「悪役令嬢」の私が婚約破棄されるまで。


 私の名はヴィヴィアン・レーヌ。

 レーヌ伯爵家の長女で、今年十六歳。

 波打つような黒髪に、黒真珠のような瞳を持つ絶世の美人なの。


 そんな美しい私にはもう婚約者がいるわ。

 なんと第二王子のマスタール殿下。

 顔はまあ、合格ね。まあ私の隣に相応しい外見には違いないわね。


 でも顔と言ったらリックのほうがもっと可愛いわ。犬のように丸い茶色の瞳で、髪はくるくると癖のある金に近い色。

 私がどんな事を言ってもいつも笑顔なの。


 ああ、リックはちなみに私の幼馴染。下僕じゃないから間違わないでね。

 お父様とリックのお父様同士が親友なの。おかしいわよね。貴族と平民なのに。

 まあ、おじ様は平民といっても、国一番の商人ガンデーラだから、お父様と親友であってもおかしくないわね。


 そういえば、リック。

 あの子、私のこと悪役令嬢って呼ぶのよね。

 役者でもないし、悪役っ何よ!と思うのだけど、あの子は昔からおかしな感性をしていたから、放っているわ。

 リックは本当に不思議な子。

 でも一緒にいると、なんだから楽しくなるの。


 まあ、そんなリックだけど、一度だけ悲しそうにしたことがあるの。

 それは私が第二王子と婚約した時。釣られた私も落ち込んでしまったけど、この婚約は王命だったから断わることもできなかった。

 お父様も残念そうだったわ。


 私が婚約してもリックは変わらず遊びに来てくれた。もちろん昔みたいに二人っきりなんて無理だけどね。学校が休みの日は必ずおじ様と一緒に会いに来てくれたの。


 あの子本当に変わっていて、私に無理難題を言わせることが好きなの。後は私を怒らせることが好きね。

 頭に来て淑女らしくないけど怒鳴りつける事もあるくらい。だけどリックはそんな私をうっとり見つめるのよね。

 そんなに見つめられると困るくらいなのに。


 侍女のレベッカは、昔は「仲がよろしいこと」と笑顔だったけど、最近は「こんなに仲がよろしいのに」と泣きそうになるのよね。


 本当、おかしな人が多いわ。


 そうそう私の学校の生徒達も相当おかしいの。勉強する為に来ているのに、だらけてばかり。先生達もお困りだったわ。だからよく注意するのだけど。一番の怠け者が第二王子のマスタール殿下だから、皆さん私の言うことを聞かなかったわ。

 なので、私、リックにしてあげるように殿下を叱ってさし上げたわ。だって私は婚約者ですもの。王族であるのだから、しっかり勉強して、国を支えるべきじゃない?

 叱ることが私の務めだと思ったのよ。


 助言は結構無視されていたけど、私は根気強く叱り続けたわ。そうしてやっと周りも私の言うことを聞き始めたわ。


 学校がまともに回り始めたのだけれども、それを壊すものが現れた。

 それは一人の転入生。貧乏男爵の分際なのに、どうしてか、入学できた不思議な子。

 貴族としての嗜みも知らなくて、無作法者で、婚約者の私を差し置いて、殿下と二人っきりでお話ししたりするのよ。

 殿下も嬉しそうにしてるの。周りの方もそれが当然のようにしてるの。その子、いつのまにか皆んなとも仲良くなっていたわ。



 訳がわからなくてリックに相談したら、意地悪をしてその子を追い出せばいいと言ったの。意地悪する方法をたくさん教えてもらったけど、そのうちのひとつ、教科書を破る案を実行してみたわ。

もちろん、偽物を用意したけど。


 そうしたら殿下に怒られたの。初めて見たわ。あんな殿下。とても悲しくて、リックにも話したら彼も悲しい顔をしたわ。

 でもすぐに次の作戦を提案してきた。虫は嫌いだから却下したけど、物置に閉じこめる作戦は実行する事したの。

 だって悪いことをしてるのはあの子だもの。脅かして私という婚約者がいる殿下に近づかないようにさせなきゃ。

 作戦は失敗したわ。お父様の使いがやってきて、物置きを開けたの。


 それからおかしくなったわ。

 リックが会いに来なくなったの。


 やっと連絡があったと思ったら、他人行儀の手紙だった。

 だから私も頭にきて意地悪な返事をしてしまった。

 

 リック。

 あなたが姿を見せなくなって清々しているわ。

 あれから殿下は私を大切にしてくれるようになったの。あの子を物置に閉じ込めて正解だったわ。

 それだけはお礼を述べて置くわね。


 ひどいかしら?

 嘘もついてるしね。


 でも返事は来なかったわ。

 待っても、待っても。


 私、我慢ができなくて、リックが来ない理由をお父様に聞いたわ。

 その理由は驚くべきものだったの。


 リックが、私の婚約破棄を狙い、その上、私が平民まで落とされるようにして、最終的に彼の妻にする計画を練っていたって。だから私に意地悪するように助言したって。


 どう、驚いた?

