ラストオーダー




 アンフェル魔帝国。


 アンフェル魔大帝を名乗る皇帝が治める国は、他国と異なり多種族が入り乱れ、他国では害獣同様の扱いを受ける魔物と呼ばれる化け物でさえも、理性を持てば受け入れているという。


 それを象徴するのが、アンフェル魔帝国の誇る最高戦力"ラストオーダー"。


 魔大帝により選ばれた最高の待遇を与えられる魔帝国最強の七人には、魔物もいた。


 力こそが全て。種族など関係無い。


 そんなアンフェルの思想を如実に示した"ラストオーダー"に、今日、新たな一員が迎え入れられる。


 魔大帝の御前に並ぶは、現"ラストオーダー"の六名。


 黒い布の服の上から白い狼の毛皮を羽織り、腰には飾り気のない鞘に収まる剣を携えた鋭い目付きを持つ男。鋭い爪も牙もなければ翼も角も持たない、指は両手足全て五本、丸い耳に頭髪眉毛等の一部にしか毛のない二足歩行の種族。ヒューマンと呼ばれる種族の彼は、"ラストオーダー"の一角、"ロクロ・オーガミ"。世界有数の剣術師である。


 世界的に見ても数の多いヒューマンのロクロが珍しいものに見える程に、他のメンバーは異色揃いである。


 後ろにすきあげた長い銀髪。金色に光る瞳に浮かぶ縦長の瞳孔。口からはみ出す鋭い牙。肌は死人を思わせる程に色白い、長身痩躯の男。

 首に提げた金色のネックレス、鋭い爪の指のあちこちに嵌められた指輪等、宝飾品を身に纏う煌びやかな装いのその男は、"魔物"と呼ばれる怪物の一種、"ヴァンパイア"。

 中でも最上位とされる"ヴァンパイアロード"。男の名は"ブラッド・ブラン・シェリド"。アンフェル魔帝国でも有名な高貴な家の生まれである。


 長めの白髪に隠す顔半分は、青白い皮膚が剥がれ、眼球もなく黒い眼孔が開いた髑髏。残る顔はロクロやブラッドとは対照的な柔和な顔つきで、剥き出しの白骨以外は極々普通のヒューマンのように見える。

 全身を青い刺繍で奇妙な模様を刻んだ黒いローブに包み、大事そうに厚みのある書物を抱える。その男の正体は、上位魔物、歩く死者の王"デミリッチ"。名は"モル・メメント"。


 身長180センチに届く程度か、という大きさの彼らから一気に大きくなり、身長2メートルを余裕で超え、横幅も大きい赤肌の巨漢。ボサボサの緑髪からは巨大な日本の角が覗き、口にも無骨な牙が並ぶ。

 比較的整った装いの先三名とは対照的な、獣の皮をそのまま剥いだような腰巻きに、上半身は緑色の体毛がうっすらと浮かぶ剥き出しの赤い肌をさらけ出す野性的なスタイル。一目見れば怪力を想像させる、剥き出しの筋肉の凹凸。黒光りする棘金棒を傍らに携える、巨漢の種族もまた魔物の一種"ギガントオーガ"。またの名を"鬼"と呼ばれる男、"シュテン・ヤコウヌシ"。


 奇妙な角張った甲冑を被り、身体もまた角張った鎧を纏う、まるで積み木で作った人形のような奇妙な装いの男。身体はシュテンと同程度の大きさ。生き物らしい肌も、目も、鼻も、口も、その他生物らしい特徴の一切無い全身金属の得体の知れない男。種族は不明、"パズル・オー・オーバーテック"。


 黒い影と言えば良いのか。全身真っ黒。衣服も装飾もなく、ただ影が立っている。ざわざわと黒いオーラも見えるが、全身が黒い為にまるで本人の身体が霧の様に周囲の空気に溶けているようにも見える。

