僕のお嫁にエメラルドを

朝霧

僕のお嫁にエメラルドを

 もうすぐお嫁の誕生日だから宝石でも贈ろうかと思ったので、早速少年時代の知人である元不良の仕事場に凸った。

 なんでか知らんが宝飾関係の仕事についたガタイが良くて顔がちょっと岩石っぽい感じの昔馴染みは、僕の顔を見るなり飛び上がった。

「な、ななななな何の用だよお前!?」

「お客に対して失礼すぎない? お前」

 オーバーすぎるリアクションに溜息をついた。

 せっかく強そうな顔をしているのに台無しである。

「きゃ、客だぁ? お前が? よりによってお前が? ここは食い物屋でも武器屋でもねーぞ?」

「お前が僕の事をどう思っているのかよーくわかったよ、まったく、しつれいな奴だなあ……」

 酷いよねえ、とダークな感じに笑うと昔馴染みは小さく悲鳴をあげた。

 ……さてと、このままだとラチがあかないので。

「僕はちゃんと客としてここにきたんだ。冷やかしでもなんでもなく、ね」

「……どういう風の吹きまわしだ?」

「来月お嫁の誕生日なんだ」

 かわいげなくてぶちゃいくだけどあれでも一応僕のお嫁だ。

 結婚してからもうすぐ1年くらいだし、記念になんかしら贈っといてもいいだろう。

 どうせ喜びはしないだろうし、金の無駄遣いとか言われるかもだけど、別にいいや。

 僕が贈りたいだけだ、お嫁がどう思おうがどうでもいい。

「ってわけで、金はいくらでも積むから来月までに一番質が良くて一番でっかいエメラルドでなんか作ってよ」

「む、無茶苦茶な注文を……」

 昔馴染みの元不良は若干引き気味にそう言ってきた。

「何? このくらいできるよね? 他に仕事がある? 僕とお前の仲じゃないか、ちょっとくらい融通きかせてよ」

「わかった、わかったから!! できる限りのことはする!! その注文受けます!!」

 暗黒微笑でグイグイ迫ったら快諾してくれた。

 やったぜ、持つべきものは友達だなあとしみじみと思った。

「……で? 使う石がエメラルドであること以外に指定がないんだが、何を作ればいいんだ?」

「その辺はプロにお任せするよ」

「……それはやめてくれ、作った後にいちゃもんつけられても困る」

 溜息混じりにそう言われた。

 確かに完全にお任せにして変なものを作られても困る。

「それに……一番質が良くて一番でっかいエメラルドと言っていたが、それも地味に難しい注文だぞ? ちょっと待ってろ」

 と、言いつつ昔馴染みは店の奥に引っ込んだ。

 少しして昔馴染みは箱を三つ持ってきてこちらに見せてきた。

「まず、一番でかいのがこれ、一番質がいいのはこれ、中間がこれだ」

「ふむ」

 昔馴染みが持ってきた三つのエメラルドを見てみた。

 一番でかいと言っていたのはコインよりも若干大きめのサイズだった。

 だけどあんまり綺麗じゃない、中がひび割れてる感じっていうか、なんか入ってるっぽい?

 一番質がいいと言っていたのはのは確かにかなり綺麗だった、透き通った緑色で一番大きなもののように中が変なふうになってない。

 けど小さい、小指の爪よりも若干小さめのサイズだ。

 中間と言っていたのは大きさは親指の爪くらいの大きさで、一番小さなものに比べると見劣りするけどそこそこ綺麗な石だった。

「この大きさでこれくらい綺麗なのはないの?」

 一番大きなものと小さいものを指差して聞いてみるけど、無言で首を振られた。

「根気よく探せば見つかるかもしれないが、あと1ヶ月で仕上げなきゃなんないんだろ? なら無理だ」

 もう少し前に来てくれれば探す時間があったかもしれないが、と昔馴染みはぼやいた。

 そういうことなら仕方ないだろう。

「で、どれを使う? この中で決められないんだったらあと何個か在庫があるが……サイズも質もこれと同じくらいのだな」

 と、昔馴染みは中間の石を指差してそう言った。

 ふむ……

 どうせなら驚かせたいからインパクトがほしい、それを考えると一番大きな石を選ぶのが妥当だろうか?

