪役令嬢が婚約破棄されるまで。 ありま氷炎 @arimahien

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