 ただ二つ、闇に浮かぶ月の如き双眼以外は全てが黒い。謎多き黒い影"ウゾゾ・ジー・ゾワワ"。


 異質な六名をまとめあげるのは、白い幕に包まれた玉座に腰掛ける、謎多き"魔大帝"。


 彼は思いの外若さを感じさせる、高めの声を発した。


「今日呼び付けたのは他でもない。"ラストオーダー"の空席を埋める、新しいメンバーを紹介する為だ。」


 魔帝国最強の7人、"ラストオーダー"。

 永らく不動であったこの席に、遂に空席ができた。

 エルフと呼ばれる種族であり、ラストオーダーの中でも一目置かれていた男、"ムゲン・フィニット"。彼の席が空いたのだ。


「俄には信じがたかったのですが……やはり、ムゲン殿は亡くなられたのですか。」


 魔大帝の言葉を聞いて、モルは落ち着いた、しかし悲哀を込めた声で言う。

 ムゲンが先の戦争で戦死したという一報を聞いたラストオーダーのメンバーの約半数が、その事実を受け入れられず、真実を確かめる為に今回の魔大帝の召集に応じていた。

 改めて、魔大帝はその事実をラストオーダーに告げる。


「ムゲンは死んだ。信じがたいだろうがな。」

「誰がやったんだ? そいつの首は誰が獲りに行く?」


 怒りを滲ませる声で、シュテンが問う。

 それを嘲るように、フッと鼻で笑ってから口を開いたのはブラッドである。


「敵討ちでもするつもりか? 野蛮な鬼にそんなお仲間意識があったんだな。」

「あ? てめぇ、喧嘩売ってるのか?」

「お止め下さいシュテン氏、ブラッド氏。魔大帝の御前ですよ。」


 睨み合う二人の間にパズルが割って入る。


「そうそう。やめようやめよう。素直に魔帝国の戦力低下を嘆こう嘆こう。ムゲンの代わりなんてそうそういないからねいないからね。」


 ウゾゾが黒い影を揺らしながら言う。

 ムゲンの死に対するラストオーダーの想いは様々。彼ら全員が仲間意識を持っていた訳ではない。

 今回の召集に応じたラストオーダーのもう半分の興味は、既にその後釜に移っていた。


「……ウゾゾの言う通りだ。果たしてその空席は埋まるのやら。」


 ロクロが冷めた態度で言う。


「しかも、それが"女"だというのだから……尚更疑わしいな。」


 続いたロクロの言葉を聞いて、ラストオーダー全員の空気が変わる。

 彼らも予め聞いていた。新しいラストオーダーの一員は、"女"だというのだ。

 ロクロが零した疑問だけは、ラストオーダー満場一致で共通していた。故に、誰もロクロの魔大帝を疑う言葉を咎めない。


 魔大帝は彼らの疑念など意に介さずに、動じる事なく淡々と声を発した。


「シュテン。まずは貴様の質問に答えよう。ムゲンを討ち取った奴は気にするな。探す必要も敵討ちの必要もない。」

「……なに?」

「既に死んでいるからだ。」

「ああっ!?」


 シュテンが驚愕する。シュテンほどあからさまに驚きはしないものの、ラストオーダーの全員が信じ難いという反応を見せる。

 それもその筈。仲間意識もなく、彼の死に動じる事のない者でさえも、ムゲンの実力は認めていた。

 彼を討ち取ったのは相当の猛者であろう。それを討ち取るのはそう容易い事ではなく、ラストオーダーの誰かが始末しなければならないだろう。そう考えていたからだ。


「……相討ちだったのか?」


 ひとつ思い当たる可能性を口にしたロクロに、魔大帝は即答する。


「違う。」


 ロクロのあげた可能性に他の者達が納得しかける間も与えずに放たれた否定には、更に情報が付け加えられる。


「後釜となる者が討ち取ったのだ。……討ち取ったが故に後釜となった、とも言えるか。」

「そんな馬鹿な……。」


 信じられないという感情は、声を発したロクロ以外のメンバーも同じであった。

 ムゲンを倒した者を、更に倒すだけの猛者。

 それ程の実力者が今まで埋もれていたというのか。

 しかも、それが女だというのか。


「話すよりも見せた方が早いか。……入れ、ヴァイオレット・ミステリューズ。」


 魔大帝の呼び掛けに応じるように、扉がゆっくりと開く。ラストオーダー全員の視線が扉の方へと向いた。


 女、と聞いていたラストオーダー達は更に驚愕する事になる。


 黒いブーツ、カーゴパンツにミリタリージャケットと肌の露出を抑えた軍人のような無骨な装い。左目を隠す黒い眼帯。紫色の肩ほどまでに伸びた髪、丸みを帯びたベレー帽のような帽子の隙間からは、黒い角が覗く。背中からは黒いコウモリのような翼が生えており、腰には細身の鞘に収まる剣を携えている。

 女性らしからぬ格好があっても、角と翼の特徴から、その女の種族はすぐに分かる。

 サキュバス。淫魔、夢魔とも呼ばれる、下級の魔物だ。男を惑わし、夢に入り込み、男から精気を奪うという。非力で魔術等に長けたという話もなく、少なくとも戦闘向けの種族ではない。