 凄いわね。リック。そんな計画を立てていたなんて。


 私は驚いたけど、同時に嬉しかった。

 すぐに殿下よりも彼の妻になりたいと思ったわ。


 だってリックと一緒にいると楽しいし、見つめられるとドキドキするの。殿下には何も感じないわ。

 王命なので婚約者として振舞っていたけど、殿下に婚約破棄してもらうという手があるなら、実行するしかないじゃない。


 だから、私はリックに教えてもらった意地悪案を思い出して、仕掛けていったわ。


 靴を隠したり、彼女に明日の授業が休みだと言ったり。

 虫のことは嫌いだったけど、侍女のレベッカに手伝ってもらって、彼女の机に置いてみたわ。


 私、頑張ったわね。


 もう作戦がないと思っていたら、殿下に呼び出されたの。

 嬉しかったわ。

 婚約破棄されると思ったから。


 殿下は婚約破棄をしてくださらなかった。

 いえ、殿下は私を助けてくれたわ。

 このまま、私の悪事をさらすと家の恥になるから、隠してくださると。

 殿下は私の知らない事実をたくさん知ってらっしゃった。


 ケイラ・ステファンを支援して入学させたのが、リックということ。

 リックは今、伯爵家に養子に入り、貴族になっているとのこと。


 リックが婚約破棄を狙って、ケイラに支援したのが公になると、彼女もつらい立場に立たされる可能性もある。

 だから、これを全部もみ消して、殿下の愛がケイラに移ったことで、婚約破棄という形をとることにしたらしいの。

 

 王命なのに?


 殿下はどうにかするといきまいていたけど。

 ケイラに出会えて幸せだと恍惚の表情を浮かべてらして、それがなんだか私を見つめるリックによく似ていたわ。

 だから、リックも私のことを本当に好きなのだとわかったのよ。


 殿下と私、そしてケイラは一致団結したわ。

 作戦を決行するのは、リックも参加するはずの夜会。

 殿下がおっしゃっるには、婚約破棄されて「傷ついている私」を慰めに、きっとリックが傍にくるから、その時を狙えということだったわ。


 そうして、夜会がやってきたの。


 正装したリックは本当にかっこよかったわ。

 殿下よりも王子様みたいだった。

 本当はすぐにでも話をしたかったけど、堪えたの。


 そうして、始まったお芝居。


「私、ヒルタン第二王子マスタールは、本日ここでヴィヴィアン・レーヌとの婚約を破棄する事を発表する」

 

 殿下がそう宣言して、私は一歩下がる。その間に入るのがケイラ。


「私の新しい婚約者はケイラ・ステファンだ」


 殿下の隣で微笑むケイラ。


 私は逃げるように立ち去る。


 本当に、リックが追いかけてくるか心配だったけど、彼は来た。

 手を捕まれた時は、本当にロマンチックで夢かと思ったわ。

 すぐに手を放されたけど。


「なぜ、放すの? 私が心配じゃないの?」

 

 驚くリックに、いつもの調子で聞いてしまったわ。

 彼は何も言わず、間抜けな顔をしていた。だから、ずっとこの時を待っていた私は考えた台詞ではなく、感情のまま叫んでしまったの。


「リックのうすのろ! 意気地なし! 婚約破棄させて私を平民に落として娶るのではなかったの!」

「へ?どうしてそれを」


 彼は呆然としていた。

 それで言ってしまったって、後悔したけど、正直に話すことにした。


「お父様が教えてくださったの。殿下が嫌になるくらい、ケイラが諦めるくらい、イジワルの仕方を教えてくれたわね。どれも全部失敗したけど。殿下もケイラも最後の方は分かちゃったみたいで。リック! どうして諦めたの? もう私の事、嫌いになっちゃったの?」


 こんなこと言うつもりじゃなかったのに。

 最後なんてとっても惨めだ。

 泣きたくなったけど、俯くのはしゃくだったから睨んでやったわ。


 すると彼は微笑んだ。 

 とても優しく。

 私の大好きな笑顔。


「ヴィヴィアン様。僕はまだあなたのことが好きだ。あなたは僕の事どう思ってる?」


 笑顔の中の瞳はとても真剣で、私は少し怖くなった。

 だけど、ここで逃げたら後悔すると思ったの。


「あなたは私の大切な人。会えなくて清々するなんて書いて、本当に」


 あの他人行儀の手紙に返したのは、会えなくなって清々するという冷たい言葉。

 何度も後悔したわ。 

 だから、今度は正直になろうと決めたの。

 私の言葉を止めたのはリック。

 片膝を地につけて、私を見上げたわ。


「ヴィヴィアン様。あなたは平民には落とされなかったけど、婚約破棄された。僕も今や貴族だ。僕と結婚してくれないかな?」

「け、結婚! まずは婚約からよ」


 反射的にそう答えてしまったわ。

 だって、結婚の前に婚約が普通でしょ?

 まだ私達、ちゃんとお付き合いもしてないのよ?


「嬉しいよ! 本当に婚約してくれるの?」


 リックは立ち上がると満面の笑顔を浮かべたけど、信じていないみたいで悔しかった。


「本当って。信じていないの? 嘘だと言ったほうがいいのかしら?」


 だから意地悪を言ってやったわ。

 彼は私の意地悪が大好きで、それこそ恍惚の表情で見てくれた。

 

 こうして私は殿下に婚約破棄されて、ちょっとおかしな幼馴染と婚約をすることにした。

 この後、お父様とおじ様の間でひと悶着あるのだけれども、それは別の話。


(おしまい)

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る