 しかしどうせなら綺麗な方がいい、一番綺麗な石はそういうのに疎い僕でも目を奪われるくらい綺麗だ、多分こっちの方が喜ぶ気がする、けどインパクトとパンチが足りない。

 なら間をとって中間の石を選ぶとすると、中途半端な感じになる、質も大きさも普通な感じだからインパクトが足りない。

「うーん……」

「あ、そうだ。他の石とか使うか?」

「他の石?」

「おう。小粒のダイヤとかをこんな感じにだな……」

 そう言って見せてきたのは赤い石……おそらくルビーを使って作られたブローチだった。

 雫型のルビーっぽい石を小粒のダイヤモンドが囲っているようなデザイン。

「いや、他の石はいら……」

 そこまで言いかけて、僕の脳裏にとある案が思い浮かんだ。

 思わずハッとして、これは名案だぞとほくそ笑む。

「おい、どうした?」

 不自然に言葉を止めた僕を昔馴染みの元不良は奇妙なものを見る目で見ていた。


「というわけで、ハッピーバースデー」

 誕生日当日、出来上がったそれが収められてい箱をお嫁に押し付けるように渡した。

「あ、ありがとう……」

 お嫁は何故か若干警戒したような表情で受け取った。

 開けるように促すと、お嫁はおそるおそる箱を開ける。

 そして絶句した。

 目をまん丸に見開いて、箱の中身のそれを凝視する。

 ……ふっふっふ、どうやらかなり動揺しているようである。

「こ、これ……」

「全部エメラルドだよ」

「エメッ……!!?」

 お嫁は悲鳴に似た声をあげた。

 この街と同じくらい宝飾関係が盛んな街に住んでたとはいえ、元々は貧乏人だったからだろう。

 なんかアワアワし始めた、超動揺しててウケる。

 思わず悪人じみた笑い声をあげていた、良いリアクションをしてもらえて何よりだ。

「こ、これ全部、エメラルド……?」

「うん。注文した時に見せてもらった石が三つあって、どれを選ぶか迷ったから、全部使ってもらった」

 ダイヤモンドも使ってるルビーのブローチみて思ったんだよね、なら三つ全部使っちゃえって。

 インパクトは間違えなく跳ね上がるからその案を即採用したんだ。

 昔馴染みには絶句されたけど、魔王を殺した報酬で孫まで豪遊してやっと使い切るくらいの資産があるため金はいくらでも出せるって言ったら快く作ってくれた。

 何にするかはちょっと迷ったけど、アイディアの元がブローチだったためブローチにしてもらうことにした。

 結構大きめな感じになってしまったし、お嫁は元々飾りっ気がない上にビビりだから基本的に観賞用になるだろう。

 ……一番綺麗で質のいいやつで指輪でも作れば身につけてはもらえただろうけど、それだけじゃあつまらない。

「こ、これものすごく高いんじゃ……」

「勇者やってた時の報酬がいくらでもあるから別に問題はないよ」

 ニコニコ笑ってそう言うと、お嫁はもう一回絶句した。

 そう、その顔が見たかった。

「い、いくらくらい……?」

「ほんとうに、聞きたい?」

 首をかしげるとお嫁は小さく悲鳴をあげて首を横ぶんぶん振った。

「それにしても……なんだってこんな高価なものを……」

「その方が驚くと思ったから」

 そう言うとお嫁はぽかーんとしてから顔をくしゃくしゃに歪めて、お前のそう言うところは大嫌いだと言ってきた。

 嫌いだと言われてしまった、割とショックだ。

 小さく溜息をついたお嫁はブローチをもう一度見た後、割と真面目な顔で僕の顔を見上げてきた。

「…………ほんとうに、もらっていいのか?」

「むしろもらってもらわないと困るんだけど」

 君のために用意したんだからと言うと、お嫁は小さくそうか、と呟いた。

「……ありがとう」

 そして、不器用な顔でそうお礼を言ってきた。

 

 こんなの手元にあったら落ち着かない。

 と、お嫁がブローチの入った箱を危険な薬品でも運ぶかのようにおっかなびっくり部屋に持っていったので、こっそり遠見の術を使ってお嫁の様子を観察した。

 何処にしまうべきなのかとお嫁は部屋の中でうろうろして、最終的に机の引き出しの中に収める事に決めたらしい。

 引き出しを開けて早々に仕舞い込むのかと思いきや、お嫁はその前に箱を開く。

 そして中に入っていたブローチをじっと見る。

「……きれい」

 ふっと花がほころぶように小さく笑って、箱を閉じて引き出しの中に大事そうにしまい込んだ。

 ………………ほんっとにかわいげのない女。

 ああ、もうちくしょう、なんでその顔を僕の前でしないんだよクソが。



――――――――――――――――――――――――――――――――――



「そういえば、お前の嫁さん、エメラルドが好きなのか?」

「エメラルドってか、緑色が好きみたいなんだよね」

 うちに色付きのガラスのコップのセットがあって、お嫁はコップの食器をよく好んで使っているのだ。

 他にもピンクとかオレンジとか可愛い色のコップがあるのに、何故か緑色を使いたがる。

 コップを使って洗い終わった後、光に透かして眺めているのを何度か目撃したこともある。

「緑色の宝石って言ったらエメラルドだろう?」

「まあ、そうだな……けどもうちょい早く聞いときゃよかった。緑の石ならエメラルド以外にもけっこうあるぞ?」

「へえ、そうなんだ」

 それでも僕にとっては緑色の宝石といえばエメラルドなのだ、多分お嫁もそんな感じだろうし。

 だから別にいいや。

 お嫁が知らない宝石だとインパクトが薄れそうだし。

「それにしても……そうか……いや俺はてっきり……」

「てっきり?」

「……いや、なんでもない」

「えー……気になるから最後まで言ってよ」

 問い詰めると昔馴染みはしどろもどろしていたが、僕がにっこり悪魔フェイスで笑うと観念したように口を開いた。

「いやだってその……同じ色だろ?」

「何が?」

「お前の目。……てっきり俺は自分の目の色と同じ色の宝石を贈ろうとしてるのかと……」

 …………。

 そういえば僕の目は緑色だった。

 そうか、僕の目の色はお嫁の好きな色なのか。

 ガラスのコップを光に透かして眺めている嫁の顔を思い出して、思わず口元が歪んだ。



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