 ただ、男を惑わすという性質上、露出の多い装いを好むサキュバスとは対照的に、男装とも取れる露出は少ない。体格も女性の線の細さこそあれど、起伏は服装の上からは見て取れない。


 ラストオーダーの困惑の眼差しを気にする事も無く、魔大帝の前に歩んできたサキュバスは膝を折り頭を垂れる。


「ヴァイオレット・ミステリューズ、ここに。」

「畏まるな。よい。頭をあげよ。」


 落ち着いたハスキーボイス。顔を上げたサキュバスらしからぬサキュバス、ヴァイオレットは、続いてラストオーダーの面々を見渡す。

 最強の6人。それを前にしても、氷のように冷たい目付きで、動じる事もなく小さく頭を下げる。


「お初にお目にかかります。ヴァイオレット・ミステリューズ。種族はサキュバス。魔大帝様により、ムゲン様の後任としてラストオーダーに任命されました。未熟者ではありますが、魔帝国の平穏の為に尽力して参りますのでご指導ご鞭撻のほどお願いします。」


 淡々と、台本を読み上げるような挨拶を終え、ヴァイオレットは顔を上げる。

 ラストオーダー達の顔つきは様々。しかし、決して良い物ではない。

 それを見たヴァイオレットは、今度は棒読みとは違う、感情の籠もった声で話し始めた。


「仰りたい事は分かります。『淫売魔物如きが、何故ラストオーダーに?』……といった所でしょうか。」


 ヴァイオレットの問い掛けに最初に答えたのはパズルだった。


「いえ、そのような事は。ただ、戦闘に不向きなサキュバスという種族である女性が、まさかあのムゲン氏を倒した者を討ち果たすとは想像もつかなかったもので。驚きが嘲りに見えたのであれば謝罪しましょう。申し訳ありません。」


 それに合わせて頷いたのは、モル。パズルとモル、比較的温厚かつ協調性のある二人の反応を見たヴァイオレットは、「いえ。」と首を横に振り、頭を下げた。


「こちらこそ失礼致しました。嫌味に聞こえてしまいましたか。そのようなつもりは御座いません。そう思われて当然というつもりで来ていましたので……。」

「世辞はいい。」


 ヴァイオレットの言葉を遮ったのは魔大帝。


「実力を見せるだけでいいだろう。ロクロ、手合わせをしろ。」


 ロクロは魔大帝の命を受けて、躊躇う事無く剣を抜く。部屋の中央へと歩いて行くロクロを見て、ヴァイオレットもまた迷う事無く後に続いた。

 互いにこちらの方が手っ取り早い、こういう方が手慣れているとでも言わんばかりの即断に、他のラストオーダーは好奇の目を、驚きの目を、感心の目を向ける。


「手加減はできない。やめるなら今の内だ。」


 ロクロの警告に、ヴァイオレットは剣を抜き答える。


「お気遣いどうも。貴方ほどの相手では、こちらも加減はできません。ご容赦を。」


 抜き放った剣は細身の宝飾剣。煌びやかな宝石をあしらった、とても戦闘向けではないもの。ブラッドがそれを見た途端にクッと吹き出す。


「意外と面白い奴だな。」


 まるで玩具を戦場に持ち出しているようなものである。

 

「……舐めているのか?」


 挑発のつもりであれば実に効果的であっただろう。ロクロは不快感を露わにする。

 しかし、ヴァイオレットは首を横に振る。


「いいえ。言いましたよね。貴方ほどの相手に加減はできないと。」


 シュッシュとヴァイオレットが軽く振る剣の速さを見て、ロクロの目付きが変わる。同時に、笑っていたブラッドも、そして腕を組んで退屈そうに眺めていたシュテンの表情も真剣なものに変わる。

 白兵戦に重きを置くラストオーダーのメンバーが、ヴァイオレットの腕前に気付く。

 この女は普通ではない、と。


「握り慣れた武器以外を取り出す方が侮辱でしょう。」


 ハッタリではない。ロクロは察して、剣を構える。

 魔剣エクスキャリオン。幾多の剣戟を経て未だ刃毀れ一つを起こさず、幾多の剣をへし折ってきた魔帝国有数の名剣。

 かたや、名も無き細身の宝飾剣。横から少し叩けば折れてしまいそうな貧弱な剣。

 剣の差は歴然。

 ラストオーダーにして魔帝国最強の剣士と名高い、ロクロ・オーガミ。その腕前にどれだけヴァイオレットは食らいつけるのか。

 気付けばラストオーダーのメンバー全員が固唾を呑んで見守っていた。既に、ヴァイオレットの心配をしている者はいない。ロクロ、ブラッド、シュテンの空気の切り替わりから、ヴァイオレットの只ならぬ実力を全員が察している。


「先手は譲ろう。」

「お言葉に甘えて。」


 その言葉を交わした瞬間、唯一人、ウゾゾのみがくすりと笑った。


「あっ、これ駄目だな。駄目駄目だ。」


 刹那、ロクロとヴァイオレットの間に火花が散る。

 宝飾剣によるヴァイオレットの一突き。それは一瞬でロクロとの距離を詰めていた。


「速い!」


 モルが驚きの声を上げる。一瞬の攻撃だったが、ロクロは見切り、魔剣で受けていた。

 突きを剣の腹で受け、その後僅かに傾けて、切っ先を横に受け流す。

 対するヴァイオレットも、突きを流されたまま腕を伸ばしきる事はなく、高速の踏み込みの勢いに逆らうように、ぐっと踏み止まり、一瞬で身を、腕を引く。

 刺突が扱える距離を保とうとするヴァイオレット……その意図を読み、ロクロも距離を詰める。


 手加減できない。言葉通り、ロクロには手加減するつもりも、ヴァイオレットの全ての剣術の技を見てやるつもりは毛頭無い。

 隙さえ見せればすぐに殺(と)る、そのくらいの容赦のない攻め。


 ロクロの急接近を見たヴァイオレットは、それでも表情一つ変えない。その不敵さに、ロクロは思わずにやりと笑みを零した。


(思っていた以上にやるようだ。)


 容赦無く横薙ぎに振られる魔剣。

 バックステップ、地に足を付く前の僅かに空中にいる状態。ヴァイオレットはここからどう凌ぐのか。

 ヴァイオレットはロクロの期待に応えるように、宝飾剣を握り、引いた手を、そのままロクロに向けて振り下ろす。


 ギィン! と衝突音がなる。


 横薙ぎの魔剣を弾き、ヴァイオレットの身体を捉えんとする一閃を宝飾剣が弾き落とす。

 ロクロは笑みを浮かべたまま、更に魔剣でヴァイオレットを狙った。


 ギンギンギン!と打ち鳴らされる剣の衝突音。

 斬り付けるロクロ、凌ぐヴァイオレット、目にも止まらぬ剣戟の狭間、ロクロはヴァイオレットに話しかけた。


「ハハッ! 多少の心得はあるようだ!」

「お褒めにあずかり光栄です。」


 その光景を見た、剣術の心得は皆無のパズルが疑問を呈する。


「何故、彼女の剣は折れないのでしょう……?」


 それに答えるのはブラッド。


「簡単な話だ。剣に魔力をコーティングして、強度を高める。魔術を修める魔剣術士にとっては至極当然の技法だ。」


 ブラッドの答えにモルが補足する。


「……ですが、あれ程の魔剣に対して、ロクロ君の魔剣術に対して、あのような宝飾剣で渡り合うというのは……。」

「ハッキリ言って異常だ。」


 ブラッドは真剣な眼差しのまま、口元に笑みを浮かべる。


「どうやら、満更ムゲンの仇を討ったというのは嘘ではないらしい。あの女、本物だ。」


 ラストオーダーはヴァイオレットの実力を見定め始めていた。

 しかし、ブラッドは宣言する。


「……それでも、ロクロには届かない。」





 ブラッドの宣言通り、先程からロクロとヴァイオレットは互角に斬り合っているように見えて、ヴァイオレットの初撃以降は一方的にロクロが攻め続けている。

 凌いではいるが、凌ぐだけで精一杯。余裕を崩さぬヴァイオレットの表情からは読み取れないが、互角に見える剣戟はロクロが優勢に立っていた。

 均衡は、ヴァイオレットが押され、部屋の壁際にまで追い詰められたところで崩れる。


 動きが著しく制限される状況を目前に、ヴァイオレットの動きが小さくなる。動きを制限され、意識して移動先を確保しようとするヴァイオレットの隙をロクロは見逃さなかった。

 力を込めた打ち上げ。ヴァイオレットの逃げる剣を撃ち、その腕を大きく外に投げ出させる。

 剣が戻るのは間に合わない。ガラ空きのヴァイオレットの胴に、ロクロは素早く戻した剣を打ち込まんとする。


「認めてやる。だが、まだ甘い。」






 次の瞬間、ロクロの身体は後方へと吹っ飛び、地面に背中をついた。


「………………何だと……?」


 すぐさま身体を起こし、ヴァイオレットを見る。

 何故、ロクロは吹っ飛ばされたのか。

 答えは実に単純だった。


「……蹴り……だと……!」


 剣にのみ意識が向いていたロクロに向けて、ヴァイオレットは前蹴りを放った。前に突きだしていた、黒いブーツをすっと引き、ヴァイオレットはふぅと息をつく。


「一本、でよろしいでしょうか?」


 他のラストオーダーも殆どが唖然としている。

 ただ一人、ウゾゾだけが「ふふふん。」と笑った。


「そりゃそりゃそうなるさ。『剣術勝負』をしてるつもりのロクロちゃんと、『真剣勝負』をしてるつもりのヴァイオレットちゃんじゃあ、手札の数が違う違う。御前試合と舐めてかかったロクロちゃんと、殺(と)り合いに臨んでたヴァイオレットちゃんじゃあ意識が違うさ。」


 剣術であればロクロが勝利していただろう。

 それはブラッドを初めとした、ラストオーダー全員が確信していた。

 しかし、『これは剣術勝負とは言っていない』。その意識の差を、真っ先に見抜けていたのは、搦め手を得意とするウゾゾのみであった。


「剣術勝負であればロクロ様の圧勝でした。『私の腕試し』という序盤の貴方の気の緩みがあっても、私は貴方には及んでいなかった。なので私も『手加減する余裕がなかった』。あるもの全てで戦わせて頂きましたよ。」

「くっ……!」


 ロクロが顔をしかめる。

 『剣術ではロクロが勝っていた。』、そんな言葉が慰めでしかない事はロクロも重々承知していた。

 負けた上に、気遣われた。しかも、女に、弱小魔物のサキュバスに。


「実力を見せる目的だったので、失礼ながら騙し討ちのような真似をしましたが……今度は正々堂々とした剣術の手解きをして頂ければ。」


 ヴァイオレットが剣を鞘に収め、すっと一礼する。

 

「では、これにて。」


 そして、息一つ切らさずに、平然としたまま、ロクロに一瞥もくれずに出口へと向かって歩いて行く。

 ロクロはその背中を恨めしげに見つめ、何か声をかけようとしたが、言い淀み、深く行きを吐いてから、立ち上がり自身も剣を収めた。


「納得いったか?」


 魔大帝がラストオーダー達に問い掛ける。

 

「納得しましたしました。」


 ケタケタと笑って、ウゾゾが頷く。

 その笑い声に釣られるように、ぷっと吹き出して、シュテンが傍らでわなわなと震えるブラッドの肩をバンと叩いた。


「……『それでも、ロクロには届かない』。」

「う、うるさい! 黙れ!」


 完全に勝利予想を外したブラッドが、静かに戻ってくるロクロを指差し声を荒げる。


「ヴァイオレット……あのサキュバスの実力は認めるが……! ……おい、ロクロ! 情けないぞ! それでもラストオーダー最強の剣士か!?」

「……貴様如きに言われずとも分かっている……!」

「まぁまぁお二人とも。……いやぁ、にしても認めざるを得ないでしょう。」


 二人を宥めつつ、モルが感心したように頷く。

 それに同じく頷いてパズルが同意した。


「ですね。ヴァイオレット女史……後でもう一度非礼を詫びておきましょう。」


 ブラッドをからかって満足したシュテンも最後にガハハと高笑いして大きく頷いた。


「大した女だ! 俺も気に入った! 異議なんてある訳なかろうが!」


 最早ヴァイオレットの能力を認めない者は居ない。

 魔大帝は白い幕で表情こそ見えないものの、「ふ。」と短く笑いを零して、ラストオーダー達に告げる。


「サキュバス、ヴァイオレット・ミステリューズを……エルフ、ムゲン・フィニットの後任……ラストオーダーに任命する。異論はないな?」

「異議なし。」


 ラストオーダー達が声を揃えて同意する。

 しかし、話はこれで終わらなかった。


「……では、ラストオーダー一同、貴様らにある命を下す。」


 魔大帝により告げられた。ラストオーダーに対する特命。

 それを聞いたラストオーダー達は皆表情を変えた。 








 アンフェル歴XXX年。サキュバス、ヴァイオレット・ミステリューズ。ラストオーダーに就任。




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サキュバスクイーン 夜更一二三 @utatane2424

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